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学園祭②

「ああ、ブルーノ! 僕達はどうしてこの街で生まれてしまったのだろうか……

 もし違う街で生まれていたのならば、このような葛藤をせずに済んだのに!」


「嘆くな、フランチェスカ! どのような困難があろうとも……とも……って、わりぃ、クリス。今のシーンはもう一回な」


「あはは〜、もう一回だね〜」


 俺は苦笑いを浮かべながら周囲を見渡す。


 時刻はすでに夜であり、舞台の設営はほぼ済んでおり、背後にはみんなで頑張って作ったセットが整然と並んでいる。


 学園祭は明日からスタートだ。


 すでに他の演者は練習を終えて帰ってしまったが、俺とクリスは居残って、劇のための最後の台詞合わせの真っ最中だった。


 本来、こんな遅い時間だと学校の中に留まれないのだが、今は学園祭の準備の関係で、校舎等の学園施設全般が学生に開放されていたのであった。


「じゃあ次は───」


 俺達は熱心に稽古を続ける。この劇は、『ブルーノとフランチェスカ』というタイトルの、この国では結構有名な劇の題材だった。


 内容は、あの有名なロミオとジュリエットのように一つの街で争っている2つの家で生まれた男女のラブロマンスというよくある話ではあったが、ロミジュリとは違い、女側のフランチェスカが男装して剣を振るったり、最後ハッピーエンドでキスして終わるとか、大分ご都合主義的な内容であった。


「───さ、さて、アルくん。あとは最後のシーンなんだけど……準備、い、いいかな?」


「お、おう!」


 最後のシーンは月夜の下で愛を語り合うシーンなのだが、例えお芝居だと分かっていても、結構照れるものがあった。


「───ああ、愛しのフランチェスカ。今だけはその妖精のようなたおやかな眼差しを僕だけに独占させてくれまいか?」


 俺は招き寄せるかのようにクリスに手を伸ばす。


「ええ、ブルーノ……今だけは私達を見ているのはこの優しいお月さまの光だけ。……ですから、あなたのキリリとした眼差しを、独占しているのもまた私だけ……」


 クリスはその俺の腕をとり、そっと身体を寄せてくる。


 お互いが最後の台詞を言って、後は見つめ合ったまま顔を近づけていく。


 まぁ、ここで観客からはキスをしているように見える程度まで顔の距離を近づけて劇は終わるわけなのだが、まるでクリスと2人でチキンレースをしているかのように徐々に顔が近づいてきてもお互いに止めようとしない。


 顔の距離に反比例して、ドキドキと胸の鼓動が高まっていく。


(おいおい、いいのかクリス!? このままだと……事故っちゃうぞ!?)


 お互い一歩も引かずに、あとほんの僅かで事故が起こりそうになったその時。


「はいはーい。御主人様〜、クリスさん〜、お芝居ですからおいたはそこまでですよ〜!」


 見計らったかのようなタイミングで、サキが俺とクリスの顔の間に腕を挟んできた。


「さ、サキさん……?」「い、一体いつから……?」


「ちょっと前からお二人の練習を見てましたよ! 全く、お芝居にかこつけてエッチな既成事実を狙うだなんて、クリスさんは本当にむっつりスケベさんですね!」


「ち、違うし!」


 俺の疑問には即答せず、サキはクリスを威嚇しながら俺をクリスから引き剥がした。


「御主人様にはまず最初に私の処女を奪ってもらう予定なんですから、きちんと順序ってものを弁えてもらわないと───」


「お前がセクハラを弁えろ」


 俺は調子に乗ってセクハラ発言を続けようとするサキの頭を、ぽかりと後ろから叩いた。


「あいたっ! ……って、ひょっとして今のは御主人様からの愛のムチですか!? 痛いのも気持ちいいのも御主人様からでしたら私はバッチこいですよぉ!」


「やかましい!」


 はー、本当にこいつの相手は疲れるな……。


 しかしサキといい、ウィンディといい、ミーアといい、どうして俺の周りに居着く奴って、こういった俺に迷惑をかけるタイプばかりなんだろうなぁ……。


「ん、ワシ呼ばれた?」「ご主人、自分を呼んだデスか?」


 ふっ、と空間からウィンディとミーアが現れる。


「だから突然出てくるな、お前ら。誰かに見られていたら色々と面倒だろうが」


 学生ではなく、というよりもそもそも人間でもないこいつ等の存在は、なるべく世間様には秘匿にしておきたいのだが、あまり俺の意見を聞いている風には思えなかった。


「今は知り合いしかおらんから大丈夫じゃろ。ここに姿を見せてないやつは……ほれ、そこの隅っこにおる銀髪っ子くらいじゃな」


 ウィンディがヒョイと指先を向けた大道具が積んである所の片隅に、見慣れた銀髪がチラリとたなびいているのが認められた。


「えーと、ユリアナ? 隠れていないで出てきたらどうです?」


 影がぴくりと動き、おずおずとその姿を現す。


 ちょっと申し訳なさそうに視線をキョロキョロ動かしているその挙動不審な銀髪ハーフエルフは、ゲームの悪役令嬢であるユリアナだった。


「あのアルベルトさん。私は決して出歯亀をしていたわけではないのですが、あなたのクラスでは劇をやると聞いておりまして、ちょっとどのようなものかと興味を持ったわけでして……」


 相変わらず素顔(すがお)だと弱気な感じであった。


「ん? 私をちらりと見てどうしました御主人様? ひょっとしてムラムラ来ちゃいましたか? これから一緒にベッド行きます?」


 俺はジト目をサキに向ける。


 ユリアナの健気な雰囲気がサキにちょっとでもあったなら、俺はこんなにも疲れなくて済んだのかもしれないなぁとちょっとだけ思ってしまった。


「そう言えば御主人様。情報ですが、エクスバーツにある大学との人的交流の一環で、何人かのエクスバーツの学生や教員がうちの学園に来るみたいですよ」


 急に真面目な顔になったサキが、俺に重要な情報を伝える。でもそれを先に俺に伝えとけや。


「うげっ、よりにもよってあのエクスバーツかよ……」


 俺の脳裏には、過去にやりあったあの狂戦士(ベルゼルガ)の顔が浮かび上がってしまい、思わず渋面になってしまった。


「学術関係者とかが対象ですので、流石にあの軍人さんは来ないんじゃないですか?」


「……そうだな。いくらなんでも王国だって、流石に王族を直接誘拐しかけたような男に入国の許可なんて出さないだろうしな……まぁ、心配は杞憂だろう」


 俺はそう結論づけ、とりあえず練習はお開きにした。


「いよいよ明日は学園祭本番だ。頑張ろうぜ、サキ、クリス」


「うん」「はい」


 俺はサキとクリスが二人で女子寮に向かったのを確認した後、部屋に戻るのだった。


「……さて、お前達。俺らも部屋に戻るぞ」


「何かその言い方って、ワシらを部屋に連れ込んで、何かイケナイ事をこれから行うような淫靡(いんび)なニュアンスを感じるのじゃ」


「ご主人。同年代の女性から相手にされなくて、とうとう私やウィンディさんのようにちっちゃな女の子に手を出す予定なんデスか?」


「……よしお前達の気持ちは分かった。ウィンディ、ミーア、お前らは今夜、飯抜きな」


 調子に乗ってはしゃいでいたバカ二人に、俺は無慈悲な鉄槌をおろした。


 その後涙目で必死に取り(すが)る二人が余りに鬱陶しかったため、仕方なく夕飯を食わせてやるのだった。



 ───そして翌日。運命の学園祭が始まるのだった。

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