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契約

「……中々穏やかならざる発言をしましたねぇ、アルベルト」


 軽い口調で俺が自身の身体を他者に明け渡す事は可能かと問うた時、ヴェルテは俺の発言を軽く流すことなく真摯(しんし)にその言葉を吟味(ぎんみ)していた。


「私がそんな事はできない、とあなたに言ったとしても、恐らくあなたは私の言葉を信じないのでしょうね」


「ああ。……秘宝”ソウルセーブ”だったかな……強い力を持つ魂と身体さえあれば、それらが内包する存在の力を駆動源にする事で両者を結びつけ、死者をも復活させる女神の秘術を形にしたものだったはずだ」


 ゲームのとあるルートでは、女神の力によって魂魄(こんぱく)だけ保たれたゲーム主人公(クリス)に対して、紆余曲折の末にラ・ゼルカの聖女が一命をなげうって秘宝を使い、見事クリスを復活させる展開があったはずだった。


「アルベルトは何でそんな事まで知ってるのかしら……本当にあなたは何者ですか? ……まぁそれはともかく、あの秘宝の対象は厳密には身体がないだけでその魂魄が死んでいるわけではありませんから、魂を直接インストールする事ができる”フォーマットされた身体”さえあれば本当は何でもOKなんですけどねぇ〜」


 フォーマットされた身体って、昔のフロッピーディスクかよ。


「元々この秘宝は、私達が下界に降臨するための手段だったんですけどねぇ。私達女神の場合は、依代に制約がないんで人間の身体だろうがホムンクルスの身体だろうが多種多様なものが選べるんですけれども、人間の場合にはその魂がそこまで融通性を持っていませんからどうしても人間の肉体が必要になるんですよねぇ」


 あー、ゲームで最高レベルの魔法とかでたまにある、神様を現世に降臨させる類のヤツか。


「まぁ、とにかくその秘宝は存在するし、実際のところ───」


 ヴェルテはゴソゴソと自分の服の中に手を突っ込んで何かを探している。


 時々ちらりと見える肌色に思わずドキリとしてしまうが、ヴェルテはこちらの様子を伺っているフシがあるので、あざとさの方が目立ってしまっていた。


「……あった。はいこれ」


 ほっそりとしたヴェルテの腕が俺の方に伸びてきて、甲斐甲斐しく人肌温もった何かを俺の手のひらの上に押し付けてきた。


「……まさかこれが」


「はい、そう。これが秘宝”ソウルセーブ”。アルベルトにあげるよ」


 俺の手のひらの上には、小さなペンダント型の何かが置かれていた。


「え、いいのか?」


 これを融通してもらうために、俺はヴェルテとかなりタフな交渉をしなければならないと覚悟していたのだが、思った以上にあっさりとヴェルテは俺に秘宝を与えてくれた。


「うん。どうせ止めたって止まんないでしょ、きみ? ……まぁその代わりと言ってはなんだけど、今ここで私と契約してほしいの」


「契約?」


「そそ。……契約って言うのはね、アルベルト。あなたの魂を私に守護させてほしいの。もし守護させてくれたなら、あなたが死んじゃった場合、あなたの魂は輪廻転生をしない。あなたの魂は輪廻の輪から離れて、直接私のところに来ることになるわ」


「それって───」


「まぁ、私の直接の眷属になるから、属神ってところかしらね? それとも助手って言うべきかしら? 過去の歴史を振り返ってみても、人間が女神の直接の眷属になるパターンって本当にほんの一握りしかいないのよ?」


 これは光栄と言ってもいいとは思うのだが、率直な俺の気分は、まさにワルキューレからヴァルハラにドナドナされそうになっている歴戦の勇士そのものだった。


「申し出は大変興味深いんだが、言っちゃなんだが俺は身体がちょっと丈夫なだけでそんなに大したことはない人間だぞ? 剣の腕だって互角なやつは世の中にいくらでもいるし、魔力に至っては最高レベルなんてとても言えたもんじゃないし」


 俺はそう謙遜するのだが、ヴェルテの反応は違った。


「ちょっとアルベルトぉ〜、私がそんなつまらない基準であなたを私の助手にスカウトするわけないでしょ? 私があなたを見初めたのはね。あなたのその真っ直ぐなブレない心を知っていたからよ」


「ブレない心……?」


「そ。どんな逆境でもめげず、絶対に自分の意志を貫くその鋼の心。その力は以前私を直接助けてくれたし、他にも地上で困っている多くの人達をあなたが救っていたのを私はここからずっと見ていたわ」


「いや、俺は別に特別なことなんて……」


「あなたならそう言うんでしょうね。でもね、覚えておいてアルベルト。あなたのこれまで歩んできた道のりは、十分に英雄として称えられてよいものよ。……だから胸を張りなさい」


 こんなふうに直接女神(ヴェルテ)に褒められると、何か背中がむず痒いような気がしてきたが、まぁ、悪い気分じゃないな。


 俺はずっと死亡フラグを捨て去るために、ただひたすらがむしゃらに生きてきただけだった。


 しかし一度立ち止まり、その背中を振り返ってみた時、俺が歩んできた道のりは救世(ぐぜ)の道そのものだったようだ。


 ならば俺に後悔なんてあるはずがない。


 今は自分の死亡フラグなんかよりも、時の女神の野望を挫く事とクリスの命を救う事に意識が向かっている。


 そして例え俺が今死んだとしても、その死後に女神(ヴェルテ)と一緒に引き続き誰かのために活動できるというなら、それは悪い未来とは俺にはとても思えなかった。


「……よし、決めたヴェルテ。お前の提案を受け入れよう」


 俺の言葉に、今度はパァーっと表情を明るくするヴェルテ。


「ほ、本当!? じゃ、じゃあ私はあなたが私のところに来るのを正座してずーっと待っているからね! 早く死んじゃって、私のところにすっ飛んで来てね!」


 なんちゅー激励の仕方だ。こいつは一応女神なのに、もう少し言い方ってもんがないんだろうか。


「お、やっと話が終わったかお前様? ワシ、お前らの惚気(のろけ)みたいなトークに、ずっと精神をガシガシ削られていたのじゃよ……」


 死んだ魚のような眼をして沈黙を保っていたウィンディが、ムクリと起動した。


「ああ、準備は万全だ。そろそろ地上に戻ろうかウィンディ」


「ガッテンじゃ」


 俺とウィンディは部屋の玄関へと向かう。


 そしてそれを見送るヴェルテ。


「世話になったなヴェルテ。時の女神(クロノ)の件、俺に任せろ」


「はい、アルベルト。あなたに託します」


 お互いを見つめ合いながら、俺達は会話を終える。


 そしてドアを開けて部屋の外へと出る俺達。


 周囲の空間が急速にぼやけていく。


「それじゃあお前様、転移するぞい」


「ああ」


 俺達は部屋のドアを締める。


 その際にヴェルテはこちらにバイバイと手を振っていたのだが、「これで誰にも邪魔されずに私達のイチャラブ生活が始まるのね……!」と訳の分からない言葉を小声で呟いていたのだが、俺は聞こえないフリをするのであった。

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