パンジャンドラム号
「こちらアルベルト、こちらアルベルト。フェリシア、感度ありますか、どうぞ」
《こちらフェリシア。音声はクリアーよ。……ところでアルベルト。本当に、良いのね?》
「勿論OKだ。計算上行けるはずさ」
《どうなっても知らないわよ、本当に》
今俺達は、ヴリエーミア達に奇襲を仕掛けるべく、大掛かりな作戦準備を行っているところだった。
《確かにこの手段なら直前までこちら側からの動きに気づかれないとは思うのだけれど……ちょっとリスクが大きすぎるんじゃないかしら?》
通話装置の向こう側から、フェリシアの心配げな声が聞こえてくる。
「まぁ、ミーアが設計や弾道計算をしたわけだし、弾体もメアリーの土魔法で補強済み、気配遮断もリーゼの折り紙付きだ。あとはお前が発射のために全力の炎魔法をぶちこんでくれれば作戦成功間違いなしさ」
俺は躊躇うフェリシアを鼓舞するべく、なるべく楽観的な予想を告げる。
フェリシアの目の前には、きっと大きな金属の光沢を持った黒い土の塊がそびえ立っていることだろう。
その土の塊の名はパンジャンドラム号。物理的に俺たちを空にぶち上げるためにミーアが即席で作り上げた所謂ロケットだ。
形はちょうど巨大なライフル弾のようなフォルムをしており、その薬莢に該当する部分にフェリシアが圧縮した炎魔法を大量に注ぎ込み、その力を後方に噴き出す事で、このロケットは空に流星の弧を描くという仕組みであった。
《大丈夫、大丈夫! 私も可能な限り光魔法の回復力でアルくん達搭乗者の身体保護に務めるからさ、心配しないでよね!》
俺とフェリシアの会話に強引に割り込んでくるクリス。まぁ、こいつの回復魔法も対衝撃の重要な要素であり、頼りにしているところだ。
「お前様、本当にやるんじゃな? ワシ、今からでも正直参加を辞退したいんじゃけれども」
ウィンディが近くで弱気な事を言っている。だが俺は当然そんな弱気な意見は無視だ。
「御主人! 風速、気圧、弾体の摩擦係数等を踏まえた総合的な軌道計算によれば、予測範囲円への投射可能性は82.1%デス。帝国工廠にあった演算装置が使えていたらもっと確度が上がるのデスが、自分の演算能力ではこれが精一杯なのデス!」
難しそうな顔つきで装置に色々な細工をしているミーアが、こちらも見ずに作業に没頭しながら呟いてくる。
「そんだけの精度があるなら上等さ、ミーア。今回は相手に気づかれないよう、中に乗っている俺達は直前まで魔法が使えないからな。裏を返せば最終フェーズの段階でなんとでもなる。
出たとこ勝負で行けるさ」
「御主人様! 私は作戦とかよく分かりませんけれど、御主人様が死んでくれと言ったら一緒に死ぬ覚悟はありますから! 他の人には負けませんよ!」
「サキ、お前が何と張り合っているのか俺にはさっぱりわからねーからよ。……あとお前くっつき過ぎ。狭い」
搭乗席は確かに狭いが、流石にサキはくっつき過ぎだった。やたらと胸を押し付けてくるのはちょっとやめてほしい。
「何を言っているんですか御主人様! 室内は狭いですし安定性! そう、安定性を増すためにはムギュっとしていた方が良いんですよ!
……本当はよりコネクトできる男女の部分でくっついていた方がより安定性が高まると思うんですけどねッ!」
もじもじと顔を真っ赤にさせながらもドヤ顔で宣言するサキ。相変わらずの残念娘だった。
「……サキ。セクハラ発言は禁止。それ以上言うなら問答無用で降ろすからな」
これからヴリエーミア達との死闘が待っているというのに、サキや仲間達は相変わらずマイペースな奴らだ。
現在、俺とサキ、ウィンディとミーアは、狭い金属の箱の中にギュウギュウ詰めで押し込められている状態だった。
「御主人、サキ殿。シートベルトをしっかり着けておいてくださいデスよ。一応ある程度の安全率は計算に入れてマスが、何分突貫工事で設計しまシタので、どんな不具合があるのか正直分らんのデス」
普段は雑なミーアも、こと機械いじりに限っては大変真摯的な対応だった。
「ああ。頼りにしているぜ、ミーア」
その後は皆黙々と計器チェックや最終調整が行われ、ついに発射フェーズに至ったのだった。
「よし、やれることは全部やった。あとは発射シーケンスに移ろう」
皆通話装置の向こう側から首肯する気配を感じとれる。
「作戦目標は敵性目標たる魔女一味の降伏、及び時の女神の顕現阻止だ。
予想される主な敵性体は、ヴリエーミア、クリスティン、護衛の剣士の3名。上空からの奇襲後、速やかにクリスティン及び護衛の無力化を図り、ヴリエーミアを人質に取る事を優先する」
敵はあくまでもヴリエーミアであり、他は障害物に過ぎないのだ。
「想定される懸念事項は、彼女達と行動を共にしている人質になりうる少女と、ヴリエーミアを密かに護っていると予想される謎の精霊だ。
なお、敵情を事前に探ったところ、ヘルメスの気配はなく、奴との交戦可能性は極めて低い。だからこれは考慮しないものとする。以上、何か質問は?」
俺は皆に質問を呼びかける。事前に潰せる懸念事項はさっさと解決するに限るからな。
「ええと御主人様。私がその剣士を無力化して御主人様がクリスティンさんを無力化する。ミーアさんが速やかに人質となりうる少女を助け、ウィンディさんが登場が予想される敵の精霊に対処。
最後に私と御主人様とで魔女を攻略するという手筈で問題ないでしょうか」
「ああ、手順はそのとおりだ、サキ。なお、作戦の要諦は魔女の無力化だ。これを最優先で行く」
「はい」
《───じゃあ、そろそろ射出カウントダウン行くわよ、アルベルト。10…9…8…》
淡々としたフェリシアの声が、音声装置の向こう側から聞こえてくる。
《───3、2、1……炎魔法、”爆裂圧縮炎”。連続発動》
直後、俺達が乗る弾殻の足元から、物凄い轟音が響いてくる。
フェリシアが遅延効果を施した圧縮された炎を次々と薬莢部分に注ぎ込んでいるのだ。
キンキンキンキンキン………
「───サキ殿の冷気魔法によって壁面部分の外殻温度は安定。メアリー殿の土魔法及びリーゼ殿の闇魔法コーティングも問題なしデス。
御主人、フェリシア殿の炎魔法による殻内圧縮が規定値を超えたデスよ!」
「よし! パンジャンドラム号、噴進部開放! 敵位置に向けて射出ッ!!」
「了解デスッ!!」
ガコン。………ドゴォォォォォォッッ!!
「ウォォォォォッ!」「キャァァァァッ!」「ギャァァァァッ! やっぱり乗るんじゃなかったのじゃァァァァッ!!」「噴進開始デス……1、2、3………予定高度到着まであと8……」
身体が押し潰されるんじゃないかと思えるような強烈なGが、一気に身体にのしかかる。
アポロ計画の高性能なロケットなんかとは違い、こちらは即席のロケットを無理やり魔法の力で纏めただけのいわば巨大なハリボテだ。
考えただけでその無謀さに呆れかえるばかりだったが、そのリスクを取った甲斐はあり、俺達は無事、高速度で空へと飛び立つことができた。
どんどんと空へと登っていくロケット。
上がる高度と反比例して徐々にロケットの速度は落ちていき、ついには身体へとかかる負荷が消え、ジェットコースターの坂を落ちる寸前のようなふわりとした浮遊感を感じる。
「御主人! 規定高度に到着したデスッ! 敵地への侵入角は、予想のコンマゼロゼロイチパーセント以内!」
「良くやった、ミーアッ!! 作戦が終わったらなんか欲しいもん買ってやるからな!」
「本当!? やったデス!」
「「え〜! 私 (ワシ)も何か欲しいです(のじゃ)!」」
綺麗にハモるサキとウィンディ。
「ここからが本番だ! 気合入れて行くぜ!!」
「「「おーッ!!」」」
空から舞い降りる猛禽類の如き奇襲にて、決戦の舞台の幕は上がったのだった。




