クリスマスパーティー
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女神との邂逅から数日後。気分は乗らなかったものの、俺は王家より招待されたクリスマスパーティーへといやいやながらも参加していた。
「……ああ、どうしてもこういったパーティー会場に足を運ぶと、なんとも場違いな感じがしてくるんだよなぁ」
俺は誰にともなく独りごちる。
黒地をベースにした軍服のような学園指定の礼服を久しぶりに着こんだ俺は、無意味に襟元が締め付けられているような息苦しい気分がしていて早くも帰りたいオーラ全開の有様だった。
俺は溜息をつきながら会場内を見渡す。
シャンデリアの温かみのある灯りや魔法具のシャープな灯りによって煌々と照らしだされているパーティー会場は、華やかの一言に尽きた。
贅を尽くした調度品に、美しく着飾った貴族の面々。
端のテーブルには立食で食べられるよう色々と珍しいデザートやおつまみ等が充実していた。
基本的に上品な貴族達は自分からそれらを取り分けに行くことはなく(メイド達とかが勝手に取り分けてくれるのだ)、だからそんなところに居着いているような輩は礼儀も知らない田舎者と相場が決まっていた。
「お! お前様遅いぞい! お主もこっちきて食べるがよいぞ。とても美味じゃ! ……じゃがここからここまでは触れるでないぞ。ワシの陣地じゃからお前様にも渡さぬからな!」
礼儀を知らないウィンディは、口元いっぱいにお菓子を頬張って、地べたに座りながらむしゃむしゃとお行儀悪く食べ散らかしていた。
綺麗に着飾った緑色のドレスの上に、お菓子の食いカスがあちこちに付着しており、ウィンディの顔が可愛くなかったら本当に酷い状況だった。
(まぁ、たとえ美少女でもあまり許されない絵面だとは思うのだが)
横に控えているメイドが何か文句を言いたそうにしているが、ゲストに対してはメイドは文句を言えない不文律があるため、ただただ不満そうな顔だけをしているのであった。
「あ、ご主人! お疲れ様デスよ! ささ、どうぞどうぞ、自分がお皿にご主人の分を取り分けておいたのデス!」
ウィンディの隣には、殊勝な発言をして俺へと取皿を差し出してくるミーアがいた。
俺は何気なく皿を受け取ったのだが、ちょっと気になる事があった。
「……なぁ、ミーア」
「はい、なんデスか?」
「どうして俺の皿にはブルーチーズのクラッカーばかりが並んでいるんだ?」
俺の皿の上にはこれでもか、とブルーチーズがのせられたカナッペが山積みになっていた。
給仕が準備した小皿には、色々な種類のカナッペが並んでいた。
そしてミーアが抱え込んでいる大皿の上にはブルーチーズを除いた各種のカナッペが所狭しと並んでいたのだった。
「ご……ご主人の嗜好を分析した結果なのデス!」
笑顔いっぱい、可愛さアピールをしてくるミーア。こいつも大分小賢しくなってきたな。
「……ありがとうミーア。お前の忠誠に俺も何か褒美を与えないといけないな」
そう言うと俺は、手元のブルーチーズのクラッカー群を、ミーアの大皿にザザザと流し入れた。
「喜べミーア。好き嫌いを無くせるようにお前にブルーチーズのクラッカーを与えよう。嬉しいだろ?」
俺はにやりとミーアに笑ってみせる。
「この鬼! 悪魔! 地獄に墜ちろ、デス!」
薄い忠誠心のメッキがあっという間に剥げたな。まぁ、俺たちの関係なんてこんなもんだろ。
─────
「あ、ご主人様ぁ〜! 来るのが遅いですよぉ〜」
田舎者丸出しで食料を漁っていたウィンディとミーアの関係者とは思われたくなかったのでさっさと軽食コーナーから離れた俺。
そしてぶらぶらと会場内を散策していた時、今度はサキが人混みをかきわけて、小走りに俺の方へと駆け寄ってくるのだった。
近くにいた年配のメイドがその淑女らしくない行為に眉を顰めているが、サキは分かっていながらそれを黙殺しているようだった。
「メリークリスマス、ご主人様。私の今日のこの格好、いかがでしょうか?」
くるりと華麗にターンして、自分の装いを見せるサキ。
サキの格好はフレトの古い祭服をベースにした華やかな紅白のドレスだった。
微妙にサンタのコスプレっぽくも見えたが、そこはまぁ気のせいだろう。
そのエキゾチックさを感じる衣装は、サキの黒いケモノ耳や長く艷やかな黒髪にとても良くマッチしていた。
「ああ、とても素敵だ。あと、遅れて済まなかったな、サキ。ちょっと別件の仕事があったんでな」
「素敵だって褒められちゃった、えへへ♪ ……って、それどころじゃないんですよご主人様! 私、なんか大ピンチなんですよ! ご主人様の方から、あいつらになんか言ってやってください!」
あいつら?
俺はとりあえずサキに謝罪しつつ、サキの後ろから小走りに近づいてきた男達に眼を向けた。
俊敏なサキと異なり、あまり鍛えている風には見えないその男達は、ぜぇぜぇと息を整えながらこちらに会釈してきた。
「……あ、ああ、サルト卿の御子息であらせられますか? 申し遅れました。我々は外交の仕事を担当しておるものでして───」
どうやら男達は我が国の外交官のようだった。なんでもミモミケの方から正式にサキの身分についての抗議が来ているらしい。
───ミモミケにおける藩王の正式なる血筋に連なる者が、貴国の奴隷階級に属しているとはどういう了見であるのか。返答を求める。
まぁ、言いたいことは分かるし、是正した方が国際関係上望ましいのは確実だ。
どうやら夏にあったリヴァイアサン(ヤマタノオロチ)討伐の件から派生した問題だったんだろうね。
俺はサキの肩に手を乗せ、説得を試みる。
「サキ。俺としてもいい加減お前は奴隷という身分から解放される時期が来たと思うんだ。どうだ、ここらでそろそろ俺の専属奴隷という身分から───」
「お断りします」
にっこりと笑顔で俺の説得を拒否するサキ。ですよね〜。
「……まぁ、お前ならそう言うと思ったんで、せめて一筆自筆にてミモミケに声明を書いて差し上げろ。そうでもしないと外交官達が泣くぞ。年甲斐もなく」
涙目でコクコクと頷いている外交官のおっさん達。
俺が来るまで一体どんだけこいつらへの扱いが雑だったんだサキ。
「……はぁ。まぁ、ご主人様のお願いなら仕方ありませんね。ではちょっと雑務に勤しんでまいりますので失礼します」
優雅にペコリとそこだけは淑女っぽく俺へと挨拶をして、踵を返すサキ。
ずんずんとパーティー会場から抜け出そうとしているサキを見て、慌てて外交官のおっさん達がその後を追っていくのだった。
忙しない限りだ。
─────
「あら、アルベルト遅かったじゃない」
「アルベルトさん、御機嫌ようです!」
「お久しぶりぶりですなぁ〜」
サキと別れたあと、壁に陣取ってちびちびとシャンパンを舐めていたら(うちの国では15歳で大人扱いされるため立食パーティーでは酒を飲んでも許されるのだ)、フェリシア、リーゼ、メアリーの3名がぞろぞろと一団を引き連れて俺の前に現れた。
「よ、フェリシア、リーゼ、メアリー。……しかし凄い人数だな」
俺はフェリシア達を取り巻いている数多くの若い貴族連中を見て眼を丸くした。
「ああ、君がアルベルト君かな? フェリシアさん達と楽しくお話させていただいていたんだが、ことのほか君の話題が出ていてね。大変羨ましい限りだよ」
一団から進み出てきた若い男が、キザったらしい口調で俺に話しかけてきた。
俺は目線でフェリシアに語りかける。こいつ誰だよ。
「……ええとこちらの方はマーティン伯爵の御子息であるローエンスさんです、アルベルト。……それとですね───」
フェリシアが説明口調でローエンスという男の紹介をしたあと、ススス…と俺の隣に寄ってきて耳元で内緒話をしてくる。
なんでもマーティン伯爵家はうちを勝手にライバル視している宮廷貴族で、フェリシアの実家であるローティス家と関係があり、今でもフェリシアと俺との許嫁関係を不服に思っているらしい。
「アルベルト君、いくら婚約している関係であっても、学生の身分でフェリシアさんとのその距離感は少し問題があるのではないかな? 学生としての節度を保ち、不純異性交遊が疑われない関係を築く事が君と君の家にとっても重要だと僕は思うんだがね」
うわ、こいつ面倒くさいな。風紀委員か何かに思えてくるぞ。
俺はかかわりになりたくなかったから、肩をすくめるだけでフェリシアから距離をとろうと思ったのだが、なぜかフェリシアの方がガッチリと俺の腕を掴んで俺の離脱を赦してくれない。
「私の許嫁は私の事が大好きなのよ、ローエンスさん。だからこの距離感は当たり前なのよね。……それに私達は将来結ばれるのが決まっているのだから、ちょっとくらい先走って火傷したって家の者は気にしたりなんかしないわ」
身体を俺に密着させ、その親密ぶりをこれでもかとアピールするフェリシア。それを見て、ローエンスの額には青筋が浮かんでいる。
「破廉恥だ! 私のような大人と違い、真っ当な判断なんてできない子供の分際でなんたるふしだらな発言! 僕はそれを看過できん!」
いきなり激昂したかと思うと白い手袋を俺へとポイッと投げつけてくるローエンス。
えぇぇぇぇ……。
「年長者として君達を正しく導く必要が僕にはある! さぁ手袋をとりたまへアルベルト君! 年長者として君に罰を与えよう! そして負けたら潔く婚約を破棄したまへ!!」
えぇぇぇぇ……。
それって俺のメリット皆無じゃん。
「愛が試されているわ、アルベルト! さぁ、手袋を拾ってくださって!」
ノリノリだなぁ、フェリシア。
個人的には全部無視して逃げたいのだが、そんなことをしたら後でフェリシアに斬られるな。物理的に。
「…………はぁぁぁぁ。まぁ、仕方がないですね」
俺は渋々白い手袋を拾い、決闘を受け入れるのだった。




