夕陽に染まる君の眼差しは逢瀬の残滓をそこに留める
「うっわぁぁ〜、かっわいぃ〜なぁぁ〜」
屋外で十分に動物達と戯れたあと、俺とクリスは本日の最終目的地である園内の喫茶店へと入った。
冒頭のクリスの科白は、その店へ入った際に飛び出したものだ。
店内ではキャビット(猫とうさぎの特徴を混ぜたような、この世界でもポピュラーな愛玩用の動物。とってもあざとく可愛い)どもが柵の中で放し飼いにされており、そのぴょんぴょん跳ねたりする姿を目撃したクリスは、早くも可愛いだけの何かに成り下がっていた。
柵内にクリスが入ると、トテトテとした足どりでキャビットどもがクリスに駆け寄ってくる。
「うわぁぁ〜……ち、近づいてきたよぉぉ〜」
しゃがみこんでそのキャビットに視線を合わせるクリス。
野生を忘れたケモノは、人間を怖がることもなくすり寄っていた。
「にゃあぁぁ〜ん、にゃあぁぁ〜ん」
クリスがそのもふもふを一生懸命に触っている。
それに合わせてクリスの身体もゆらゆらと揺れているのが少し目の毒ではあったが、周りの客は女ばかりであったためそんなに目立つことはなかった。
……というよりも、店内の男性客は俺だけじゃねーか。なんというアウェイ感よ。
「──つーわけで、最近の学園生活はどうだ、クリス? リーゼやメアリーなんかとは前よりも仲良くはなったか?」
俺はコーヒーやデザート等の注文を済ませると、早速本題とも言うべき、クリスから見た各キャラの好感度調査を始めた。
ゲーム時代のイベントでは、クリスがここの喫茶店にて、隠していた自分の心情をぽろぽろ零し、それをゲームの攻略対象であるヒロイン達が知ることによって好感度が上がるというイベントであった。
確かにこれだけ気もそぞろならば、クリスはぽろりと本音を漏らしてしまう事だろうさ。
「あは、くすぐったいよぉ〜……って、ぇ? リーゼちゃんとメアリーさん? ……んもぉ〜、アルくん! どうしてこんな時に彼女達の話題が出てくるのさ!」
頬を膨らませて何かをアピールしてくるクリス。
あれ? なんかちょっとクリスの機嫌が悪くなっていないか?
「……いや、今学期からクリスは以前の男子生徒としてではなく、本来の性別である女子生徒として学園に通っているだろ? だから他の女子生徒とは上手くやれているのかなぁ〜、と少し心配になってだな……」
俺はあわあわと言い訳を並べた。
あれ? やっぱり違和感が。どうして俺が質問の意図を誤魔化さねばならない羽目になってんの?
「……ふ〜ん、まぁそれならいいけどね」
クリスは心持ち姿勢を正し、こちらに正対する。
「──そうだね。お陰様で学園生活は順風満帆だけど、私が女性だって分かったからか男の人達から手のひらを返したかのようにお誘いが増えちゃって鬱陶しい限りだよ、本当に。
あとリーゼちゃんやメアリーさんだけではなく、今ではサキさんやフェリシアさんとも友達として仲良くさせてもらっているよ!」
「そ、そうか。そいつはなによりだ、うん」
俺は今のクリスの言葉を頭の中で反芻する。
(今のところ誰かのルートに入っている兆しはない、と。今日のところはそれくらいしか収穫はなさそうだなぁ)
肩透かし気味ではあったが、とりあえず本日のミッションは達成された。
あとはまぁ、クリスが飽きるまでキャビットどもと戯れさせておけばいいかなぁと思い、暇を持て余した俺はかばんの中から本を取り出すと、読書を開始するのであった。
─────
一方その頃のフェリシア達。
「で、これは一体どういった事なのかしら?」
フェリシアのドスの効いた低い声が、周囲を一瞬で凍りつかせる。
周りにいるサキ達はあえてその質問に答えなかった。
怖かったから。
「ウホウホウホ」
そんな雰囲気に臆することもなく、動物園の客が落としていったサングラスを得意気に身につけたビッグエイプの一体が、フェリシアの傍らに近寄ってきて何かを喋った。
当然ゴリラ型のモンスターであるビッグエイプの言葉を理解できるものはその場にはいなかったのだが、何が言いたいのかはそこにいる面々の大半がなんとなく察してしまった。
「あ、フェリシアさん……また、新しいのが現れましたよ……」
気がつくと、フェリシアの目の前には、新たな挑戦者が立ち塞がっていた。
片眼に鋭いカギ爪の傷がついた巨大なクマ型モンスター───キングベアだった。
ビッグエイプの群れを配下に収めたフェリシアを待ち受けていたものは、他所の柵から次々と現れる新たなる挑戦者達であった。
「ゴァァァァッ!!」
フェリシアに対して鋭い威嚇を放つキングベア。
まるで動物園には我の他に帝王は要らぬ、と言わんばかりの気迫であった。
「……ねぇ、サキ。私そろそろキレてもいいかしら?」
「フェリシア、ここは抑えて! 後で学園女子の間で物凄く人気になっているスイーツのお店を紹介しますから!」
サキは懸命にフェリシアをなだめる。
檻から飛び出して周りを固めているケモノ達は、動物園内のトップオブトップを決める園内チャンピオンズリーグに夢中であるし、人間の客の方も、人間の美少女vs凶悪なケモノ達のアルティメットバトルに盛り上がっているだけだった。
しかしサキは知っている。
この目の前にいる赤毛の美少女は、誰よりも凶暴な性質を持った人型のドラゴンのようなものである、と。
サキは内心、フェリシアの導火線に着火する前に、早くこの馬鹿げた騒ぎは終わってほしいと思ってはいたものの、その一方でこの騒ぎに気がついた御主人様が、一体どんな反応をするのか、ちょっとだけ楽しみでもあった。
─────
「……ん」
しまった。いつの間にかうたた寝してしまったようだ。
慌てて起きた俺の目に咄嗟に飛び込んできたものは夕焼けの赤。そしてその瞬間、俺は自身の失態に気がついた。
今はクリスと一緒に喫茶店に来ていたのだった。
俺独りだったならば問題はなかったのだろうが、一緒に来ているクリスを蔑ろにして眠ってしまった事は、彼女に対して大変失礼にあたると思えた。
「すまん、クリ──」
ス、と言い切る前に俺は自分の顔のすぐ近くでクリスが俺を見つめている事に気がついた。
夕陽をバックにしたクリスの姿は、ゲームイベントに映えるような絵になる姿であった。
「えへへ……アルくんやっとこっちに気がついたね〜」
キャビットと一緒ににっこりと微笑むクリス。その姿はとっても穏やかだ。
「……悪い。ちょっと疲れて寝てしまったようだ」
俺は素直にクリスに謝罪する。
俺がクリスを誘ってここに来たのだ。ホスト役をキャビットに丸投げした姿勢は率直に詫びねばなるまい。
「アルくんってさ……人見知りだけど意外と身内にはスキを見せちゃうようなタイプだよね〜」
クリスは、ズイッと身をこちらに乗り出してきた。
仄かな柑橘系の、良い香水の匂いがクリスから俺に届く。
「……そう……かもな。悪かったな、誘った側がお前をほっといちまって」
するとクリスは、くすりと笑った。
「あはは、ホントだね。こんなに可愛い私を放っておいて寝ちゃうだなんて、ちょっとデリカシーがなさすぎなんじゃないかなぁ? そんなだといつか友達がいなくなっちゃうかもしれないよ?」
悪戯っぽい口調で笑いながら俺の友達甲斐のなさを指摘してくるクリスに、俺は思わず苦笑してしまう。
「ほっとけ。俺はそもそもあまり友達がいねーんだよ」
「あはは。……でもね。私だってあんまり友達がいるほうじゃないよ……。そしてね、私はたくさんじゃなくても、私が大切に思える人にだけ、私の事をきちんと理解してもらえているのなら、本当は他に友達なんていなくてもいいのかもしれないなって、時々思っちゃったりするんだよねぇ……」
そう言ったきり、視線を逸らさずに無言でどんどんと顔を近づけてくるクリス。
俺はその大人びたクリスの表情に、なぜかどぎまぎしてしまう。
「そ、それってどういう──」
俺の頬にそっとクリスの手が触れる。そして更に近づくクリスの顔、唇。
そういえばゲームでは、ゲーム主人公がヒロインに告白まがいのことを言う事もあるんだったか。
あれ? ひょっとして今回のクリスの攻略対象って───
「私は───」
ドガァァァァンッッ!!!
「ぴゃっ!」「な、何だッ!?」
クリスが俺に何かを言おうとした瞬間。
派手な爆発音に喫茶店内は騒然となり、本能に忠実なキャビットどもは一目散に室内から逃げ出していた。
俺は咄嗟にクリスを抱きしめ、庇うような姿勢をとった。
そして爆発によって巻き上がった土埃の向こう側から、禍々しいオーラを放っている何者かが、赤い髪を夜叉のように靡かせながら、仁王立ちでこちらを睥睨しているのが見えた。
鬼が口を開く。
「ドーモ、アルベルト=サン、フェリシア・ディ・ローティスです」
「アイエエエエ!?フェリシア!?フェリシアナンデ!?」
思わず○殺語を使ってしまうくらい、迫力のあるフェリシアの登場シーンだった。
「……ふぅ。まぁ、私にも色々あったのよ。
……で、アルベルト、ちょっと聞きたい事があるのだけれどもいいかしら?」
「な、なんでございましょうか?」
思わず敬語をフェリシアに投げかけてしまう。それくらい今のフェリシアは怖かった。
「ねぇ、なんでかしら。どうして許婚の私に黙って、クリスさんと逢引なんてあなたはしているのかしら、ねぇ?」
「え? 逢引って───」
その時、俺はこれが何のイベントだったのか唐突に理解した。
どんな目的があったにしろ、これは立派なデートイベントなのだ。
俺はゲーム上、今が誰ルートなのかが気になるあまり、すっかり自分の立場を失念していた。
俺は悪役貴族であり、一応フェリシアの許婚なのだ。
つまりフェリシア視点で状況を考えると───
「私、普段だったならそういった類の事は、笑って見過ごす方なのだけれども、残念ながら今日の私はすこぶる機嫌が悪くてよ。
だからごめんなさいアルベルト。これは間違いなくただのとばっちりだと思うのだけれど、正当化の口実を与えた貴方の素行を恨んで頂戴」
「えっと、それってつまり……?」
「有罪、ってことよ」
瞬間。フェリシアの背後から数多のケモノ達がパンドラの箱から飛び出てくるような勢いで俺目掛けて殺到してきた。
「な、何じゃこいつらぁぁぁッッ!!」
咄嗟にクリスをサキやリーゼがいる方向に突き飛ばしたため、俺はもろにそのケモノ達の津波に飲み込まれる事となってしまった。
「痛っ! ちょッ! やめろってッッ!!」
俺は牙を剥き出しにして俺に齧りつこうとしてくるケモノ達を、魔法を宿した拳でひたすらに迎撃していく。
とりあえずこいつらは動物園で飼われている奴らみたいなので、勝手に殺すのは後味が悪そうだ。だから必然、手加減をしてしまう。
「アルベルト。悪いのだけれども、その子達の子守をちょっとお願いね。貴方だったなら多少動物達がやんちゃをしても、問題ないと思うしね」
「おい! こんな無茶振りはヤメロッ!」
俺は動物達との激しいスキンシップを強制的に強いられて、身動きがとれなかった。
「さて、アルベルトの方はいいとして……」
「──って、え? ちょっ! ちょっと待って!」
完全にぽかーんとして、状況についていけてなかったクリスが、物凄い笑顔のフェリシアにギリギリと肩を掴まれていた。
「ねぇ、クリスさん。その格好、とっても素敵ねぇ。……アルベルトは鈍感なバカだから状況をあまり理解していなかったっぽいのだけれど、貴女の方は、それ、確信犯よね?」
にっこり笑っているフェリシアに対して、クリスの顔色がどんどん悪くなっているな。
「ふぇ、フェリシアさん!? ちょ、ちょっと落ち着い──」
「ねぇ、クリスさん? ちょっと今夜は女同士で語らいましょうね?」
「え!? ちょっ!?」
ガシッ、と無言でクリスを左右から挟み込むサキとリーゼ。
「クリスさん、私もちょっと貴女とお話がしたいわ」「クリスさん、やっぱり抜け駆けはいけないと思うのですよ!」
ドナドナされていくクリス。
非常に哀愁を感じる眼差しでクリスがこちらを見つめていたが、動物さん達と戯れている俺にそれに対処する余裕は残念ながらなかった。
そして最後尾でこちらに手を振っているメアリーと合わせて5人の女子達は、ずんずんとどこかへと歩き去っていくのだった。
動物達と戯れている俺を置いて。
─────
翌日。
クリスに昨夜一体何があったのかを聞いたのだが、「女の子には、男の子には言えない秘密があるんだよ?」とスルリと躱されてしまったのだった。
教訓。
女の世界は色々と深そうだ。
意味深なタイトルですが、特に深い意味はありません。
あとちょっといつもより文字数多めですが、中身のない短編なんで3話で終えたかったので強引に締めました。
次回からは再び本編です。




