決闘
「決闘のルールは魔法補助なしの木剣による勝負とし、2本先取制とします。そして相手を殺すような攻撃は禁止。審判は近衛で副長をしておりますこの私が務めさせていただきます。……御両人、それでよろしいかな?」
パーティーに偶然居合わせていた近衛騎士団のお偉いさんが審判を買って出てくれて、俺達は今、王宮の端っこにある衛兵の訓練場に足を運んでいた。
成り行きでマーティン伯爵家のローエンスと決闘することになってしまった俺。
今回の勝負はフェリシアのアホがノリで勝手に話を進めたため、俺の意思は全く反映されていないと言っても過言ではない。だから正直に言うと俺のテンションは現在、かなり低かった。
「アルベルト頑張ってぇ〜」
俺の背後から届くフェリシアの軽い応援に軽くイラッとくる。
「ぐぐぐ……僕はこんな挑発には負けん! ここでフェリシアさんの目を覚まさせてみせる!」
だが、そんなしょうもない俺とフェリシアのやり取りを見て、ローエンスが勝手に俺にブチギレて歯噛みをしていた。こいつってちょっと思い込みが強そうだよね。
「お兄さまぁぁぁッ! 私のために頑張ってぇぇぇッ!」
「お嬢様、あちらでフェリシア様が凄い目つきで睨んでおいでですよ」
そして偶然会場に居合わせた我が異母妹と、そのおつきの黒髪ぱっつんな眼鏡メイドも応援に駆けつけていたのだった。
まさか王家主宰のクリパで我が妹に会うとは予想だにしていなかったが、考えてみると普段社交の場に出ていないのは俺の方で、サリュ達はしょっちゅうこういった催しに参加していたらしい。
あとサリュ。別にこの決闘とお前との間に接点なんて何もないからね。
「あらあら。アルベルト様にお声掛けをしようかと思っていましたらいきなりこのような余興。わたくし少々驚きましたわ」
そしてこの決闘騒ぎにまさかのスペシャルゲストが観戦していた。
俺達をこのパーティーに招待してくれた、第2王女のエリカ・ソル・フレインその人だった。
「姫、このような騒動を起こしてしまい申し訳ありません」
「あら、良いのですよ? クリスマスパーティーの余興、みたいなものですよね? 我々王家としましても突発のイベントのようなものとして気楽に観戦させていただきますわ」
俺の謝罪に快く赦しを与えてくださった姫。これで話が大事にならずに済みそうだ……。
「では両者構えて…………はじめッ!!」
審判の気合の入った掛け声を受けて、試合は始まった。
俺は木剣を自然体に構え、ローエンスは正眼に構える。
試合の後に聞いたのだが、どうやらこのローエンスという男、騎士団でも指折りの剣の使い手だったらしい。
さぞかし実力がある騎士だったのかと試合後思ったわけだが、試合中は全く正反対の事を考えていた。
(……剣が、遅い?)
そう。ローエンスの剣は遅かった。何かの罠かと思うくらい、その剣速は鈍かったのだ。
故に俺はその剣を慎重に受ける。
1合、2合、3合、4合………
しかし一向に相手の剣速は早くならない。
(相手の意図が分からない時は、こちらから打ってでるべし───)
ボナディア師匠の薫陶を胸に、俺は相手の木剣の間隙を縫い、突きを穿つ。
「ぐわぁぁぁぁッ!!」
冗談みたいに吹っ飛んでいくローエンス。どうやら罠ではなかったらしい。
「1本! ……って大丈夫かねローエンスくん?」
審判のおっさんはどうやらローエンスと顔馴染みだったらしい。まぁ同じ騎士団所属だしね。
「は、反則だッ! このガキ、身体強化の魔法を使ったぞッ!!」
回復魔法を受けて起き上がったかと思ったら、すぐに俺への糾弾を始めるローエンス。この小物感がヤベーな。
「……ローエンス君の異議は認められない。我々は試合中不正がないか魔力監視をしていたが、アルベルト殿からは特段魔法が使われた痕跡はなかったよ」
淡々と語る審判のおっちゃん。そりゃそうだ。こっちは魔法なんて使ってないのだから。
「……では魔法遮断の腕輪を彼に着けてください。確実に魔法が使えないように」
ちらりと審判のおっさんがこちらを見る。それに対して俺は黙って頷く。
こういう時はぐうの音が出ないほど結果を示す方がいい。
俺は右手を差し出し、審判のおっちゃんがゴツい腕輪を俺に着けるのを黙って受け入れる。
「では2戦目………はじめッ!!」
審判の気合の入った掛け声を合図に、2戦目が始まった。
「ズエァァァァッ!!」
ローエンスが裂帛の気合と共に木剣を俺へと振り下ろしてくる。
だが───
(やはり遅い)
俺はその斬撃を紙一重で躱し、不様に姿勢を崩すローエンスの木剣に狙いを定め、剣を振り下ろす。
「秘剣……”秋水”」
静の動きから一瞬で動の動きへと変化して繰り出された俺の斬撃は、真横からローエンスの木剣へと襲いかかり、その弱い側面を強かに叩き、一瞬でローエンスの木剣を真っ二つにしたのだった。
「それまでッ! 勝者、アルベルトッ!!」
一瞬の静寂後、ワァァァァッ! っと盛り上がる会場。
俺は仲間達の方に手を振り、その歓声に答えた。
「…………認めない」
「ん?」
「こんな結果、認めないぞぉぉぉぉぉッ!!」
ガバッと起き上がったローエンスは、至近距離からいきなりこちらへと焔の魔法を撃ってきた!
その射撃速度は大した事ないから、俺がその魔法を回避する事は簡単だった。
──だが、俺の背後には実戦で魔法を使ったことのない数多の無力なギャラリー達がいる。
だから俺は回避するわけにはいかない。
しかし、俺の手には魔力封じの腕輪がまだ嵌っていた。
だから俺は───
「うぉぉぉぉッ!!」
木剣を火球に投げつける。一瞬で燃え尽きる木剣。
そして俺は火球の前に身を晒し、両腕を交差しその直撃に備えた。
俺の身体は頑丈だ。火球の一発や二発耐えてみせる!!
ドンッ!
(ぐっ……熱っちぃぃぃぃッ!)
だが我慢できない程じゃない!
火球の威力に圧され、脚が少し後ろに下がる。
その突進力はまるで闘牛のようだ。
俺は歯を食いしばり、その力に抗う。
俺が耐えれば耐える程、後ろで防御の術式を組む仲間達の時間が稼げるのだ。
?
目を瞑り、しばらく耐えていたら段々と圧される力が弱くなってきた。
これなら───
「ぐぅぅぅぅ………はぁぁぁぁッ!!」
気合一閃。
俺は火球の魔法を跳ね返した。
腕をちらりと見る。ちょっと火傷しているが軽症だ。俺は呆然としているローエンスに一瞬で距離を詰めると───
「ごはっ………」
拳をその腹に叩きつけた。
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」」」
周りから大歓声だ。しかし流石の俺も疲れた。
その時ポワポワと身体が暖かくなり、腕の痛みが和らいでいく。
「もう、アルくん。無茶しすぎだよ!」
いつの間にかクリスも観戦に来ていたらしい。
「あれ、貴女どなた……って、ええ!? 貴女がユリアナ様なんですかぁ〜!?」
少し離れたところでは妹のサリュが主家の娘であるハーフエルフのユリアナの素顔に度肝を抜かれていた。
騒々しいが、このドタバタが俺達らしいと思えた。
「ふむ………」
そんな喧騒の中で、我が家の駄メイドが、試合会場からパーティー会場へと戻っていく第2王女一行に目を向けながらぽつりと呟く。
「第2王女様はユーティアナ様と血縁関係にあるのでしょうか?」
「ユーティアナ? …………って俺が産まれる前に死んだっていう親父の妹さんか?」
「お兄様ッ! お父様とお亡くなりになったユーティアナ様とはとても仲が良かったそうですわ! わたくしも、お兄様とそんな関係になりたいのですわぁ〜!」
「サリュート。あなたちょっと調子に乗っているわね。よろしい、ちょっとこっちに来なさい」
「…………私も……手伝う」
「ちょっ! 何をするのですかフェリシア様、ユリアナ様! お兄様助けて! お兄様ぁぁぁ〜っ!」
フェリシアとユリアナに連れられてズルズルとフェードアウトしていくサリュ。グッバイ。
「なぁ、ベティ。どうして第2王女と死んだ叔母が関係あると思ったんだ?」
駄メイドは主が連れ出されるのを黙って見届けた後、俺に向き合って答えた。
「簡単な事です。記憶の中にあるユーティアナ様のお姿と、先程お会いしたエリカ様のお姿が………瓜二つなのですよぼっちゃま」
硝子のような感情の窺えない眼差しで俺を見つめながら、ベティは何でもない事のように告げたのだった。
─────
「クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! どいつもこいつも僕を馬鹿にしやがって!!」
決闘の最中に不様に魔法まで使ったローエンスに対して、反省を促す意味を込めて副長は王宮の離れにて暫く頭を冷やすよう命令を下した。
だがローエンスの頭の中に占めている事は、自分のプライドを強く傷つけたアルベルトへの復讐の想いだけだった。
(どうやって復讐してやろうか……とりあえずはあいつの仲間を拉致し一人づつ強姦して殺してやろう。そうやって精神的に追い詰めたら私兵を投入してあいつの四肢を滅茶苦茶にしてやる! そして動けないあいつの目の前でフェリシアを強姦してやるか……くくく、あいつの絶望する顔が、今から愉しみだなぁ!)
「下衆い人間は心も下衆いものですわぁ」
「だ、誰だ!?」
ローエンスが一人で復讐の構想を練っていた時、突然部屋のドアが開き誰かが入ってきた。
「ど、どうして貴女がこの部屋に……?」
部屋に入ってきた人物を見て、ローエンスは絶句する。
「貴方の思考が下衆くて下衆くて……その癖今後もアルベルトの運命に介在しようとしている。……貴方のようなノイズは運命の精度を落とすし、私は貴方の事なんて見たくないのですよ。端的に言うと貴方は………ゴミ、ですわぁ」
部屋に入ってきた女の指先に、黒い光が灯る。
「な、何を言っているんですか? 僕は───」
「去ね」
女はローエンスに指先を突きつけ、一言告げる。
そうしてその後は……そこに何もなかった。
「彼の肉体は、すでに魔力なしに魔法を弾けるほど鍛え上がりましたわ。鉄と同じね。ひたすらに叩き、延ばし、叩き、延ばす。延々と……。そしてその無限の錬成の先に……其は鋼となりましょう」
女は誰の気配も感じないその暗闇の中で、その細い優雅な唇をニィ…と三日月形にするのであった。




