Law of the Jungle
「ふわぁ〜……この子もすっごく、かわいいなぁ〜」
クリスは、檻の中で目をキラキラさせて首を傾げて愛嬌を振りまいている、その白いケダモノにいたくご執心であった。
動物園に到着し、園内を回ること約30分。さきほどから「ふぁ〜」とか「うわぁ〜」とかしかクリスは言わなくなっていた。
やはりこのイベントに狂いはなかったな。
クリスは飼いならされた可愛い動物(というより元魔物か?)達の魅力の前にすっかり骨抜きになってしまっており、動物可愛い以外に反応する事がなくなってきたようだ。
「……しかしゲームの時とは異なり、見事なまでに何もハプニングイベントが起こらないな。確か不埒なナンパ野郎とか、動物さん達の大脱走イベントとか色々と遭遇するはずだったんだがなぁ……?」
「え、なにか言ったかなアルくん?」
「いんや、特にはないな」
遠くからは小さな喧騒が聞こえてきたが、俺達の周りは至って平和そのもので、クリスは楽しそうに動物達と戯れていた。
─────
一方その頃、アルベルトとクリスのデート(?)を見張っていた面々には、緊迫した事態が差し迫っていた。
「ちょっと、あなたいい加減にしなさいよッ!」
フェリシアの目の前では檻から逃げ出した巨大な黒いゴリラ型のモンスターが仁王立ちし、フェリシアに見せつけるかのように盛んに自分の胸を叩く動作をしていた。
なぜこんな事態になってしまったのかとフェリシアは内心辟易としながら回想する。
確かきっかけは変なナンパ連中に絡まれてからだ。
最初揉め事を起こしたくなくて、その無礼な連中に対して無視を決め込んでいたら、連中の一人(チャラそうな若い男だった)がメアリーに手を出そうとしてきたのだ。
仕方がなくフェリシアは、メアリーに伸ばされたその不埒な手を打ち払った。
そうしたら何を血迷ったのか、そのチャラい男はフェリシアの薄い胸について罵倒を始めたのだ。
そして当然のように切れたフェリシアは、その男にライトニングなストレートを一発お見舞いし、その吹き飛ばされた男が運悪く、ゴリラ型モンスター”ビッグエイプ”の檻に衝突し、壁に大穴を開けてしまったのだった。
「全く、人を不埒にもナンパした挙げ句、このような迷惑をかけるとは、全く度し難い連中でしたね」
「あれ? ナンパされたのはフェリシアお姉さまではなく、メアリーさんだったような……」
「リーゼちゃん、ダメですよぉ〜。刺激しちゃ、ダ・メ」
なぜかにっこり笑顔でリーゼの口を塞ぐメアリー。
フェリシアがいつこちらに牙を剥くのか分からないのだから、慎重な態度は当然だった。
「あ! 私、分かっちゃいました!」
ゴリラ型モンスターのドラミング姿をじっと見つめていたサキが、突然両手をパンッ、と打ち鳴らした。
「ん? サキどうしたの?」
機嫌があまりよろしくなさそうなフェリシアが、ビッグエイプと睨み合いつつもサキに問う。
「私、どうしてこのモンスターがフェリシアと睨み合っているのか、その理由が分かったんですよ!」
得意気にニコニコと笑うサキ。
リーゼはなんとなく嫌な予感を抱えながら、サキとフェリシアの掛け合いを固唾をのんで見つめていた。
「あまり聞きたくはないけれど、一応は聞いておくわサキ。どうして?」
「フェリシアは、先ほど檻の中から走って逃げ出そうとしたこのモンスターさんの仲間を、グーパン一発で檻の中へとぶっ飛ばしちゃったじゃないですか?」
「ん〜……確か何かが檻の中から私に近づいてきたから、反射的に殴っちゃったのよねぇ……それのことかしら?」
「あれ、反射だったのですか……ちょっとドン引きです。
……まぁ、それはさておき、それで多分、仲間を殴りつけてきたフェリシアの事を、彼等は多分群れに挑戦してきた新参者だと勘違いしちゃったんですよ!」
「え?」
そう言うとフェリシアは、サッと周りにいるゴリラ型モンスター達を見回した。
すると確かに、先ほどまでは興奮していた十数匹のモンスター達は、一転して静かに状況を注視しているように見えた。
「ン"ッッ! ン"ッッ!」
口を威嚇的に突き出し、ドラミングを鋭くする、目の前の群れのボスと思わしきビッグエイプ。
「……つまり、このモンスターどもは、私を同類だと思っている……ってこと?」
その敵意と緊張感によって場がピーンと張り詰めている中、フェリシアが淡々とした声音でサキに確認をとる。
「恐らく……ボスの座を狙っている同類って思われたのではないでしょうか」
フェリシアの声音にひっそりと潜む殺気に微塵も気づいた風もなく、サキは神妙な顔つきでフェリシアに相槌をうった。
その二人のやり取りを遠巻きに見ているリーゼとメアリーは、すでに顔面蒼白だ。
「そう……ふうん……」
能面のような無表情で腕を組んで佇むフェリシア。
「ン"ッッ! ウ"ホ"ォォォォォッッ!!」
フェリシアから無言で当てられ続けるものすごい殺気についに耐えきれなくなったビッグエイプのボスは、その恐怖に後押しされて一目散にフェリシアへと近づいていく。
「……ふんッ!」
ボスの右手から繰り出される猫パンチ(のような挙動をとる豪腕)を上半身のスウェーだけで紙一重で躱し、合わせる形でゴリラの脇腹へと自分の右手を添えるフェリシア。
ゴンッッ!!
瞬間、地面に物凄い破裂音を響かせながら、震脚と腰のバネによって威力を上げた鉄拳を、ビッグエイプの肝臓に撃ち込むフェリシア。
余りにも速くて重いその一撃は、ビッグエイプが物理的に後ろに吹き飛ぶ前に、モンスターの身体に十分な破砕エネルギーを送り込むことに成功していた。
「ゴパァッ………」
口から派手に吐血しながら後ろに倒れ込むビッグエイプ。
その脇腹には、くっきりとフェリシアの拳型の窪みが出来上がっており、その衝撃の大きさを物語っているのだった。
「ウゥ……」「ウホ……」「ン"ッ……」
ピクリとも動かなくなったビッグエイプのボスを横目に、うめき声のような声を発しながら、無言で佇むフェリシアの周りを頭を垂れながら取り囲むビッグエイプの群れ。
群れの新たな王者の誕生の瞬間だった。
パチパチパチパチ!!
いつの間にか多くの人間のギャラリーに取り囲まれており、イベントと勘違いしたそれら観衆から彼女の偉業を祝福して多くの喝采が飛び交っていた。
「すげぇぇぇッ!」「人間エイプだぁぁぁッ!」「胸は薄いけどすっげぇぇッ!」
喝采に混じった悪意なき罵倒に、再び強まっていくフェリシアの殺気。
「……って、これどうやって収拾つければいいんですかぁ!?」
リーゼが泣きそうな声で文句を言っていたが、その泣き言は未だ止まぬ拍手の渦によって、誰の耳にも届かないのであった。
書いてる本人もどう締めくくられるのか分かりません。




