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学園祭①

「師匠、旅の準備が整いましたよ!」


「流石にクリスは仕事が早いわねぇ〜」


 エクスバーツ共和国にあるヴリエーミアの私室に、いつもと同じ調子でクリスが入室してきた。


 アンニュイな気分で窓から外の景色を眺めていたヴリエーミアは、煙草を吹かしながら背後を振り返ってクリスの報告に相槌をうつ。


 しかし振り返って見た光景は彼女が予想していたものとは違い、部屋に入ってきたのはクリスただ一人だけだった。


「……おや? 準備ができた割には、メンツの頭数が揃っていないみたいなんだけどぉ?」


 ヴリエーミアの怪訝(けげん)な表情に対して、クリスは苦笑いを浮かべながら答える。


「あ〜、皆さんは各自勝手に目的地へと向かったみたいですよ? 多分最後発は僕達2人だけです、師匠」


 一応仲間のはずの彼らだが、その自由な行動に思わず苦笑を浮かべてしまう。


「本当に勝手な連中ばかりよねぇ〜。……まぁ、気が急くのも分からないわけではないけれども、ねぇ」


 やれやれといったポーズをとり、ヴリエーミアは恥じらうこともなくその場でネグリジェを脱ぎ、支度を始めるのであった。



 クリスは脱ぎ散らかされたヴリエーミアの衣類を淡々と拾い、後でメイドに持たせるよう洗濯かごの中へと甲斐甲斐しく入れる。


「──じゃあ師匠、僕達もそろそろ出発しますか?」


 粗方ヴリエーミアの準備が整った段階でクリスが師匠へと声をかけた。


「そうしましょうかぁ〜」


 そう言うとヴリエーミアは安楽椅子から立ち上がり、黒のローブを纏った。


 黒のローブと彼女の白銀髪とのコントラストがはっきりと映える。

 彼女のミステリアスな美人っぷりに、思わずクリスは赤面してしまう。


「……師匠。今回の作戦は軍部の頭ごしに師匠が独断で決めたものですから、軍部の連中は面白く思っていないようですね。

 ですから、いつ奴らの妨害が来るかも分かりませんので、くれぐれも注意してくださいね!」


「うふふぅ、本当にクリスは良い子で心配性よねぇ〜。ならしっかりとあなたが私を護るのよぉ〜」


 真面目に自分を心配してくるクリスに対して、ヴリエーミアは微笑みかける。


「! は、はい、師匠ッ!!」


 はしゃぐクリスを横目に、ヴリエーミアはそっとため息をつく。


 今回の作戦は、彼女(・・)からの突然の指示だった。

 彼女の指示はいつだって突然だが、傀儡(かいらい)である自分にそれを拒否する力はない。


(所詮私は()と同じマリオネット。というよりも全ての人間は彼女()のマリオネットに過ぎないのかもしれないわねぇ……)


《契約者よ。余計な事を考えずに、己が使命を全うせよ》


 ヴリエーミアの背後から、時の精霊が淡々とした声音でヴリエーミアにだけ聞こえる声で念話を飛ばしてきた。


《分かっているわぁ〜。ちょっと愚痴っただけじゃな〜い》


 ヴリエーミアは苦笑を浮べ、それをクリスが不思議そうに見てくる。


「……何でもないわぁ〜」


 ヴリエーミアは優雅に髪をかきあげて、いつもの様に妖艶に(わら)う。


「それでは向かいましょうかぁ。───ヴェルサリア魔法学園へ」


─────


 トンカン、トントン。


「ちょっと! そっちに立たれると大道具作業の邪魔だから、向こうに行ってよね!」


 ガチャ! ピーッ、ガーッ。


「おいお前! でかくて影になってんぞ! 今は音響とか照明のチェックやってるんだから、役者は向こうで練習していてくれよな!」


 ワイワイ、ガヤガヤ。


「チッ、てめえか。お前がいると俺のモチベが下がるから向こうで台本読んでてくれよ!」 


……


…………


…………………


「……前二つはともかく、最後はちょっと酷くないか?」


「あはは〜、何か巻き込んじゃってゴメンね? ただ、みんな本番が近くて気が立っているだけだと思うよ?」


「そういう事にしといてやるよ」


 俺はクリスと並んで、戦場のような廊下を歩く。


 そこら中で工作の音や怒鳴り声、楽器の練習音などが鳴り響き、騒音という名のオーケストラを奏でている。


 秋が深まる土隠月(10月)の下旬。俺達は目前に迫った学園祭の準備に大わらわだった。


 学園祭。


 まさに定番の学園イベントであるわけだが、当然恋愛シミュレーションゲームである”Fortune Star"にも実装されていた。


(……しかしまさかうちのクラスのイベントが、演劇になるとは予想外だったな)


 この定番イベントである学園祭では、現段階で一番好感度の高かったヒロインのクラスが演劇を催し、学園祭当日にハプニングで出られなくなったヒロインの相手役にゲーム主人公が成り変わって、即興でヒロインの相手役を務めるという出来事が起こるはずだったのだが───


『御主人様、御主人様! うちのクラスの出し物はメイド喫茶です! ……そして御主人様だけを対象とした特別なコースも新設してありますので、是非とも当日はうちのクラスに来てくださいね!』


『ねぇ、アルベルト。うちのクラスはお化け屋敷をするのよ! 私が監修しているから楽しみにしておきなさいよね!』


『アルベルトさん、アルベルトさん! 私のクラスは野外コンサートを行いますので是非見に来てください!』


『ウチのクラスはなんかクラスの女子全員にヒラヒラした服を着せて、握手会やら色々なイベントをやってクラス内の順番を競うとかやるみたいやん。

 ……けど、女子全員で内密のうちに当日ボイコットが決まっておるから当日はどうなるんやろねぇ?』


 サキ達ゲームヒロイン候補の四人が四人とも、フリーダムな催しに参加するのだった。


「あはは、みんなのところも楽しそうだったよねぇ〜。……ところでアルくんはもう台本読みこんだ?」


 そして極めつけにおかしいと思ったのは、俺の役柄だ。


「一応は、な。……つーか、この時期にまだ台本分かっていないのは流石に拙いし、しょっちゅうお前と練習してんじゃねーか!」


「あはは〜、それもそうだね!」


 まさかクラス投票で満場一致で劇のヒロイン役に決まったクリスの直接指名で、俺がこいつの相手役をやらされる羽目になるとは夢にも思ってなかったぞ。


 これはゲームだと誰の立ち位置になるのだろうか?


 俺はこっそりとため息をつくのであった。


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