学園祭⑤
「───そこにいる者は誰かッ! 姿を現せッ!」
スポットライトを当てられた俺は、舞台袖に向かって剣を突きつけ、誰何の声を上げる。
「…………」
舞台袖より無言で登場する何者か。
外套をすっぽりと着込み、片手には儀礼的な装飾が施された剣を握っている。
そいつは俯きながらも、強い蒼の眼差しを藍色の髪の隙間から光らせながら、こちらを凝視していた。
「…………ッ」
儀礼的な剣を片手に、無言でこちらへと突っ込んでくるそいつ。
「名乗りもなく、私へと剣を向けるのかッ!」
キーンッ!!
甲高い鉄と鉄が撃ち合う音が、舞台に響く。
「「「おぉぉぉぉぉぉっ!」」」
派手に撃ち合う俺達の動きは、舞うように華やかだ。
そこかしこで観客達が感心の声を挙げている。
「……アルくん、次はどうしよ」
外套を着込んだ藍色の髪をした何者か───まぁ、ぶっちゃけクリスなわけだが───が、俺と剣を打ち合いながら小声で囁く。
「……一回大きいのをぶつけろ。んで、その後蜻蛉を切って俺の横殴りの剣を避けるんだ」
遠目には華麗に打ち合っているように見えるが、実態は約束稽古みたいなものだった。
俺とクリスは派手な動きで交錯し、舞台を彩る。
そして規定の時間が過ぎた事を舞台袖に待機しているタイムキーパーから知らされると、俺とクリスは剣をわざとぶつけて、クリスはその衝撃で剣を手放した形にして舞台袖へと引っ込んでいくのであった。
─────
「昨日の舞台も大盛況だったね!」
2日目の公演は、初日の噂を聞きつけたギャラリーを加え、通路に立ち見も出るほどに大盛況であった。
本日は学園祭3日目。
いよいよ最終日だ。
「……ゲームと同じならば、今日こそエリカ姫が拉致される日なんだよな」
俺はエリカ姫を心配するが、まさか『今日、あなたは再び拉致されるかもしれません』なんて本人に言えるわけもなく(逆に俺が疑われる)、俺に出来る事といえば精々がウィンディとミーアを姫様の周辺に張り付けて、監視を強める事だけだった。
「……アル君、今日はどうするの?」
隣を歩いていたクリスが俺を現実へと引き戻す。
「ん、ああ悪いクリス。今日の予定……そうだな。とりあえずリーゼのクラスにでも行ってみるか」
「あ、確か野外演奏会か何かをやるんだったよね。演奏会ってどんな感じなのかな? 私、そういった催しに参加するの初めてだからドキドキしちゃうなぁ〜」
野外演奏……多分、管弦楽団よろしく、ヴァイオリンやらフルートやらを用いたクラシックな感じの演奏会なんだろうな。
俺は頭の中で、なぜかラフマニノフの曲をリピート演奏させつつ、会場へと足を運ぶのだった。
─────
「…………」
「…………」
リーゼのクラスが陣取っているコンサート会場へと到着した俺達を待ち受けていたものは、若者達の熱い絶叫だった。
「WOOOOOOOOッッ!!!」
魔法で音量が拡大された楽器は、エレキギターのような音をド迫力にがなりたて、会場全体のボルテージを否が応でも高めていく。
「DESTROOOOOOOOOYッッ!!!!」
ステージから飛び出した何かよくわからないパフォーマンスからの、無言で歯を食いしばりながら頭をぐるぐると回転させている観客の謎パフォーマンス。……え、何なのコレ? 宗教?
「……ね、ねぇアルくん。都会のコンサートって……こ、こんな感じなんだね」
ドン引きしながらもなんとか目の前の現実を理解しようと試みるクリス。
音の圧と、一糸乱れぬ観客のパフォーマンスに圧倒されてしまったクリスは、かなりのカルチャーショックを受けてしまったようだ。
「ブタ共ッ!! 今日はよく来てくれたのですよッッ!!」
ステージ上から、俺とクリスにもよく馴染みのあるキンキン声が聞こえてきた。
派手な化粧で気づかなかったが、あれリーゼやん。
「てめえらの○○は✕✕だが、私は────」
普段の品行方正なリーゼからは想像もつかないようなスラングが、ポンポンと彼女の口から軽快に飛び出している。
しかし客の連中は『死ね』とか『クズ』とか言われてなんでボルテージ上げてんの?
「……クリス、とりあえず劇の準備に戻るか」
「……うん、そうだね」
俺とクリスは、リーゼに気づかれないようそっと会場を後にした。
後日その事をリーゼに話したら「なんで初日か2日目に来てくれなかったのですか!」と真っ赤な顔で怒られた。
どうやら3日目だけ、周りに煽てられてステージの中央に引っ張り上げられて謎のパフォーマンスをしていたらしいのだが、初日と2日目は普通にクラシックの演奏をしていたとのこと。
俺はいつもと違うリーゼが見れて良かったと率直に話したら、なぜか顔を真っ赤にしてぽかぽかとこちらを叩いてきた。
解せぬ。
─────
最終日最後の舞台。
劇はすでに終盤へとさしかかっていた。
「ああ、フランチェスカ! 僕と君は決して結ばれない運命なのか!」
「ブルーノ! ああ、ブルーノ! それでも私はあなたと添い遂げたいの!」
2人の台詞を最後に照明は消えて次のシーンへ。
俺とクリスは舞台袖へとダッシュで移動する。
「じゃあ、アルくん。私は次の衣装に着替えてくるからね」
「おう。最終日だから気合入れて剣劇やろうぜ」
「あはは、そうだね!」
次にクリスが出てくるのは剣劇のシーンだ。
俺は片手でクリスに挨拶すると、再び照明のついた舞台へと駆け出した。
─────
(はぁ……。もうちょっとで劇が終わっちゃうなぁ……)
舞台袖に設置された着換え室で服を着替えながら、クリスは嘆息する。
クリスは内心で劇の終わりを残念がっていた。
だが、今回の劇で、恋人役に無理やり指名したアルベルトとは、かなり心の距離が近づいたような気がする。
(よ、よし! ぜ、絶対に今日の劇のラストで……アルくんに、き、キスをしちゃうんだからねッ!!)
クリスの密かな野望。それはあまりにも鈍いアルベルトに、クリスの気持ちを気づいてもらう事だった。
(私はもう自分の気持ちを誤魔化せないよ。……私は、アルくんが…………好き)
学園で初めてできた友達。
いつも兄の影を追っていた自分に、初めて”自分”というものを持たせてくれた恩人。
彼はいつも誰かのために一生懸命なのだ。
ライバルはたくさんいるけれども、彼女達もそんな真っ直ぐなアルベルトが好きなのだろう。
(よし! まずは私も彼女達と同じステージに立たないとね!)
両手を握りしめて気合を入れてガッツポーズをするクリス。すると突然、後ろから拍手と共に声がかけられた。
「───あはは。いつの間にかそんな表情もするようになったんだね、ベル。俺はとても嬉しいよ」
聞き覚えのある声、そして呼び方。
クリスは慌てて後ろを振り返る。
「えっ!? その声───」
クリスは台詞を言い切る前に、ふっと意識を失うのだった。
─────
(さぁ、いよいよ最後の剣劇だな)
俺とクリスの剣劇もこれで3回目。練習から数えると一体何度目なのか分からない。
舞台袖で準備が整っているクリスが、いつもよりもリラックスした感じで剣をぶら下げている。
(お、今日のクリスは緊張していない感じだな)
いつもは割と緊張がこちらにまで伝わってくるほどなのだが、今日のクリスは口許に笑みを浮かべ余裕がありそうだった。
「───そこにいる者は誰かッ! 姿を現せッ!」
いつもと同じように、舞台袖へと剣を突きつける俺。
「…………」
舞台袖より無言で登場するクリス。
外套をすっぽりと着込み、片手には儀礼的な装飾が施された剣を握っている。
クリスは俯きながらも、強い蒼の眼差しを藍色の髪の隙間から光らせながら、ニヤリと笑みを浮かべていた。
「…………ッ」
儀礼的な剣を片手に、無言でこちらへと突っ込んでくるクリス。
「名乗りもなく、私へと剣を向けるのかッ!」
俺が前口上を述べてクリスの剣を受ける。
ガキーンッ!!
「!?」
常よりも甲高い鉄と鉄が撃ち合う音が、舞台に響く。
幾合にも渡り激しく交わる剣と剣。
「「「おぉぉぉぉぉぉっ!」」」
観客はその剣劇に瞠目するが、それは決して剣劇ではなかった。
剣戟。
そう。俺は今、クリスと手加減抜きの剣の撃ち合いを行っていた。
黒鉄が鋭い速さで交錯し、時折本気の剣を撃ち込むのだがそれも躱される。
最初の一合で違和感を。
そして二合目には確信に変わっていた。
「……実剣と異なる軌跡で剣気を撃ち込み、相手を惑わし殺す剣。虚実一体の”ウロボロス”……喪われて久しいと師匠から聞いていた幻の剣技だけれども、遣い手がまだいるとは恐れ入るね。君は本当にいつも僕を驚かせる」
クリスよりも低い声。遠目には似ていると思ったが、近くで見ると完全に別人だった。
切れ長の蒼い瞳に、藍色の髪。クリスによく似たその顔立ち。
だがその剣の腕は圧倒的にクリスを上回り、迷いなくこちらの急所を狙ってくるあたり、明らかに相当な修羅場を潜りぬけてきた事が感じられた。
「テメェがクリスの兄貴か。……クリスはどうした?」
今ここでコイツを殺したいところだが、場所が悪すぎる。
コイツもそれが分かっていて、劇の一部を装っている感じか。
「会うのは初めてだね、アルベルト。ご明察のとおり、僕はベルの兄のクリスティンだ。
妹は心配しなくても大丈夫。奥の着換え室で眠っているだけさ」
クリスが探していたクリスティン。ゲーム主人公の双子の兄。
それが突然俺の前に現れ、俺と剣を打ち合っているのだから不思議な感じだ。
「……なんでこんな真似をする? 妹を棄て、白き魔女に従っているのは、何故だ!?」
分からないことが多すぎる。ゲーム主人公の兄貴がなぜ敵のボスに従っているのか。
ゲーム展開には存在しない動きであったため、動機も含めて俺にはさっぱり検討がつかなかった。
「僕は僕の都合を優先する。君こそ妹を巻き込むな」
俺はクリスティンの勝手な言い草に激昂する。
「勝手なことを言うな! お前の選択肢は、世界を危険にさらしているんだぞ!」
俺は激しく剣をクリスティンにぶつける。
俺にはクリスティンの言い分がさっぱり分からないが、クリスティンは決して操られているわけではなく、自分の意思で魔女に従っている事だけははっきりと分かってしまった。
ガキーンッ!
気がつけば、俺の剣とクリスティンの剣は激しい剣戟についていけず、両方とも根本からポッキリと折れてしまっていた。
「潮時か。まぁ、またすぐ会うことになると思うけれども、今は引かせてもらうよ」
ぽいっと柄だけになった剣を無造作に投げ捨てると、クリスティンは光の魔法で姿を消した。
このパフォーマンスには会場中でざわめきが起こり、一時会場は騒然としていた。
「………………」
俺は無言で柄だけになった剣を握りしめ、クリスティンの消えたあたりを睨みつける。
幾度もの死線を越えてきた俺は、新たな戦乱の予兆をクリスティンの登場から感じとるのであった。
やっとこのシーンを出せました。
長かった。




