学園祭③
パンパンパン……
空に乾いた空砲が鳴り響く。いよいよ学園祭の開幕だ。
「この度、無事学園祭が開けましたことを───」
壇上では春の学園トーナメントにも来賓で参加していた、この国の第二王女であるエリカ・ソル・フレインが開会の言葉を述べていた。
彼女は本来、この学園祭のイベントにおいてエクスバーツ共和国の精鋭部隊によって拉致される予定であったが、そのイベントはすでに春に発生しており、かつその拉致を担うはずだった精鋭部隊が壊滅した今、流石に今回も王女が拉致されるとは俺には思えなかった。
(しかし前回とは比べ物にならないほどの護衛の数だな……)
王女の周囲には、物々しい数の騎士達が配置されており、全周をピリピリしながら警戒している。
前回の失態を繰り返すわけにはいかないため、騎士団も面子をかけて人を集めたのだろうか。
壇上ではそんな周囲の殺気を気にする事なく、王女が優しい笑みを浮かべながら復興から立ち直った学園へとエールを送っている。
(う〜む……やはり似てないな)
しかし学園トーナメントの際にも感じたのだが、何度見ても王女の顔は、かなりの美少女っぷりではあるものの、ゲーム時代の顔グラフィックとは似ても似つかない顔だった。
(だけどこの顔……どこかで見たことがあるようなないような)
そんな王女をぼーっと眺めていると、ふと壇上の王女がこちらを見たような気がした。
「あ! アルくん。王女様が今こっち見たんじゃないかな!?」
「いやいや、きっと拙者をみていたのでござるよ。ウシシシシ!」
いきなり俺の両隣から、クリスとエドワードのはしゃいだ声が湧き上がった。
そのミーハーな声を聞き、俺は一気に脱力してしまう。
「……多分、気のせいだろ。そんなことより俺達の劇の出番は午後からだ。それまでどうやって時間を潰すかねぇ」
学園祭は三日間で、俺達の劇は毎日午後から1時間ほどの開催だった。
なお、この学園祭は伝統的に一般開放はされておらず、学園生とその身内だけが入れるチケットを配布していた。
そのため過去には、そのチケットを狙ったダフ屋などもいたらしいが、今では魔法的な手段で身内かどうかの選別ができるようになったみたいで、完全な部外者はしっかり排除されているとの事だ。
「う〜ん、私は知り合いの模擬店を手伝う約束しちゃったから、今日はちょっと一緒に回れそうもないや。ごめんね」
「ふふふ。拙者はちょっと興味深い催しを発見したので、ちょっとそちらに行こうと思うず」
「……まぁ、俺も適当に知り合いのところに顔を出しておくわ」
こうして俺は友人二人と別れ、独りで学園祭を回る事に───
「って、ちょっと待つのじゃ! ワシは決してお前様を独りにはせんぞ!」
「ご主人! 自分を! 自分を連れて行ってほしいのデス!」
「お前ら……」
いつの間にか現れた、外見だけは子供に見えるウィンディとミーアの2人が、俺にじゃれつくようにくっついて来た。
そんな俺達を見て、周囲の学生達が生温かい眼差しを向けてくる。
「くそ、完全に俺が保護者と思われているじゃねぇか!」
「兄ちゃま〜、ワシあのパフェが食べたいのじゃ〜」
「あに兄〜、私はあのケーキを所望するデス〜」
「あ〜、分かった分かった! だからその寒気がする妹ごっこはヤメロ」
俺の妹はあいつ一人で十分だ。
「「やったのじゃ(デス)〜!!」」
完全にお子様だった。
まぁ、たまにはこいつ等のワガママに付き合ってもいいだろう。
─────
俺の奢りのスイーツを食べて、すっかりお腹が充たされたお子様2人は、偵察という名の下にその好奇心を満たすべく勝手にどこかへと行ってしまった。
「……さて。とりあえずは───」
俺はサキのお店に顔を出すことにした。
「───あ、御主人様! いらっしゃいませッ!」
サキのクラスへと足を運んだ俺に対して、サキはとびきりの笑顔で俺を出迎えてくれた。
相変わらずの美少女っぷりである。
サキのクラスは、コスプレ喫茶をやっているようだ。
俺はサキの格好をまじまじと見つめる。
ピンクを基調とした矢絣の和服に、海老茶色の袴。そして足元はすらりと細い編み上げの黒革ブーツ。
ファンタジー世界なのに大正浪漫な装いだった。
「どうですか御主人様? 私の故郷に伝わる衣装を再現してみたのですが」
ケモミミをピクリと震わせながら、計算され尽くした角度からこちらを上目遣いに見つめるサキ。
完璧だった。
「サキ……お前は実に良い仕事をしたよ」
俺の絶賛を受けたサキが、満開の華のような笑顔を俺に向けてくる。
まさにイベントCG。完璧な立ち絵姿だった。
「あの〜、サキさんの御主人さん。ちょっとお願いがあるんですけど……」
俺が完璧なサキの立ち姿に感動している時、控え目な声が横から俺にかけられた。
「ん、俺?」
俺は思わず怪訝な声をあげてしまう。そこには愛想笑いを浮かべているサキのクラスメイトの少女がいた。
なお、”サキさんの御主人さん”という呼称は、サキに配慮したこのクラス独特の俺への呼び方だった。
「実はサキさん、一応お店の接客担当なんですけど……貴方以外に対しては全く接客しようとしない有様でして……」
「あ〜、それは……」
容易に想像できる。ただ立っているだけで、客の相手を全くしようとしないサキの姿。
……まぁ、中にはそういう態度が好きだという愛好家もいるみたいだが。
「あ、でもそれは別にいいんです! 彼女がこの格好で立ってくれているだけで、お客さんは結構入ってくれていますから!」
まぁ、客寄せパンダの仕事は務まっていると言うことか。
「あ、私が言いたいのはそっちの方ではなく───」
「さぁ、御主人様! 私が用意しました特別コースの中から、好きなのを選んでくださいね!」
サキはクラスメイトを押しのけて、ぐいぐいとお手製のコース表を俺に押し付けてきた。
なお挿絵も自分で描いているみたいで、かなり上手かった。
「え〜と、コースは…………って、何コレ?」
そこには、ちょっと文書化するには躊躇してしまうような、女の子の口からはあまり発してほしくない淫猥な言葉が並んでいた。
「くひひ。今日で勝負を決めちゃおうかと、私すっごく色々と準備してきましたよ!
さささ、奥に専用のヤリ部屋も作っておきましたので、御主人様、コースを選んでさっさとシケこみましょうよ!」
ぐいぐいと女とは思えない強烈な力で、部屋の奥になぜか設置されている、ベッドしかない殺風景な部屋へと俺を押し込もうとするサキ。
何これ怖い。
「サキ、ストップ! ステイステイ!」
俺は必死に足を踏ん張るが、サキの謎パワーには負けそうになる。
「うへへ〜! な〜に、痛いのは最初だけらしいですから、天井の染みでも数えていてくださいよ!」
「痛くなるのは俺じゃねぇし、普通は立場逆だろうが! つーか、いい加減離せ! 骨が軋むわ!」
俺は何とかサキの拘束から逃れ、少し離れた所に着地した。
「……実はお願いしたいことと言うのは、あの謎な部屋の処分をお願いしようと思いまして。
……流石にあんなものが実行委員にバレたら、即刻営業停止に追い込まれそうでして」
「”烈風砕牙”」
俺は間髪入れずに、情け容赦なく真空の刃を謎の部屋へと打ち込むと、中の謎の備品共々、部屋全体がシュレッダーのように裁断されていった。
「す、凄い魔法ですね………」
奥義に属する類の、強烈な風魔法によって器用に謎の部屋だけが消え失せたため、サキのクラスの連中だけではなく、客として来ていた先生方も呆然としていたが、俺がそういった魔法スクロールを使用した旨をでっち上げて説明し、とりあえず事無きを得た。
「……くくく。本日の企みは失敗に終わってしまいましたが、まだ明日と明後日があるのです。
これから第二第三の策が御主人様を襲いますからね!」
全く懲りていないサキが、早くも次の策の準備を始めていた。
「ああ、その事なんだがサキ───」
「うふふ。私はまだまだ諦めません!そして次の策は──って、うぺっ?」
ぺしん!
悪い顔で次なる野望を語ろうとしていたサキに対して、突如巨大なハリセンがサキの後頭部を急襲していた。
「あなたいい加減にしなさいよッ!」
俺の急な呼び出しに応じてくれたのは、我らが常識人、フェリシアだった。
フェリシアはなんと、都合よくうちの学年を代表して、風紀委員長に選ばれていた。
「聞いたわよ、サキ! あなた流石に学園の行事でもやっていい事と悪い事があるでしょうがッ!」
「フェ、フェリシア! これは違うんです! たまたまここにベッドがあって、そこでお互いが急遽フォーリンラブになって───」
「せいッ!」
「グフェッ!!」
サキが謎の言い訳を言い終わる前に、フェリシアは問答無用でサキの鳩尾へと肘を叩き込む。そして白目を剥いて気絶するサキ。
えげつないが、まぁ、二人は友達だから是非もないヨネ?
「……さて。私はサキを保健室へと連れて行くけれども、あなたはどうするの、アルベルト?」
ヒョイとサキを肩に担いだフェリシアが、軽く付け足すように俺に聞く。
「俺はそろそろ、うちの劇の準備を手伝いに行くわ」
何やかややっているうちに、よい時間になっていた。
「そう。じゃあ、またね」
フェリシアは優雅に颯爽とクラスを出ていく。
……肩にサキさえ担いでなければ、普通に良い絵面なんだけどなぁ。
締まらない気持ちのまま、俺は劇が開催される体育館へと足を向けたのだった。
連載開始して1年経っても大して文章力が上がっていない気がします。
どんまい。




