『主人公の性別を選んでください』
忘れもしない、あの2年前の火事の夜。あの日を境に、僕を取り巻く環境の全てが変わってしまったのだった。
「ベル、お願いだ! 目を覚ましてくれ!」
焼け焦げた建物から昇る紅い焔のなめるような明るさによって、妹の白磁のような頬が照らされている。
だが人形のように整ったその顔は決して瞼を開ける事はなかった。
僕は何とか燃え盛る焔の中から、妹の亡骸を救出する事ができたが、その命を助ける事はできなかった。
そして僕は今、必死になって光魔法を使い、妹の蘇生を試みている。
「頼む、ベル! 帰ってこい! ……僕を一人にしないでくれ!!」
僕は敬虔な光の女神教の信徒だった。僕の光魔法の強さはその信仰に支えられていると言っても過言ではない。
だから僕は光の女神に一心に祈った。
僕の大切な妹を、現世に連れ戻してくれ、と。
だけど神の奇跡を扱う光魔法の使い手だからこそ、僕の願いは女神へは決して届かない事もまた、僕は嫌というほど理解していたのだった。
…
………
……………
一体どれくらいの長きに渡って僕は祈り続けたのだろうか。
周囲に耳を傾けた時、何時の間にか火事が消え、周囲が静寂に包まれいる事に僕は気がついた。
「あらあら、どうしてここで貴方と会うことになったのかしらねぇ〜?」
「……あなたは、誰?」
気がつくと、何時の間にか僕の目の前には、白い髪に白い肌、そして白い杖に白いローブ。瞳だけは燃え盛るように紅く輝いている事を除けば、白一色の異形の姿をした女性が立っていた。
だけどその女性は大層美しい。
闇に浮かび上がるそのほっそりとした麗しき姿は、天女もかくやと云わんばかりであった。
「私は”白き魔女”ヴリエーミア。我が神からの託宣では、他の女神がここに現れるとの事だったのだけれども……。結果は空振りだったみたいねぇ〜」
目の前にいる僕に語りかけているようで決してこちらを意識していない喋り方。
僕は意を決して魔女に話しかけた。
「貴女は神の遣いなんですか?」
僕の質問が予想外だったのだろう。
一瞬、キョトンとした後に、薄い笑いを再び浮かべて今度は真っ直ぐに僕を見て魔女は話しかける。
「もしそうだったらどうするのぉ〜?」
「貴女が神の遣いなら…………僕の妹の命を助ける事が……貴女にはできますか?」
今度は薄笑いを浮かべながらも僕の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「ええ、できるわぁ。でも───」
「でも?」
「代わりに”世界の敵”に、貴方はなるのよぉ〜。そして貴方はその最愛の妹と敵対する事になるのぉ〜。これは予言ねぇ。
…………貴方にその覚悟は、あるのかしらぁ〜?」
「妹の命が救われるなら、是非もないですよ」
「なら契約成立ねぇ〜。ようこそ、クリスティン。こちら側の世界へぇ〜」
ヴリエーミアを通じて僕は何か得体のしれない大きな存在との取引を行い、対価として妹の命は救われた。
そして妹が無事に死の淵から起き上がり、こちらを見つめている事に気付いた時、僕は師匠の手を取って家族との訣別、そして妹との別離を果たしたのだった。
これが、僕と師匠との出逢いの顛末だ。
──────
「……おい、クリスティン。なんで時の女神と……お前の妹のクリスの命が関わりあるんだ……おかしいだろうがッ!」
俺は生半可な返事ならばすぐに殺す、と強い殺気をクリスティンに飛ばした。
「言葉通りさ、アルベルト。2年前、妹は事故で死んだ。僕の目の前でね。……そして絶望に沈んだ僕に救いの手を伸ばしてくれたのは……光の女神様ではなく、僕の師匠である、ヴリエーミアさんだったんだ」
息を整え、剣を青眼に構えるクリスティン。身体はボロボロであるにもかかわらず、その目には強い輝きがあった。まだ戦意は旺盛なようだ。
「僕は師匠を通じて、時の女神と契約した。時の女神の能力は、時間と空間を操る事だ。だから僕は妹の死の事象を”無かった”ことにして、生きている未来を女神の力で構築したんだ。
だから僕の使命は、時の女神の力をこの世界で恒常的なものとし、妹の死の未来を無くすことだ!」
「時の女神をこの世に顕現させるって事は、今の六女神が維持している世界の法則が急激に変わるって事だ。世界法則が急激に崩れると───間違いなく世界に天変地異が起こり、大勢の人が巻き込まれて死ぬんだぞ!」
俺はゲームのバッドエンドを頭に思い浮かべた。世界が荒れ狂い、数多の無力な民達が被害にあい、絶望の涙を浮かべるのだ。
「お前が行くその道は! 誰をも敵に回す修羅の道なんだぞッ! お前、それを分かっているのか!?」
「ああ、勿論分かっているさ! だから全てが終わった後、僕は僕自身のケジメをしっかりととるつもりだ。だけれども妹の命を恒久的に助けるまでは……世界の全てを敵に回しても僕は妹の命を優先する!」
こいつは本気だ。そして全ての事が済んだ後、自刃する覚悟も決めているようだ。
そういう奴に言葉を弄して説得しようとしても決して届かないだろう事は経験から学んでいる。
一方、俺の方はどうだ。
正直クリスを犠牲にする覚悟なんて全然決まっていなかった。
だけれども今は、時の女神の顕現を防ぐ千載一遇の好機だ。今を逃せば、ヴリエーミア達への奇襲のチャンスなんて二度と訪れないかもしれない。
今ならば実力差でクリスティンを蹴散らし、その勢いで剣を振り下ろせばヴリエーミアを殺れる───
だがそれは………みんなを……世界を助けるためにはクリスの命を諦めなくてはならないという事だ。
ゲーム画面を眺めながらカーソルを使ってクリスの生死を選択肢から選べたのならば、俺は躊躇いながらもクリスを見殺しにする選択肢を選べた事だろう。
だが繰り返すがここはゲームではない。
俺はこれまでのクリスとの思い出を反芻する。
一緒に笑い、戦い、時には涙を見せるクリス。
クリスは……かけがいのない……俺の大切な仲間なのだ。
「俺は……俺は……ッ!」
その時、サキの方から突然に大きな叫び声が上がる。
「ご主人様、ごめんなさい! これ以上の拘束はちょっと無理そうですッ!」
俺が覚悟を決めかねているうちに、状況の方が先に進んでしまった。
「サキ、無理はするな! ここは一度撤退するぞッ!!」
俺は狡い奴だと自分を自嘲しながらも、結論を先延ばしする口実が出来た事に内心少しだけホッとしてしまうのだった。
「え!?」
「お前様!?」
「ご主人!?」
3人からの戸惑った返答には耳を貸さず、俺は懐から閃光弾と煙幕を取り出すと周囲にばら撒いた。
そして煙と閃光、炸裂音に乗じて、サキ、ウィンディ、ミーアを回収して俺は戦線を離脱するのであった。
皆さんも夏風邪とスマホゲーのやり過ぎには注意しましょう。




