キリングドール
上級者向けダンジョン『古代魔法帝国首都跡』に不定期に出没する中ボス、”死の番人”キリングドール。
強力な魔法耐性力と装甲防御力を誇るその疲れを知らない恐るべき古代兵器は、遺跡に挑んだ数多の上級冒険者達を帰らぬ人に変えていた。
そしてそんな無慈悲で死の気配を撒き散らすモンスターに対して、冒険者達は畏怖を込めて、”死の人形”と呼んでいたのであった。
「なんでこんな辺鄙なダンジョンにキリングドールなんて化物がいやがるんだよ……」
こいつは非常に不味い状況だ。高い装甲防御力を誇るキリングドールは、ゲーム時代でも直接攻撃等の正攻法で相手にするには非常に厄介な強敵だったからだ。
「ん? ちょっと待つデス蛮族。その”きりんぐどぉる”と言うのは私の事なのデースか?」
少し機械音っぽいが、やはりあの少女の声で目の前の巨大ゴーレムから声が聞こえてきた。
「あたり前だろ。俺が知っているのとはカラーリングがちょっと違うが、お前は古代魔法帝国の首都跡に出没する”死の番人”キリングドールだろうが!」
俺の話に少し首を捻ったゴーレムは、暫く沈黙する。
「ははーん。優秀な私のAIが状況を整理したのデース。蛮族! さては我が帝国の首都の方に回された壱号機と私を勘違いしているのデスね?」
そこから自慢げなキリングドールの講釈が始まった。
こいつは帝国工廠が開発したAEEM(機械化装甲騎士:アルマ・エクウェス・エクス・マキーナ)シリーズの参号機で、一応は拠点防衛用のゴーレムだったらしい。
だが帝国は滅びてここの拠点は放棄。その際、このゴーレムには対蛮族用の情報収集任務と嫌がらせの意味を兼ねて、そのままここに放置させられたらしい。
古代帝国民め、余計な事をしやがって。
「───という経緯があったのデース」
長い話だった。だがそれ以上に気になる事がある。
「おまえ、自律型だったなら、その命令に従わなくても別にいいんじゃないか?」
こいつが古代魔法帝国時代の共通語である下位古代語ではなく、蛮族の言葉(俺達の言葉)を流暢に話す理由は分かった。
しかもロボット3原則とかもない世界だ。自分で命令を書き換えて無害化できるんじゃないか?
俺は淡い期待を抱いて聞いてみた。
「”蛮族を見かけたら、①捕まえて、②拷問して、③殺す”の命令デスか? 残念! それは最優先命令でインプットされているので、私の一存では勝手に消せないのデース。
個人的には久しぶりに会えた人間なので蛮族と言えどもおしゃべりを続けたいのデスが、中々そうも言っていられないのデース」
律儀に俺を殺す宣言をしてくるキリングドール。躊躇う言葉とは裏腹に、その姿は俺を殺す気満々だ。
「チッ、やるしかねぇか!」
俺はユリアナに魔法道具のカンテラを持たせると、後ろに下がらせる。
その瞬間、黒い疾風と化したキリングドールが俺に襲いかかる。
「ぐ……うッ!!」
俺は辛うじて、キリングドールの右拳を短剣で受け止めるが、その威力を完全には殺しきれず、後ろに吹き飛ばされた。
物凄い力だ。この前やり合った聖騎士以上の膂力だな!
「あはははは! 久しぶりの闘争でワクワクするのデースッ!」
追い打ちをかけてくるキリングドール。俺はその鋭い蹴りを、地面を転がることでなんとか躱す。
「アルベルトさん!」
「来るなッ!」
思わず俺に駆け寄りそうになるユリアナに、俺は静止の言葉を投げかける。
「こいつは流石に不味い! 俺がこいつを抑えておくから、お前は来た道を戻って時間がかかってもクリス達が脱出したところから地上へ帰れ!」
非常によろしくない状況だ。現在の装備ではキリングドール相手では何とか時間を作ってユリアナが逃げるのを手助けするのが精一杯だ。
だから俺はキリングドールの攻撃を躱しながら、ユリアナに逃げるよう促した。
「…………いやです」
「なに?」
蚊の鳴くような小さな声。だが、ユリアナの否定の声が、はっきりと俺の耳へと届いた。
「私だけ逃げるのは、嫌だ、と言ったのです! 死ぬのなら私も一緒です!」
一転、大声で俺に訴えてくるユリアナ。目に涙を浮かべながらも、その声は力強かった。
「バカか! 魔法が使えない状況でお前を守る事は難しいんだ! だから、さっさと逃げろ!」
「逃げません!!」
常とは違うユリアナの反応だった。俺の説得をまるで聞かないお嬢様。俺は段段とイライラしてきた。
「分からんお嬢さんだな! あんたがいても何の役にも立たないし、正直足手まといなんだよ!
……俺一人なら何とかなるかもしれないし、あんたもそれで命が助かる。これが最善手なんだ、分かってくれよ!」
俺はわざとユリアナに冷たい態度をとる。一人になったからといってキリングドール相手にどこまで善戦できるかは正直分からない。
しかし、これだけ強く拒否すれば、心の弱いユリアナは流石に尻尾を巻いて逃げるだろう。
「……嘘です」
胸の前で手をギュッと握り、こちらを見つめるユリアナ。
「あなたは嘘をついています! 偽悪的な振る舞いをして私に罪悪感を持たせないようにして遠ざけて、一人だけ犠牲になろうとしています!」
「──ッ!! そんなことねぇよ! 何でもいいだろ! いいからさっさと逃げろ! 逃げてくれッ!!」
「だからそれが嫌なんです! 私は、あなたと、離れたく、ないんですッ!!」
ユリアナの熱い言葉に、思わず場がシーンとなってしまう。
なお俺とユリアナの言い合いが始まってから、なぜかキリングドールは動きをストップしていた。
というよりも興味津々でこちらのやり取りを見つめていた。
「あ、私の事は気にしないでいいのデース。さっさと続きをやれ、デース」
調子が狂うなこのキリングドール。殺しに来たかと思ったら一転この調子だ。
「私は、逃げません。どこまでもあなたに付き合います」
現実逃避していた俺だったが、ユリアナは変わらず俺に熱い視線を注いでいた。
「………ったく、分かった。ユリアナ、俺に協力してくれ」
「! は、はいッ!!」
根負けした俺は、ユリアナに白旗を振る。
パチパチパチパチ。
「いやぁ、まるで麗しい芝居のような光景だったのデース。とても演技の参考になりましタ」
「キリングドール……」
黒いメタリックな外観をしたキリングドールがスタンディングオベーションで両手で拍手喝采していた。
「ただし一箇所気になる部分がありましたデース。
蛮族が、『魔法が使えない状況でお前を守る事は難しいんだ!』って言ってまシタが、魔法が使えたって私が負ける要素なんてないのデース。そこはきちんと訂正してくだサーイ」
こいつポンコツ臭いくせに記憶力は良さそうだな。
「魔法が使えれば、お前なんて一発さ。そこは間違いない」
俺は敢えてキリングドールを挑発する。
「面白い事を言うのデスねぇ〜」
声は嗤っていたが、掴んでいる地面の堅いブロックが粉々になっていた。
プライドが高い奴。
「……機会をくれてやるのデース」
「何?」
キリングドールは指をユリアナに突きつける。
「そこの女!」
「! ……わ、私ですか?」
急に指名されたユリアナが戸惑う。
「この研究所跡地にある魔法素子妨害装置がまだ働いているノデ、ここら辺は魔法が使えない状況になっているのデース。
だからその装置さえ壊せば魔法が使えるようになるのデース」
キリングドールが装置の秘密について説明した。
「お前はこの蛮族が死ぬ前に頑張って装置を探して壊すのデース。頑張るのデース」
そう言うとユリアナには興味を失ったのか、こちらの方に再び向き直る。
そしてキリングドールの背中のパーツが稼働し、中から2つの腕が飛び出してきた。
「さぁ、蛮族! そっちの女の蛮族が装置を探し出すまで精々頑張るがいいのデース。でも探し当てた所で意味がないと思うので、さっさと諦めるのが吉なのデース!」
そう言い捨てると、合計4本の腕で、俺に襲いかかってくるのであった。




