宮殿
「天界に到着じゃあ〜!」
ウィンディの能天気な声が、だだっ広い空間に響き渡る。
ウィンディの転移術によって白亜の建造物の中に現れた俺は、周囲を見回し、そのスケールの大きさに圧倒されていた。
(明らかに人工的に作られているのに、なんて大きさなんだ……)
白地をベースにして色とりどりの宝飾で飾り建てられた宮殿は、まさに女神の居城に相応しい作りをしていた。
そして特に興味深いのがその繊細さだ。
硝子細工を彷彿とさせる細く複雑な橋梁によって天井の巨大な天蓋が支えられていた。
これは明らかに応力的には絶対に持たなさそうな構造であった。
それにも関わらずしっかりと天蓋が支えられている事から考えると、地上世界にはない素材を使っているのか、それとも魔法的な支えで保たれているのか。そもそも物理法則が地上と異なっているのか等、俺の興味は尽きなかった。
キョロキョロと周囲を見ていた時、建物の窓から外の様子がうかがうことができた。
俺はそっと外を覗いてみる。
建物の外は果ての分からない漆黒を思わせる不確定な空間となっており、チラチラと精霊達の精霊力の輝きだけが確認することができた。
その光景だけでも、ここが地上ではないんだなぁとしっくりと理解する事ができたのであった。
─────
「ではお前様、ちょっとこの部屋で待っておるのじゃぞ」
そう言い置いて、ウィンディはどこか別の場所へと行ってしまった。
ぽつーんと一人、部屋に取り残された俺。
俺は柔らかいクッションの効いたソファに腰掛けながら、この建物の警護とかどうなっているのだろうかと疑問を浮かべていた。
ここは女神の住居に相応しい巨大で壮麗な宮殿だったのだが、さきほどから警備の者が一人も見受けられないのだ。
そして更に気になるのが周囲の気配だ。
壁の外側にも確かに精霊の気配はあるのだが、全くランダムに動いており、まるで何もない空間を飛び回っているようであった。
俺は試しに壁の一画に小さな穴を開けてみた。
コツン。
壁は想像よりも薄く、容易に直径2cmほどの穴が壁にあいた。
俺はその穴から隣の部屋を覗き込む。
そこは……なんと表現すべきだろう。書割の裏と呼ぶべきか雑な作りと呼ぶべきか、まるで舞台演劇の背景の裏側のような作りであった。
─────
ガチャリ。
「お前様すまんのぉ〜。ちょっと女神の奴の謁見の支度が終わってなくてな。もうちょっとだけ待っていてほしいのじゃよ〜」
俺は開けた穴を塞ぎ、しばし物思いに耽っていたら、愛想笑いを浮かべながらウィンディが戻ってきた。
丁度いいから俺はウィンディに警備についての疑問をぶつける。
「うぇっ? け、警備? ……あ、そうじゃな! 宮殿には警備が必要じゃもんな! も、もちろんおるよ、警備の人! 姿が見えなかったのはたまたまじゃよ? ホントじゃよ?」
ニコニコとしながら「ちょっと急用ができたのじゃ」と言い置いてコソコソと部屋から退室していくウィンディ。
数刻を置かず、ガチャリと扉が開き、ミスリルの全身鎧に身を包んだ何者か達が、ウィンディに連れられて部屋に入ってきた。
そしてそいつらはまごまごしながらも部屋の四隅へと移動し、構えるでもなく、ぼーっとその場で突っ立っているのだった。
─────
「さ、時間じゃお前様。これより風の女神へと謁見じゃぞい」
なぜかウキウキしながら俺を案内するウィンディ。
俺はウィンディに連れられて部屋をあとにする。
俺は先程の光景が気になり、ウィンディに無断でこっそりと監視用の魔力眼(一種の監視カメラ)を待機室の中に放っておいた。
ウィンディに連れられながら、俺はさきほどまでいた部屋を遠隔でぼんやりと監視する。
わらわらわら。
俺の居なくなった部屋では、いつの間にか集まっていた下級の精霊達が、舞台の大道具を片付けるかのようにテキパキとその痕跡を綺麗に消していくのであった。
─────
謁見室に到着した俺を迎えてくれたのは、懐かしい翡翠色の髪の美女であった。
「お久しぶりです、アルベルト。我が宮殿は如何だったかしら?」
風の象徴色である翡翠に輝くドレスを身に纏ったヴェルテは、女王然とした姿で俺の前に現れた。
ただし後ろに控えている護衛役がいただけない。一糸どころか五糸と十糸もその所作は乱れていた。
「お久しぶりです、ヴェルテ。お話の前に一言発言しても良いでしょうか?」
謁見用の椅子に優雅に着席したヴェルテに対して、騎士のように膝を立てた俺は伺いをたてる。
「発言を赦します、アルベルト。どのような事でしょう?」
ヴェルテは横に置いてあるティーカップを自分でひょいと掴みあげながら返事をする。
「ヴェルテ、こんな学芸会みたいな事しなくても、普段通りの姿で良いですよ?」
ガチャリ。
驚きに固まるヴェルテとウィンディ。そしてその姿を見た他の下級精霊達の間でも動揺が拡がる。
「ななな何を言っているのかしら、アルベルト! ……わ、私は女神なんだから、い、いつもこ、こんな感じに優雅な感じなのですわよ?」
ヴェルテは動揺を押し隠そうとしているが、目が左右に振れまくっており、雄弁に自分の嘘を立証してくれている。
「そ、そじゃよ!? ヴェルテはいつも威厳たっぷりじゃから、普段着にジャージなんて着ておらんからな?」
「ちょ! ウィンディッ! あなた黙りなさいよ!」
フォローのつもりが盛大に自爆するウィンディ。
他にも「女神の沽券が」とか色々ヴェルテとウィンディが言い合っていたが、俺はため息一つで聞き流す。
「まぁ、何でもいいから落ち着いたところで話をしましょう」
俺の仲裁の言葉に従って、ウィンディとヴェルテの泥仕合じみた言い合いに終止符が打たれた。
最近シリアスが続いているので、たまには息抜き回を入れてみました。




