天之瓊矛
俺達は上空からの奇襲によってヴリエーミア一党の機先を制し、その戦力の大半を一気に無力化させる事に成功した。だが───
「くそっ! こいつも通らねぇのかよ!」
魔法で作り上げた見えない風の剣が、ヴリエーミアの空間を断絶させる防御魔法によってあっさりと受け止められた。
この風系統の近接戦特化の魔法は、ゲーム時代だったなら多少の手傷を魔女に負わせられた最強魔法の一角だったのだが、現実には全く魔女に通用していない。
やはりゲーム時代のように女神の加護を受けたゲームパーティーではないモブの俺では、魔女の相手は相当厳しいようだ。
「”空間遮断”は空間そのものを捻じ曲げるのよぉ〜。あなたの魔力が私のそれを超えない限り、この壁を越えることは不可能なのだわぁ〜」
コロコロと笑いつつ、ヴリエーミアは今度は”空間接続”を用いて俺へと攻撃をしかけてきた。
シュン、シュン、シュン───
「こなくそッ!」
死角から複数襲いかかってくる必殺の時魔法を、俺はカンだけで避けていく。
「……つくづく貴方がここまで私と互角に渡りあえているのが不思議なのよねぇ〜。客観的なあなたのスペックを”視た”のだけれども、身体の丈夫さはともかく、とてもではないけれど魔術戦で私と渡りあえるはずがないのにねぇ〜」
ヴリエーミアは不思議そうに首を傾げながらそう呟いた。
ヴリエーミアの強力な能力の一つに、相手のスペックを数値として読み取り、的確に弱点を攻撃してくる”邪眼”というものがあり、どうやらそれを俺に使ったようだ。
「数値では見えないものもあるんだよ、魔女。覚えとけ!」
俺の磨き上げた体術や剣術といった戦闘スキル、自己流で作り上げた身体補助魔法といった類の小技の数々は、スペック上はあまり数値に反映されないものだ。
「全くちょこまかちょこまかと……いい加減諦めたらどうなのぉッ!」
俺は魔女からの攻撃を避ける。
そして俺は魔女へと反撃する。
更に魔女は俺の攻撃を全て受け止める。
俺は決定打を打てないまま、ひたすらにヴリエーミアの攻撃を避け続け、効果の見られない攻撃を放ち続けた。
「んもう、しつこい! 流石に頭にきたわぁ!」
ヴリエーミアがうんざりした口調で吐き捨てた。
どうやら本気で俺を潰す方向に舵を切ったようだ。
ヴリエーミアは”空間遮断”を貼りつつ、長い詠唱に入った。
「あぁぁぁぁぁぁッ!! ご、御主人様ッ!! 今、助け───って、あなたそろそろ止まりなさいよぉぉぉ!」
「ぐぅぅぅッ……すまぬお前様! ワシちょっと手が離せそうにないわい!」
「御主人! もう少しだけお待ちを! 計算上はすでに戦闘終了のはずなんデスが、壱号機が意外としぶとくてしぶとくて……」
どうやらサキ達3名とも相手の拘束にいっぱいいっぱいでこちらへの手助けは難しいみたいだ。
ヴリエーミアは恐らく、ゲーム時代のイベント魔法である”空間爆砕”を放つつもりだろう。
これは文字通り対象の空間を粉々に砕く範囲魔法であり、こんなものを俺が喰らえば逃げる場所もなくデッドエンド確定だ。
どうやらヴリエーミアはこちらを生かして返すつもりがないらしい。
更にこいつが厄介なのは、ヘルメスが以前放った範囲攻撃のような弾幕避けができるようにはなっておらず、ゲームでは女神の力(チート過ぎるだろ!)で辛うじて威力を減衰させて対処したようなシロモノだった。
「はぁ……」
俺は一つ息をつく。
ヴリエーミアはどうせこちらの攻撃が自分には届かないと高を括って、障壁には目もくれずに一心に詠唱に集中しているようだ。
俺の攻撃がヴリエーミアに届かないのは、俺の火力が魔女の装甲を打ち抜けないからだ。
絶対的な格差がある俺と魔女との魔法力の差。その差を埋めることは、できない。
だが────
「俺の魔法力が足りなくても、魔女の魔法力を突破する手段はあるのさ」
俺も呪文詠唱に入る。
魔法とはすなわち現実改変のイメージであり、魔法力とはそれを裏付けるリソースだ。
「”空間…………爆砕”ッ!」
ヴリエーミアが高らかに宣言し、時魔法の秘奥が発動される。
周囲に漲る魔女の魔法力。何も対処しなければ刹那の後に、俺は死を迎えるだろう。
「────”天之瓊矛”。起動」
俺は静かに、力ある言葉を紡ぐ。
魔法力とは極限すれば純粋な力だ。
───そしてそれは別に俺のものでなくてもいい。
「な、なんですってッ!?」
空間に漂っている、先程まで俺が意味もなく放ち続けていたように思えた魔法の残滓達が、俺の魔法によって新たな役割を与えられていく。
数多の魔法の残滓が、俺の手許に現れた魔術で編み上げた光り輝く神矛を取り囲むように渦巻き、複雑な魔術陣へとその姿を変えていく。
そしてその魔法陣がヴリエーミアの魔法と接触していく度に、ヴリエーミアの魔法規模が徐々に小さくなっていき、それに反比例するかのように俺の神矛の実在がますます上がっていく。
近接特化型戦略魔法”天之瓊矛”。
神話で語られた通り、それは世界に揺蕩う渾沌たる大地をかき混ぜ続け、矛先から魔力の精華、すなわち力の結晶たる”オノゴロジマ”を生み出す魔法だ。
俺は狼狽えているヴリエーミアに肉薄し、魔女へと穂先を突き出す。
「”淤能碁呂島”、射出」
神話で語られた国産みの大地。原初の魔力に限りなく近づいた創生の魔力がヴリエーミア目掛けて打ち出される。
「くぅぅぅぅッ! ”空間遮断”ッッ!!」
ヴリエーミアが自身の全魔力を総動員し、絶対防御の魔法で俺の神矛を受け止める。
神の力でブーストされたヴリエーミアの神盾は、俺の神矛に劣らないものだった。
「うぉぉぉぉぉぉッ!!」
「はぁぁぁぁぁぁッ!!」
神の力が互いにぶつかり合い、相殺される。
強大な魔力と魔力がぶつかりあった結果、力の空白地帯が俺と魔女との間に生まれた。
一瞬の静寂。俺の魔力は空っぽだ。
借り物の魔力の俺と、自力のそれのヴリエーミア。次に魔術を打ち合えば、俺の敗北は必定だろう。
だが───
「奥義、”孤月”ッ!!」
間髪入れず、空白の隙間を穿つように俺の剣がヴリエーミアを捉える。
”孤月”は、相手の生命力ではなく、直接相手の精神に攻撃することが出来る我が無銘の流派に伝わる奥義だ。
俺との打ち合いで全力の魔力を注いだヴリエーミアにとっては致命の一撃。
「あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
弱っていた精神に俺の剣を無防備に受け、倒れるヴリエーミア。
紙一重ではあったが、勝利の女神は俺に微笑んだのであった。
─────
「ふぅ……。流石ラスボス、手強い相手だったな」
俺は剣を納刀し、ヴリエーミアに近づく。
さて、コイツをどう処理するか。とりあえず───
俺は咄嗟に横に身体を傾けて斬撃を躱し、カウンターでバックブローを放ち襲撃者を吹き飛ばした。
「ぐぁぁぁぁぁッ!!」
俺の裏拳で無様に吹き飛ばされる若い男。
奇襲を仕掛けてきたのはクリスティンだった。
「……こんな短期間で動けるはずは───ああ、なるほど」
燃えるような瞳をギラつかせながら、フラフラと立ち上がるクリスティンを見て確信する。
両手両足に穿たれたような痛々しい傷跡が目立つ。
どうやらクリスティンは自分自身で俺が施した回復部分を切り取り、自分の光魔法で無理やり直したようだ。
しかし傷跡が深すぎて短時間での完治が無理だったようだ。相当傷が痛むのだろう、脂汗が滲み立っているだけで精一杯の有様だった。
正直その執念には脱帽するが、それだけだ。
「勝負は決した。お前では俺の相手にはならん。悪い事は言わないから───」
「うぉぉぉぉッ!」
クリスティンは震える脚を踏みしめながら、型も何もない破れかぶれの一撃を俺に振るってくる。
「チッ。いい加減に……しろッ!!」
俺は舌打ちをして剣を抜き放ち、クリスティンを再び吹き飛ばした。
手加減したとはいえ今のクリスティンには致命的だっただろう。無防備に背中から壁に激突し、ずるずると倒れ込みピクリとも動かなくなった。
「全く……余計な手間をかけさせるなよ」
「……ん」
ぼやぼやしている内に、魔女が覚醒しそうになっていた。
時間がない。手早く殺すしかないのか。
ヒュンッ!!
背後から投げナイフが飛んできたのを俺は片手で叩き落とす。
溜息を吐いて背後を振り返ると、剣を杖代わりにして必死に立ち上がろうとしているクリスティンの姿があった。
「いい加減に諦めろ、クリスティン。実力差は歴然。死にたくなかったら大人しく寝ていろ」
うんざりした俺は、クリスティンを叩きのめすべく、クリスティンに向き直った。
「諦めるわけには……いかない!! あの日、あの時!! 僕は妹を救うと誓ったんだ!!」
「何!? どういう事だ?」
妹ってクリスの事か? なんでコイツ等の行動がクリスを助ける事に繋がる?
「……絶対に師匠はやらせない。僕は……あの日死んだ妹を助けるため……お前達に絶対に時の女神を封印させるわけにはいかないんだッ!!」
クリスティンが吼えた。




