悪魔の力
全身から黒く禍々しい魔力を迸らせているヘルメス。
人間を捨てた化物が、俺達へと牙を剥いてきた。
「……能書きはもう良いか? それでは───行くぞ」
俺の目前でヘルメスの姿がかき消える。
「──右かッ!」
俺は咄嗟に右側に剣を全力で叩きつけた。
ガキンッ!!
瞬間。黒い鋼鉄の旋風が、俺へと襲いかかってきた。
”悪魔”と融合したヘルメスは、以前とは比べ物にならない速度と膂力でもって俺を圧倒してくる。
「グッ!」
俺は辛うじてその鋭い鍵爪の一撃を剣で受け流した。
手が痺れるほどに、その斬撃は鋭く、重い。
「よくぞ受けたッ! やはり、そうでなくてはなぁッ!」
ヘルメスは喜悦の表情を浮かべながらも、その攻撃の手を全く緩めない。
二撃目、三撃目と力任せの鍵爪の攻撃を繰り出してくる。
「調子に乗るんじゃ……ねぇぞッ!」
俺はヘルメスの攻撃をかいくぐり、必殺の一撃を与える。
「”絶牙──断衝”ッッ!!」
「ヌゥッ!」
敵の鍵爪攻撃の合間から、カウンター気味に放った俺の必殺剣は、見事にヘルメスの太い頸を両断した。
「よし! やっ───」
た、と言い切る前に、切り飛ばした頭と胴体の合間に、いつの間にか黒い糸のような触手が絡みつき、あっという間に再生を果たすヘルメス。
完全に悪魔と一体になっているな……。
俺はひきつる様な苦笑いを浮かべざるを得なかった。
「俺の頸を斬るとは流石だな、悪役貴族。俺もギアを1段上げていこう」
先程とは一転し、静かに構えをとるヘルメス。
「……ふんッ!」
ヘルメスの身体中に走る緑の線から、細い糸状の触手が伸び上がり、一斉にこちらへと殺到してくる。
「チッ!」
俺は回避と斬撃を繰り返しながら、ひたすら緑の触手から逃げ続ける。
触手はひたすら直線的に伸びており、俺が避けた地面や樹木へと容赦なく突き刺さり、その地面や木を腐らせていく。
「その触手、”権能”かッ!」
「フハハ、そうだ! この触手こそ、我が悪魔の権能たる”腐敗”よ!」
悪魔にはそれぞれ固有の権能があり、レライエが持つ権能は、あらゆる生命を腐らせる毒───”腐敗”だった。
「ウィンディ! ミーア! 絶対にこいつには近づくなよッ!!」
俺は二人に警告を発しつつも、ひたすら触手を回避する。
「”風刃”ッ!」「”爆烈風”じゃッ!」
時折、俺とウィンディは魔法で反撃を行うのだが───
「まるで遅いッ!」
しかし遠距離の魔法攻撃では超高機動を誇るレライエ相手だと簡単に避けられてしまった。
「ならば、”爆導筒”デースッ!」
ミーアが必殺の兵器をヘルメスへと射出する。
全周を覆う爆導筒に逃げ場はない。
元中ボスが放つ必殺の一撃だ。流石にヘルメスと言えども機能停止くらいには────
「フハハハハハッ!! どうした!? この程度でもう終しまいなのかッ!?」
煙の中から現れたヘルメスは、爆導筒が直撃したたにもかかわらず、ほとんど無傷だった。
爆導筒の破壊速度よりもヘルメスの超回復能力の方が上回っていたようだ。
「次はこちらの番……だなッ!」
再び強烈な速度で俺へと直線的に突っ込んでくるヘルメス。
今度は鍵爪と触手、魔法攻撃を併用し、重層的な攻撃が俺に襲いかかってくる。
「まともにやれるかよッ!」
俺はその場から跳び退き、攻撃をいなしながら、様々な策を考え続ける。
「ご、ご主人! え、援護したいのデスが、敵が速すぎて索敵ターレットに収まらないのデス!」
「時々、悪魔を取り込んだ人間を見たことがあるのじゃが、こやつはまさに別格じゃのうッ!」
俺を援護すべく、ウィンディとミーアが遠距離で魔法や銃器による攻撃を放っているが、ヘルメスのあまりの超スピードに枠を捉えられないでいた。
速度、攻撃力、回復力……どれをとっても一級品の化物だな、こいつは。
戦略魔法でもないとまともにダメージも通りそうにないが、その詠唱を唱える時間が稼げそうもない。
「ならば!」
俺はあえて自分からヘルメスに接敵した。
「ククク! 自分から死地へと飛び込むかッ!」
俺は風の魔法を全身に張り巡らし、敵の気配を感じた都度、剣や魔法の障壁でそれを打払っていった。
鍵爪、触手、魔法……数多くの攻撃手段でヘルメスが俺を亡き者にしようと全力攻撃を仕掛けてくる。
どれか一つでもクリーンヒットしたら、生身の俺では一巻のお終いだろう。
「───策があるため俺のもとに突っ込んで来たのかと思えば防戦一方とは……貴様には失望したぞ、”悪役貴族”ッ!」
露骨に舌打ちしつつも全く攻撃の手を緩めようとはしないヘルメス。
あまりの乱撃に俺は防戦一方の有様だ。
「こっちはお前ほど人間を捨てていないんでな。……策を張り巡らせるためには、少しばかり時間がかかるんだよ!」
「何? ……むっ、これは!?」
周囲の異常を感じ取ったのか、慌てて俺から距離をとろうとするヘルメス。
「遅えよッ! 今だ、ミィィィアッ!!」
俺は全力の風魔法をヘルメスに叩きつけ、一瞬だけヘルメスの動きを拘束する。
「了解なのデスッ!! ”拘束術式”レベルマァァックスッ!」
ミーアの全魔力のこもった拘束魔法を撃ち込まれるヘルメス。
「グッ! これはッ!?」
古代魔法帝国謹製の拘束魔法は、発動に時間がかかるものの、ちょっとやそっとでは外れない強制力を持っていた。
さしものヘルメスでもそう簡単には脱出できまい!
「ここだ! ぶっ放せ、ウィンディッッ!!」
俺は風魔法の機動力を使って全力でヘルメスから遠ざかる。
「次はワシの番なのじゃッ! ……”眷属召喚・一斉射撃”ッッ!!」
「「「了解ィィィッッ!!!」」」
いつの間にかヘルメスの周囲には、見渡す限り隙間なく、数多の風の精霊達が陣取っており、その囲みの中央にいるヘルメス目がけて、全力の魔法射撃を行っていた。
「ウォォォォォッッ!!」
ウィンディがその王権で呼べるだけ呼んだ風の精霊達による魔法攻撃。
さしものヘルメスもこれならば───
「ふふ、フハハハハハッ! 流石だ、悪役貴族! 然しもの俺も、これには肝を冷やしたぞ!」
あれだけの攻撃を喰らっておきながら、ヘルメスは今だ健在であった。
「……これは不味いデスね」「いくらなんでも無茶苦茶じゃろうが……」
俺も二人と同意見だ。
更に厄介なのが、これだけ派手にやらかしたため、遅かれ早かれ誰かがこの騒ぎに気づき、ここへと来てしまうことだろう。
これまでの経験から、こいつがそれら力を持たないギャラリーに配慮する可能性は、限りなくゼロだ。
「待たせたな。では、殺し合いの続きをしようか」
回復しきったヘルメスは姿勢を低く構え、こちらへとさらなる攻撃をしかけようとして───
「がハッッ!!」
突然、口から大きく吐血した。
「!?」
いきなり苦しみだすヘルメス。俺達はことの成り行きに呆然としてしまう。
「ぐ……タイムリミットか……勝負は預けるぞ、”悪役貴族”ッ!」
黒く大きな翼をはためかせ、空の彼方へと飛び去っていくヘルメス。
「助かった……のか?」
どうやら悪魔との融合には時間制限があったみたいだな。
とりあえず急場を凌ぐことができ、俺達はホッと息をついた。




