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ユリアナの想い

 今回は主にユリアナ視点です。

「はっ、はっ、はっ、はっ…………ここも……だめね……」


 私は小走りに廃屋に到達すると、その扉を開けて中を見る。

 そして、中に魔法素子妨害装置がないのを確認し、溜息をつく。


 ここの廃屋ですでに4件目だ。遠くの方からアルベルトさんの叫び声が聞こえてくるたびに、心臓が鷲掴みされるような恐怖を感じ、脚が(すく)みそうになる。


 そしてその度に、私はアルベルトさんの叱咤の言葉を思い出し、己を奮い立たせた。


 私の名はユリアナ・ディ・シュガーコート。少し家の身分が高いだけの、どこにでもいるつまらない女だ。


 臆病で、自分の意思なんて主張できず、いつも他人任せの人生を歩んできた。


 そんな自分が大嫌いで、エクスバーツに留学している時、私は自殺を図った。

 そしてその時私を助けてくれた大切なあの方(・・・・・・)に恩義を感じ、私はあの方の命を受けてアルベルトさんに近づいたのだ。


 最初はただの命令だった。そこに私の意思は介在していない。


 でも今は違う。


 すでに私の中でのアルベルトさんの存在は、私を立ち直らせてくれた大切なあの方と同じくらい大きな存在になっていた。


 私は彼に死んでほしくない。ずっと一緒にいたい。彼には笑っていてほしい。


 私は汗に乱れた前髪を掻き分けて、装置を探すべく次の廃屋へと駆け出すのだった。


─────


「お前、本当にしつこいデスねぇッ!」


「しぶといのが……俺の、持ち味でなッ!」


 俺は全力でキリングドールの攻撃に合わせてカウンターの一撃を叩き込む。


 キリングドールは4本の腕を使って俺に襲いかかってくるが、位置取りさえ間違えなければ2本程度の攻撃しか受けない。


 そして一発の被弾さえ覚悟すれば、カウンターで相手への一撃を入れるのもできない事ではなかった。

 だが───


「クソッ! やっぱり全然効いてねぇなッ!」


 利き手ではないとはいえ、本気の一撃だった。

 例え相手がレッサードラゴンだったとしても、多少の手傷を負わせられるくらいの強烈な一撃を打ち込んでいるにもかかわらず、キリングドールの装甲は全くの無傷だった。


「良い一撃デース。もっと頑張ってくださーイ!」


「チッ、クソがッ!」


 俺は急いで体勢を立て直し、襲いかかるキリングドールと対峙するのであった。


─────


「はぁ…はぁ…はぁ………だめ……全然見つからない…………」


 すでに廃屋の調査は15件目。これで一通り全ての廃屋を見たことになる。


 それでも魔法素子妨害装置は見つけられなかった。資料で見たことがあったけれども、これだけ広い範囲の魔法発生を妨害する装置ならばそれなりの大きさがあり、それを設置するにはある程度の大きさの部屋が必要となるはずだった。


「──つまり、隠された部屋が………どこかにある?」


 考えて見れば、この研究所も幻覚系の魔法的な仕掛けでダンジョン内に巧妙に隠されていたのだ。

 だったら装置が隠蔽されていてもおかしくはないと思えた。


「アルベルトさんは言っていた…………」


 私の持つ”完全幻覚”が付与された魔法のペンダント──あの方からいただいたこの大切な魔法道具は──遺跡の幻覚を打ち破れるかもしれないのだ。


「ぐわぁぁぁっ!」


「!」


 遠くからアルベルトさんの叫び声。そして何かが折れるイヤな音。


 遠目に見えるアルベルトさんが吹き飛ばされ、その手から短剣が取り落とされる。

 辛うじて転がる事で間一髪、あのゴーレムの攻撃を避けていた。


 でも両手はダラリと垂れ下がり、すでに短剣は握ってもいなかった。


 もうあれこれ悩む時間はない。


  私はネックレスをきつく握りしめ、身体を覆う幻覚を拡張する。


 私の輪郭は薄くボヤけ、その大きさは段段と周囲と溶け合って広がっていく。そして幻覚の中に隠されていた本当の私(・・・・)の姿を、強制的にこの世界に(さら)す。


「あ……落ちちゃう」


 私はぶかぶかになったズボンを慌ててたくしあげ、腰のベルトできつく締め上げる。


 上着の方もぶかぶかになってしまったが、胸のサイズはそこまで縮んでいなかった事実に思わず苦笑してしまった。


「この姿は……あまりアルベルトさんには見せたくないなぁ……」


 私は長い銀髪をかきあげながら、アルベルトさんに自分の姿が見られた光景を思い浮かべてしまった。


 驚くだろうか。受け入れてくれるだろうか。……それとも嫌悪の視線を投げかけてくるのだろうか。


 っと、それどころではない状況だった。私は慌てて感覚を周囲に飛ばす。


 今の状態は、言うなれば自分のサイズを無理やり限界まで膨らませて、周囲に溶け込ませているような状態だ。


 色々と体内に異物感が生じ、正直ちょっと気持ちが悪かったけれども今はそれをグッと我慢する。


 チカッ、チカッ。


 私は身体のどこかで小さな火花が散ったような錯覚を覚えた。


 そこだ!


 私は隠し部屋を探し当てた時にも小さく感じた、あの静電気のような気配の出どころを慎重に探す。


(どこだ、どこだ、どこだ……)


 こうしている間にもアルベルトさんはキリングドールに殺されてしまうかもしれない。そう思うと焦りが私の冷静さを奪いさり、気配を探すのを妨げてくる。


 アルベルトさんがキリングドールに殺される幻影を思い浮かべてしまって、私の頭の中がぐちゃぐちゃになりそうになる。


 だけどそんな時、唐突に私はアルベルトさんとのあの瞬間を思い出した。


『───ったく、分かった。ユリアナ、俺に協力してくれ』


 ちょっと困ったような、アルベルトさんの真摯な眼差し。それでも私のわがままを聞いてくれて、受け入れてくれたあの温かい声。


「私は……あの人の力になるんだっ!」


 そしてその時突然、私はアルベルトさんに抱いているこの想いの正体に気がついてしまった。

 いや、こんな事態だからこそ気がついてしまったのかもしれない。


「ああ……私は……こんなにもアルベルトさん(あなた)の事が好きだったのですねぇ……」


 その想いはストンと自分の心の中に入っていき、さっきまでの焦りが消えて、心に温かいものがこみ上げてくる。


 そうだ。私はずっとアルベルトさんの事が好きだったのだ。


 最初は義務からの付き合いだった。そして彼と触れ合ううちに。彼のさりげない優しさに触れる度に。


 でも彼は私の事なんてただの護られるお嬢様としか思っていないかもしれない。


 それでもいいのだ。


 私は私の想いを大事にする。この想いは誰に貰ったものでもない自分自身の想いなのだから。


「───そこです」


 私は地面に手を伸ばし、隠されたドアノブを回す。


 ガチャリ。


 そこには大きな隠し部屋につながる階段があった。

 私はアルベルトさんに託された”爆発”の魔法が封入されている魔法道具を握りしめる。


 そして地下室へと駆け込むのだった。

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