頭上の敵機
「師匠、どうしてこちらから攻めないのですか?」
エクスバーツ共和国領事館の敷地内にある、魔女のプライベートエリア。
そこは世俗から切り離されたかなりの面積を誇る場所であり、防御術式や探知術式等が幾重にも配置され、エリアの周りには多くのエクスバーツから派遣されている護衛もおり、まさに聖域の趣のある場所であった。
そのプライベートエリアにあるオープンテラスにて、ヴリエーミアとクリスティンがのんびりと寛いでいた。
「まだこちらから仕掛ける時期じゃないのよぉ。それにヘルメスも療養中ですしねぇ〜」
ヴリエーミアはここにはいない、特殊部隊出身の悪魔の力を宿した男に言及した。
「師匠、ぼくは一度アルベルトとやり合いました。ぼくの見立てでは、師匠がそこまで慎重になるような相手とは思えません」
クリスティンは一度剣を打ち合った感触を思い出す。
アルベルトは古代帝国時代の失われた剣技を駆使する凄腕の戦士である事は間違いないが、己の無限とも言える回復力を持つ光魔法を用いれば勝てない相手ではないと思っていた。
「……やっぱりあなたはまだまだねぇ〜」
そう言うとヴリエーミアは広い庭に出て、近くで甘い果物のスムージーを飲んでいる小さな女の子の側へと歩いていった。
「師匠……」
唇を引き結んでヴリエーミアを見つめるクリスティン。
その時、これまで目を瞑りピクリとも動かなかった護衛の剣士の女が、おもむろに立ち上がり庭に出ると天を見上げた。
「……間に合いませんか」
女が呟いた直後、あたり一面に暴風が荒れ狂った。
─────
「御主人! 地上まであとカウント30!!」
「よし! サキとウィンディは魔法の準備! ミーアは魔法抜きでの弾体の誘導に注力! 俺は着弾時の制御に徹する! 抜かるなよ!!」
「「「了解 (じゃ)(デス)!!」」」
俺達は現在、地上より射出されたロケット(というより砲弾)の中で、奇襲の準備を着々と整えていた。
純粋な物理現象で高速飛翔しているため、非魔法にて着弾の軌道を制御している現在、ヴリエーミア達は直前まで俺たちの存在を探知する事はできないだろう。
「15、14、13───」
微かに震える弾体内で、ミーアの淡々としたカウントダウンの声が静かに響く。
「これで終わりにしよう」
ゲームの黒幕をここで一気に倒し、将来の懸念を払拭する。
手段は違うが、これでゲームのハッピーエンドと同じ結末だ。
「───3、2、1、着弾」
瞬間。俺は全力で風魔法を地面に叩きつけた。
─────
ドゴォォォォォォンッッ!!
「な、何だッ!?」
クリスティンは突然の衝撃で狼狽してしまった。
上空から何かが落ちてきた事は分かったが、彼が理解できたのはそこまでだった。
「”永久凍柩”ッ!」
見知らぬ女の声。いや、聞き覚えがあったか。
「よし、いいぞサキ!」
クリスティンの目の前にいつの間にか大きな男が立っていた。
「アルベルト!」
鍛え抜かれた名刀の如く、鋭利に輝く人振りの利剣のような男。
「秘剣、”重ね朧”」
クリスティンが剣を抜く暇もなく、彼の四肢に一瞬で振るわれる白刃。
その動きの鋭さは、先刻相見えた時とは全くの別人だった。
ザシュッ!
不意を打たれた戦闘不能に追い込まれる一撃。だが、とクリスティンは思う。
(例え四肢が切断されても、ぼくには一瞬で治る光魔法による超回復が───)
ドサリ。
「な、なにッ!?」
立ち上がりたい彼の意思に反して、ピクリとも動かない彼の四肢。
「お前、一体何を……した!?」
「言う必要はねぇな。何をしたって暫く動けねぇよ。黙って寝てろ」
そう言うとアルベルトは、クリスティンを無視してさっさと別の場所に移動してしまった。
─────
(いよいよ本命だ!)
不意をついたサキの拘束魔法で、謎の女剣士を一瞬で氷漬けにし、それと同時に俺は秘剣を用いてクリスティンを無力化した。
秘剣”重ね朧”は、風魔法と混合された剣技で、四肢の神経を内部からズタズタにしたあと薄い回復魔法で雑に治したような形にする事で相手の動きを封じる剣技だった。
風魔法が有効な間はずっと四肢の麻痺は続くため、短期決戦で重宝する技だ。
もっとも実力差がなければ中々成功しない技でもあるので、上手く不意を付けて良かった。
俺は返す刀で真っ直ぐとヴリエーミアへと向かう。
横目でミーアを見ると、ぼうっと突っ立っている小さな女の子の方に向かっている。
よし、これで不確定性のある懸案事項が一つ片付いた。
「時魔法”遅延───」
「おぉっと、それはキャンセルなのじゃッ!」
時魔法を発動させようとしたヴリエーミアに対し、即座に魔力をぶつけて相殺するウィンディ。
「───邪魔はさせない」
ヴリエーミアの背景に融けていた見知らぬ精霊がウィンディへと攻撃を仕掛ける。
「舐めるでない! 貴様の存在なぞ初めからワシには分かっておったのじゃ!」
飛び上がったウィンディと姿を現した時の精霊とが、激しく空中で肉弾戦を演じている。
「あ、お前は誰デスッ!?」
見知らぬ少女を避難させに行ったミーアの大声が、遠くから聞こえてきた。どうやら不測の事態が起こったようだ。
「む、その魔術波長……貴様、自分と同じAEEMシリーズ……三号機でアルな!?」
ちらりと横目で見ると、ゴスロリの格好をした小さな少女はカタカタカタカタ──と、その姿を変えて、どこかで見たことのあるような巨人へと変わっていた。
「あーッ! そういう貴様は壱号機デスね!」
そこではいつの間にか銀色のキリングドールと黒色のキリングドールとが、手四つで力比べをしているのだった。
「三号機! なぜ貴様が人間に協力しているのでアルか!」
「それはこっちの台詞デス、1号機!」
ギャーギャーと怒鳴り合う2体。安全地帯へと少女を誘導することはできなかったが、ある意味で退避には成功した感じだった。
「……まさかこのような手段でこちらに奇襲を仕掛けてくるとは、正直予測していなかったわぁ〜。私のカンもまだまだねぇ〜」
ヴリエーミアは艶然と微笑みながら、こちらへと向き合う。予定よりもサキの合流が遅いので、俺は一人でヴリエーミアと対峙する形となっていた。
敵の首魁たる白き魔女。そのプレッシャーに思わず身震いしてしまう。
「ヴリエーミア、すでにチェックメイトだ。時の女神の復活は諦めろ」
俺は剣を油断なく構え、ヴリエーミアを無力化するべく攻撃を仕掛けるのだった。




