バグ
「ウィンディ、俺に力を寄こせ!」
「ガッテンじゃッ!」
ウィンディはその姿を一瞬で変化させて、翡翠丸に似たような刀にその姿を擬態する。
「ふんッ!」
俺はその柄を無造作に握ると、即座に振り抜く。
「アイタッ!……なのデースッ!」
俺の抜き打ちは、超速で接近してきたキリングドールの右胸を強烈に打ち付けた。
『なんじゃ、コイツ! めっちゃ硬いのじゃがッ!』
ガイィィィィン、と金属同士が激しくぶつかる音を周囲に撒き散らしながら、俺とキリングドールはお互いの獲物を激しく交錯し合う。
「ムカァァァッ! チョロチョロチョロチョロ避けやがって、本当に猪口才なのデースッ!」
いつまでも終わらない攻防にキレたキリングドールが、背中のバックパックを展開し、中から多数の飛び道具を飛ばしてくる。
「”爆導筒”かッ!」
ゲーム時代、中ボスとしてのキリングドールが持つ切り札二つのうちの一つが、この爆導筒だった。
爆導筒は簡単に言えば、小さな誘導ミサイルポッドのような魔法兵器である。
「く・た・ば・れ・デェェェスッ!!」
ダ、ダ、ダ、ダ、ダ───
狂った花火のような赤い火線の光が、こちら目掛けて一斉に襲いかかってくる。
この爆導筒。一発一発の威力はそう大したことはないが、この連鎖攻撃を一発でもその身に喰らうと立て続けに爆導筒が誘爆し、そのトータルダメージを受けてしまうという極悪兵器だった。
そしてこの魔法兵器の更にいやらしいところは、表面に対魔法処理が施されているため、迎撃には飛び道具の魔法が使えず、矢や投槍等の投擲武器で防がない限り、永遠に追ってくるという凶悪な仕様だったのだ。
だから俺は───
「”拘束鎖”、穿てッ!」
刀状態のウィンディから、翡翠色の無数の鎖が展開し、爆導筒を迎え撃つ。
拘束鎖は精霊力が凝縮し、半物質化したような代物であったため、充分に投擲武器の代用となったのだ。
「おお、壮観だなッ!!」
爆導筒と交錯した拘束鎖が、各所で誘爆を起こす。色とりどりの花火が洞窟空間内全体に拡がり、派手な爆音を辺りに轟かせていた。
「アチッ、熱いのじゃぁぁぁッ! この職場環境、まさに児童虐待なのじゃあぁぁぁぁッ!」
爆導筒の爆発を鎖の形で直接浴びるウィンディは、刀の中から叫び声を上げている
「人聞きの悪い事を言うな、ウィンディ。俺んとこはホワイト企業だ」
俺はウィンディの愚痴を左から右に聞き流し、鎖を引っ込めてキリングドールと正対する。
爆導筒まで凌がれたキリングドールは、先程までのおちゃらけた雰囲気が鳴りを潜め、静かにこちらを凝視していた。
「…………正直、お前の事を舐めていたのデース。おい、蛮族! お前はひょっとして”勇者”ってヤツなのデスか? ……あとついでに名を名乗れ、聞いてやるのデース」
「俺の名は、アルベルト・ディ・サルトだ。あと俺は勇者なんて大層なもんじゃない。ただのモブの悪役貴族だ!」
俺は気負いもなく、ゲームにおける自分の立ち位置を宣言する。
この世界にはクリスという立派な勇者がすでにおり、女神の力を借りて世界を救うのは既定事項なのだ。
俺はただ、自身の死亡フラグをなんとか回避して命を永らえる事だけを目標にしている小者にすぎない。
俺はそれでいい。
「……まぁ、お前がお前の事をどう思っていようが私には関係ないのデス。私はお前を最高度の敵と認定しマス。
光栄に思え、デス。お前の脅威度は敵性存在として、最高位”帝国の敵”と認定されたのデス。長い帝国の歴史の中でも殆ど認定された事のない、災害レベルの敵なのデス。お陰で私の最終リミッターが解除され、最終兵器が使えるようになったのデース」
ガシャガシャとキリングドールがトランスフォームしていく。
ふくらはぎ部分からアンカーボルトが地面に打たれ、各部の放熱フィンが展開される。
バックパックが起き上がり、反動を抑制するためのノズルが水平方向に展開される。
両腕が組み合わされ、肩パーツが移動し砲口が出来上がる。
最後に顔の部分にバイザーが降り、射撃モードへの移行が完了した。
「最終モード:”黙示録”、起動。……避けてもいいデスが、その時はこの部屋は確実に崩壊するので、お前はともかくもう一人の女はあきらめろんなのデース」
最終モード:”黙示録”。
キリングドールが持つ切り札二つのうちの最後の一つであり、ゲーム時代はこれが発射される前に倒しきらないとゲームオーバーになってしまうイベント攻撃だった。
俺は刀を地面に刺し、呪文の詠唱に入る。
普通に発射される前にパーティーの全力でキリングドールを倒し切るのが標準的な攻略方法であった。
火力だけなら、俺の持つ戦略魔法”流星召喚”や、”魔弾ノ射手”で充分にキリングドールを倒しきれるだろうが、こんな閉鎖空間でそれらをブッ放せば、キリングドールだけではなく俺やユリアナ共々確実に死ぬ事になるだろう。
しかし俺には秘策があった。
ゲーム時代、相当やり込んだ廃プレイヤー達は正攻法以外にキリングドールを倒す方法が何かないかと、数多のゲームオーバーを繰り返しながらその方法を模索していた。
そして廃プレイヤー達は、仲間達の屍山血河を乗り越えて、ついに力技によらないキリングドール攻略法を確立したのだった。
「では今度こそ本当にオサラバなのデース。私はお前の事をちゃんと覚えていてやるのデース」
エネルギーチャージが完了し、キリングドールが”黙示録”砲を放つ直前──
「不要な心配だ、安心しろ。これで”詰み”だ」
俺は左腕をキリングドールに差し向け、準備していた魔法を紡ぐ。
「”雷操作”」
”雷操作”は風魔法系統の中級レベルに位置される魔法であり、通常は機械系の敵に確率でスタンを与えるための魔法だった。
「私に魔法は────って、アレ? うきゃあぁぁぁぁぁッ!! な、何で私に魔法が効くのデスかぁぁぁぁぁッ!!………あばばバババッ!!」
魔法が効かない筈のキリングドールに対して、何故か風魔法が効いていた。
「本当に効いたな…………」
おそらくこれはゲームのバグだ。だがこのバグというのは侮れない。神様だってチェーンソーでバラバラにできるし、魔王だって毒針で刺せば一瞬でくたばる。
神様だって決して万能ではない。ならば俺達はその無謬性を崩す隙を探すのだ。
ガシャーンッ!
砲口から強力な電撃を浴びたキリングドールは、関節部から紫色の派手なスパークを発しながら地面にぶっ倒れた。
《警告。戦闘モードを維持するための魔力が足りません。セーフティモードへ移行します》
キリングドールの内部から警告音が発せられる。
キリングドールの内部回路に強烈な過電流が発生した事からサーキットブレーカーが発動してしまい、セーフティモードが発動していた。
「しおしお〜」
気がつけば変形と逆のプロセスでキリングドールの姿は人間形態となっており、真っ裸でうつ伏せに倒れていた。
10代前半にしか見えない金髪の少女が尻丸出しでぶっ倒れている光景は、傍目に見ると大変に猟奇的な見た目をしていた。
「は〜、やっと終わったわい。
おい、お前様! このちんちくりんはどうするのじゃ?」
刀の状態から緑髪の美少女状態に戻ったウィンディが腕を組んで地面にぶっ倒れているキリングドールを見下ろしている。
「そうだなぁ……このまま放っておくと魔力が回復した後こちらを復讐のために襲いにくるリスクがあるからなぁ」
こんな見た目をしていてもこいつは古代の戦闘機械に他ならない。
処分してしまうのが安全だった。
「そうだな。さっさと解体する方が安───」
「それは止めて欲しいのデースッ!!」
心、と俺が言い切る前に、がバリと起き上がるキリングドール。
何でもいいが、ちょっと小ぶりな胸を剥き出しにして起き上がるのは正直勘弁して欲しかった。
「さ、さっきの電撃の影響で私の最優先命令が解除されたので、今の私は人畜無害なキリングドールなのデース!
更に魔力貯蔵回路が故障したので満足に戦闘モードへ移行できないので脅威度も低いのデース!
強姦してもなんでもいいから命だけは! 命だけは助けてほしいのデースッ!」
ガバリと両手を地面について頭を下げるキリングドール。
キリングドールの見事なまでの裸土下座だった。生きる事だけにプライオリティを置いたその清々しいまでの開き直りっぷりに、俺は思わず毒気が抜かれてしまう。
「………じゃあ、あれだ。さっきの首輪……”服従乃誓約”だったか? あれを着けるなら赦してやる」
「そんな事でいいのデスか? (ガチャリ)……こ、これでどうデスか!?」
流石に誇り高い古代帝国の戦闘兵器ならば躊躇はあるだろうと思っていたら、ガチャリと清々しく一瞬の躊躇もなく黒い首輪を自身の首に巻いていた。
しかも心なしドヤ顔だった。こいつちょっと余裕があるだろ。殴りたい、この笑顔。
「お前……まぁ、いいや。これからコキ使うから覚悟しておけよ!」
「わかったのデス、ご主人!」
笑顔で敬礼するキリングドール。もう何も言うまい。
「あー、しかし疲れた。おい、ウィンディ。俺はちょっと休むからユリアナに…………」
「あ、おい、お前様ッ!!」
緊張の糸が切れた俺は、最後までウィンディに指示を出せず、くず折れるように意識を失ってしまうのだった。
私はこういったうざ可愛いタイプのロボ娘が大好きデス。




