時魔法
「会うのは初めましてぇ〜、アルベルトくん。うふふ〜。女神様の予定ではあなたが私の下に来るのは、まだまだ先のはずだったのだけれどもねぇ〜。本当にあなたに対しては、女神様の未来視の力が効きづらいみたいだわぁ〜」
ヴリエーミアは優雅な所作で髪をかきあげながら、鷹揚に俺へと相対する。
白き魔女。時の女神の巫女。この世界で唯一人の、時魔法の担い手。
時魔法とは、時間と空間への干渉を得意とする、光闇火水土風の6魔術系統以外の新たな属性だった。
神話にも登場しない謎の魔法系統だ。
「アルベルトくん、もっと予定通りに行動してくれないと私困るわぁ〜。それに私のかわいい弟子にも酷いことをして、私本当に怒っているのよぉ〜、ぷんぷん!」
俺へと投げつけられた非難の言葉とは裏腹に、その口調に激昂の気配はない。
世の中総てがどうでも良いと言わんばかりの、頽廃の気配が漂う態度だった。
「何言ってんだ? 俺とお前達はとっくに戦争状態で、仕掛けて来たのはそっちの方が先だっただろうが。
こっちがお人形さんみたいにただ突っ立って、一方的にタコ殴りされるだなんて虫の良いこと言ってんじゃねぇよ、ヴリエーミア!」
俺の啖呵に一瞬キョトンとして、ついでコロコロと鈴がなるように品よく嗤うヴリエーミア。
「うふふ、そうね。本当にそうね、アルベルトくん! お人形さんみたいに、ただ突っ立っているわけ、ないわよねぇ〜!」
何が琴線に触れたのか、コロコロと嗤い続けるヴリエーミア。正気と狂気が入り混じったような、怪しい傾国の美貌が垣間見えるようであった。
「さぁ、お話はここまでにしてそろそろやりましょうかぁアルベルトくん。言っておくけど言葉を弄して私を捕縛して、時の女神様を封じようとしても無駄よぉ。
男の子なんだもの。自分の願いを叶えたければ、実力で押し通らないとねぇ〜」
そう言うとヴリエーミアの周囲に魔力が集まっていく。
「時魔法、”空間接続”───」
ヴリエーミアの力ある言葉と共に、周囲の空間に敵意ある魔力が充満する。
”空間接続”。ボスのヴリエーミアが使う範囲攻撃だった。
「ではいくわぁ〜。受けてみなさいッ!」
ヴリエーミアの手元から放たれた無数の魔力弾が空間に消える。
「───後ろかッ!」
俺は間一髪、背後から迫ってきたヴリエーミアから放たれた無数の魔力弾を回避する事ができた。
「あなた、背中に目があるのかしらぁ〜。よく初見でコレを躱したわねぇ〜」
感心したように呟くヴリエーミア。
(分かっていたけど、こいつはシビアだぜ……)
俺の背後に突然現れた空間の歪みから、ヴリエーミアの手元にあった魔力弾が出てきたのだ。
まさにゼロ距離で視覚外から放たれた魔法攻撃を、刹那の時間で避けなければならない。
ゲーム時代は女神の支援で3回までその攻撃が当たっても大丈夫なバリアーが張られていたのだが、当然今の俺にはそんな都合よく女神の支援なんてない。
だからこの攻撃が当たれば俺はおしまいだった。
それに───
「唸れ、”絶牙断衝”ッ!!」
特殊な歩法で一瞬でヴリエーミアとの距離を詰めた俺は、風の魔力を纏った剣でヴリエーミアへと斬りかかる。
「”空間遮断”」
ギシィィィッと何かが軋む音がして、俺の剣が何もない虚空で受け止められる。
やっぱり防がれるか。
俺の剣技は”剣”と”剣気”を異なる軌道で相手に打ち込む事で、相手を惑わせる虚実一体の殺人剣。
相手がどんなに硬い防御力があっとしても、俺の練り上げた”剣気”を防ぐ事はかなり難しい。だがヴリエーミアは、空間そのものを時魔法で遮断する事で俺の攻撃を防いでいたのだった。
「ならば、”烈風斬”ッ!」
俺はメクラ撃ちで風の魔法を放つ。
「うふふ〜。そんな威力じゃ私には届かないゾ!」
やはりこれもダメか。
魔法とは、魔力を用いた現実世界の改変だ。その強度は魔力の大きさに支えられており、俺の魔力量ではヴリエーミアの魔力を突破する事が難しい。
俺は素早く周囲を見渡す。
「ええい、あなたいい加減にしなさいよ! 何度も何度も私の封じ込めを力技で解除しちゃって!
こんなんじゃいつまで経っても私は御主人様の下に行けないじゃありませんか!」
遠くではサキが大声で相手の剣士に文句を言っている。
どうやらヴリエーミアの魔力対策に連れてきたサキは、未だフードを被った謎の剣士の封じ込めに手こずっているようだ。
ウィンディとミーアも、それぞれの相手に手一杯の状況みたいだな。
当初、俺一人でヴリエーミア相手に時間を稼ぎ、サキや他の仲間達の合流を待つ作戦だったのだが、周りの状況を見るとそれは難しそうだった。
「やっぱりラスボス相手に、何もかもが予定通りってわけにはいかないか……」
ヴリエーミアと1対1で勝負して、倒し切るしかない。
しかしこちらの攻撃は相手に届かず、相手の攻撃を喰らってしまえばこちらの負け。
分の悪い賭けだが、この戦いを終わらせるためにはやるしかない。
俺は覚悟を決めて、ヴリエーミアと再び対峙するのだった。




