失われた死亡フラグ
ある日の昼休み。
季節は闇陽月(11月)へと変わり、空は雲一つない中天の快晴にもかかわらず、肌寒さを実感するようになっていた。
「ご主人様、ご主人様! 早く支度をしませんと、お昼休みが終わっちゃいますよ!」
サキが屋上で寝っ転がっている俺を揺すり、授業へ出るよう促してくる。
悪役たる者、授業の一つや二つすっぽかしても問題なかろうとは思うのだが、以前一度すっぽかしを実行してみたら、クラスの友人であるクリスやエドワードから物凄いちょっかいを出された事があった。
クリスに至っては、授業に出るよう四六時中監視する旨宣言してきたため、再び授業をボイコットする気にはあまりならなかった。
(とはいえ、気が抜けてしまって授業どころじゃないんだけどな)
ここまでの俺の道のりは、ある意味で死亡フラグと共にあったのだ。
それが急に、ゲームの展開が起こらない、すなわち未来が俺が知っているものと完全に別物になった事をウィンディから聞かされたとき、俺は俺自身の道しるべを失ってしまった。
全ては死亡フラグ回避のため。
それだけを心の拠り所にして、俺はこれまでの人生全てを捧げてきたのだ。
それが実はなんという事もない俺の妄想だったとは。
「……ああ、そうだなサキ。じゃあ俺は授業に出るからさ」
俺は覇気もなくサキに答えた。
─────
そしてそれから数日後。学園祭からは一週間程度過ぎた頃。
ついにソイツは現れた。
「生徒の皆さん。本日エクスバーツ共和国との交換留学制度によって、新しい講師をお招きする事ができました。
……ヴリエーミア女史です!」
おおぉぉぉぉぉッ!と、野太い野郎共の声が、全学生集会に集まっていた男子生徒達から湧き上がる。
「皆さん、若いですわねぇ〜。短い期間だけれどもこれからヨロシクですわぁ〜」
壇上にはゲームでは何度も見た、”白き魔女”の姿があった。
ゲームの宿敵が目の前に現れたにもかかわらず、予想と異なり俺の闘志は全然湧いてこない。
今なら、なぜ女神の予言がラ・ゼルカの聖女になかったのかが分かる。
ヴリエーミアは女神の下僕で強力な魔術師とはいえ、人間の範疇を逸脱するような存在ではない。
彼女は結局のところただの人間なのだ。
だから例え世界を揺るがせるような実力があったとしても、世界法則そのものを書き換えられるような存在ではないため、女神らは抑止力として自ら動かないのだろう。
「ヴリエーミア、クリスティン……。ゲームでは学校に直接乗り込んでくるって展開はなかったが。
……多少展開が変わっても、こいつ等やエクスバーツ共和国がフレイン王国に何かを仕掛けてくるのは確実か」
白き魔女の目的は、時の女神の降臨。
これは間違いないのだろうが、女神の結界が現存する限りにおいてそれは難しいだろう。
すると奴らにとっての次善の策は何か。
ゲームでは、時の女神はその精神の一部をウィンディみたいにこちらの世界へと事前に送り込んでいたな。
シルエットだけの姿でよく敵側視点に現れていたっけ。
おそらくゲームと同じく、今もヴリエーミアのアジトの奥に鎮座しているんだろう。
うーん、そう考えるとヴリエーミアの目的は、結界の隙間から入れる程度の女神の肉体の一部でも降臨させようって肚か?
でも脅威度的にそれだと大した事がないような気もするし。
ゲーム展開以外のルートを予想をするのは、かなり面倒だな。
─────
ヴリエーミアがうちの学園に着任してすでに数日が過ぎ去った。
流石にそろそろ何かを仕掛けてくるのではないかと身構えていたのだが、予想に反して白き魔女からは何もこちらへとちょっかいをかけてこなかった。
「今日も何もなかったな」
「あはは〜そうだね。……兄さんを連れ去った人が学校に乗り込んできたから、私は直接彼女を糾弾しに行ったんだけど、兄さんは自発的にあの女の人の弟子になったって言うし、兄さんにもあれから会えてないし───」
以下、クリスの愚痴が延々と続く。
しかしクリスはすげぇな。ラスボス相手に臆面もなく突撃していくのかよ。
俺はそんなクリスを眩しく思いつつ、クリスが住む女子寮の前で別れた。
「──しかし世界の破滅も俺の破滅も訪れない、それなら俺は一体何を目的に生きるべきなのかな」
そもそも俺は、俺の死亡フラグがあった前提で、数々の強敵達と戦ってきたのだ。
そこでいきなり外された梯子。こちらへと仕掛けてこないヴリエーミア達。
ひょっとして俺はもうただのモブに戻って、戦わなくてもいいんじゃないのか?
俺がそんな楽観的な将来予測をしていた時、ソレは起こった。
「───”黒の参番”」
俺は咄嗟に地面を横に転がる。
ズシャッッッ!!
すると俺がこれまで立っていた地面が、黒い何かによって酷く抉られていた。
「チッ! またラ・ゼルカの聖騎士か? それともクリスティンの奇襲か?
この寮への帰り道はさしずめ奇襲街道ってとこかな!」
俺は油断なく姿勢を低く構え、襲撃者の再攻に備える。
「……ふむ。魔女より再戦の許可は受けてはいなかったのだが、あまりにも貴様が呆けているようだったからな。
試しに殺してみようかと思ったが、流石にこの程度の奇襲は躱すか」
奇襲者は特に隠れるつもりもなかったらしい。
尊大な物言いに冷徹な眼差し。
鋼を思わせるその黒衣の姿は、忘れたくても忘れられないものだった。
「テメェは……ヘルメスッ!」
「ふっ……久しいな、”悪役貴族”」
凶悪な人相でニヤリと笑う男。
かつての死闘を演じた宿敵。エクスバーツ共和国第五〇一機動強襲騎士中隊の隊長。
”黒鉄”の異名を持つ戦闘狂、ヘルメス・ド・リシュリューが俺の前に立ち塞がっていた。
毎回綱渡りのようなネタ出し状態です。




