ヘルメス再戦
「ヘルメス……」
大柄な体躯に黒色の共和国軍の軍装を纏い、不敵に笑うヘルメス。
俺が斬り飛ばしたはずの右腕は、義手なのか魔法による回復なのかは分からなかったが、外側からは完全に回復しているように見えた。
「お前と楽しい殺し合いをしてからどれくらい月日が経ったかな……。長かったような短かったような……。まぁ、今となってはどうでもよい事か」
俺はいっさいの油断なく、ヘルメスと対峙する。
かつてこの国の宰相と王女の拉致未遂を実行した男は、なぜか悠然と俺の目の前で仁王立ちしているのだった。
「……解せねぇな。あんたはこの国で大罪を犯した悪党だ。それなのになんで平然とここにいるんだよ!」
俺の疑問を受けてヘルメスは淡々と答える。
「俺は騎士だ。騎士は国家の命で動くのみ。此度俺がここにいるのも、国家の命令があるからだ」
「そんな事を聞いているんじゃねぇよッ! 何人も罪無き人々を殺しておいて、どうしてお前はのうのうとここにいるんだよッ!」
それは純粋な怒りだった。
こいつとこいつの部下のせいで、一体何人の無辜の市民が犠牲になったことだろうか。
こいつはそれだけの事をやらかしておきながら、何も反省する素振りを見せないのが本当に頭にきた。
「ふん。戦争に犠牲は付き物だ。それが嫌ならばさっさとフレイン王国は我が共和国の一部になればいい。
……ああ、俺が罪に問われなかったかと聞いてきたな。責任は取らされたよ。おかげで隊長職は解任だ。まぁ、貴様がやった艦隊壊滅の余波で大した罪にもならなかったがな」
俺はそこでギクリと苦虫をかみ潰したような気持ちになる。
自衛のためとはいえ、エクスバーツ共和国の艦隊を壊滅に追いやったのは俺だ。
直接顔を合わせなかったとはいえ、多くの見知らぬ将兵を死に追いやった事実はあまり良い気分ではない。
「自衛のためだった。殺人狂のお前とは違う。
……ヘルメス。お前、上からの交戦の許可がないんだろ。だったら今は引け。今はお前を相手にするほど俺は暇じゃない」
俺はそうヘルメスに告げた。
その瞬間、嗤っているにもかかわらず、ヘルメスの殺気が膨らむ。
「馬鹿な事を言うな”悪役貴族”。お前に戦う理由がなくとも、こちらにはお前と殺し合う理由が腐るほどあるんだよ」
「……何?」
ヘルメスは右手をゆっくりと空へ掲げながら俺に告げる。
「忘れるな。俺にとってお前は大勢の部下を殺した怨敵だという事を。俺の部下だけではない。共和国の海軍の連中も大勢殺したな。
それだけの事をしでかしておいて、何を他人事のように『自衛』の一言でお前は済ますのか?」
「それは────」
「ふざけるな。貴様はすでに状況の一部なんだよ。他人事のように呆けている暇など……お前にはないッ! ”黒の死番”ッ!!」
再びヘルメスが黒い何かをこちらへと撃ち込んでくる。
「くっ!」
ガキィィィィンッ!
俺は隠し持っていた、ミーア謹製の携帯用魔法剣でその黒い何かを弾き飛ばす。
「そうだ! それでいい!」
その黒い触手は、かつて俺が斬り飛ばした右手からうねうねと伸びていた。
「貴様には俺と戦う責任がある! 魔女の策略など、知ったことかッ!」
黒い触手を複数伸ばし、波状攻撃を仕掛けてくるヘルメス。
「チッ! ……来いッ! ウィンディッ!! ミーアッ!!」
「「ガッテンなのじゃ(デス)ッ!!」」
俺がウィンディとミーアに呼びかけた瞬間、俺の目の前の大気が振動し、突然現れる子供2人。
そして2人は協力してその黒い触手を無力化していく。
「大丈夫デスか、ご主人?」
「お主、呼ぶのが遅いぞい! ……あと、なんじゃあいつのあの右腕は。得体の知れぬもんがついておるぞい」
急に現れたウィンディとミーアを警戒してか、ヘルメスは後ろに跳び俺達から距離をとった。
「3対1か。このままでは分が悪いな」
「あの時とは状況が違う! お前に負ける要素なんて今の俺にはないぞ!」
多少新しい攻撃手段を持ってこようが、ウィンディとミーアの助力がある今の俺に、ヘルメス単体で勝つのは無理だろう。
「ふん。ならば俺も本気を出そうか───」
黒の触手を回収した右腕を自分の胸にあて、目を閉じるヘルメス。
「注意せよ、お前様! 何か来るぞい!」
ウィンディが俺に注意を呼びかける。
「我が右腕に眠る大悪魔”レライエ”よ。我が魂との命約に従い、その力をこの場に顕現せよ!」
瞬間。ヘルメスから以前とは比べ物にならない魔力が吹き出す。
ヘルメスの右腕から伸びた黒い何かが、ヘルメスの身体を一瞬で包んでいく。
「”悪魔”ッ!? そんなバカな!」
悪魔。
”Fortune Star”の世界では、それは女神達の結界が防いでいる主な相手であり、この世界の外側からこの世界の中に干渉をしてこようとする悪意ある力持つものの総称であった。
そして大悪魔”レライエ”。
確認されている72柱の悪魔の1体であり、俺にとっては運命の悪魔だった。
ヘルメスから吹き荒れていた魔力は徐々に弱まり、そのかわりにヘルメス自体へと収束していく。
徐々に黒い繭のようだったその魔力は、ヘルメスの鎧のように収束し、ヘルメスの姿を一変させていた。
繭から現れたヘルメスは、すでに以前のヘルメスの面影はなく、その膨張された背格好はすでに化物の領域へと踏み込んでいた。
陰気な黒い翼を持ち、ところどころプロテクターのようなでっぱりのある異形の怪物。
ヘルメスの黒い身体の表面を彩る暗緑色の複雑な紋様が、悪魔らしさをより強調しているのだった。
「ふ〜。この力、よく馴染むな。……俺と相性が良いようだ」
「ヘルメス……お前、人間を捨てていたのか……」
ヘルメスの姿は完全に悪魔と溶け合っており、すでに不可逆な融合となっていた。
「これはお前と戦うために必要な力だ。俺に後悔なんぞ、ない」
「悪魔との契約の代償は、契約者の命ッ! お前、その力で例え俺に勝てたとしても、結局すぐに死んでしまうんだぞッ!?」
俺の叫びに対して、ヘルメスは鼻で嗤う。
「それがどうした。貴様に勝てる手段があったのなら、それを使うに決まっているだろうが」
「ヘルメス……お前は狂っているよ」
本来の”Fortune Star”では、この悪魔”レライエ”は、騙された俺に与えられたモノだった。
そしてその悪魔の力を制御できずに散々暴れた後、主人公パーティーに敗れるのがゲーム本来の展開だった。
なお余談だが、ゲームシナリオによっては、そのまま死んで終わるパターンと、女神の力でその力が浄化されて人間に戻れ、改めて国外追放されたりするのが、俺の破滅ルートの違いであった。
「……能書きはもう良いか? それでは───行くぞ」
瞬間、ヘルメスの姿はかき消えた。




