隠し部屋
「ここは一本道だな……」
ユリアナを背後に庇いながら、慎重に道を進む俺達。
ここは俺も知らない、このダンジョンの秘密の場所だった。
ゲームでこの場所を発見したならば狂喜乱舞していただろうが、現状では武器は貧弱で魔法も使えず、ユリアナもいておまけに俺はかなりの怪我状態で、とてもではないが両手を上げて喜べる状態ではない。
しかしこの秘密の場所は、現状を打開する好機となる可能性があった。
階段を登って先程の場所にまで戻り、転移の鏡に飛び込むためには、かなりの労力と時間がかかるだろう。
それに対してこの手の『探し出す事が困難な』秘密のダンジョン部屋には、ほとんどの場合、地上へと脱出ができる鏡が奥に鎮座しているケースが多い事を、このゲームに対する多くの知見から俺は理解していた。
「しかしユリアナは凄い能力の幻覚系の魔法道具をもっていたんだな」
俺は暗くなりがちな雰囲気を和らげようと、ユリアナに話題を振った。
「あの……どうして私が幻覚系の魔法道具を持っているのだと思ったのですか?」
先程までの穏やかな雰囲気が一変して、何故か硬い雰囲気を漂わすユリアナ。
「ん? いや、先程の隠し壁の問題を突破するのに役に立ったのがその道具だったからさ。
さぞ強力な魔法道具があったんだろうなぁ、と思っただけでね」
俺はわざと軽い感じでユリアナに話した。俺の予想が間違っていなければ、ユリアナは何かしらの強力な幻覚系の魔法道具を使っているのは間違いない。
ただし俺はそれを暴こうとは思っていなかった。幻覚系の魔法道具で隠そうとするものだ。
そこには部外者の俺がおいそれと触れてはいけない何かがあるのだろう。
「…………もしも私の姿が……」
「ん?」
「…………いえ……何でもありません………」
何かを訴えたい。しかしそれを口からはまだ吐き出せない。
ユリアナの顔には何かしらの情念が浮かんでいたようだったが、俺にはそれがなんなのかよく分からなかった。
─────
慎重に歩いたため多少の時間がかかったが、俺達は目的地であろう場所に出た。
「こんな地下深くにこんな大きな場所があったとはなぁ」
俺はその空洞の広さに驚かされる。
どうやら天然の洞窟を利用しているみたいで、人工的に加工された建物等がいくつか確認できた。
「ここは一体なんなのでしょうか」
ユリアナが呆然と周囲を見渡す。
「多分……何かしらの研究施設跡……なんじゃないかなぁ?」
俺は以前、風の女神によって作られた古代魔法帝国の時代に飛んだことがある。
その際にここの施設とよく似た建物を見たことがあったため、大体の予測をする事ができた。
「でしたらここでは何が研究されていたのでしょうか?」
随分長い事使われていなかったようで、すでに数多くの機具は撤去されているみたいだ。
おそらく古代魔法帝国の崩壊と共に、この遺跡は撤去されたのだろう。
「いや……分からんなぁ」
いくつか予測はできるが、あくまでも可能性という話だけだな。
しかし、こんな地下深くで魔法に対する強力な結界を張ってまで、一体何の研究をしていたのだろうか。
これ以上調べても特に有益な手がかりはなさそうだったので、予想と違って無駄足だったのかなぁと落胆していたちょうどその時、唐突にそれは現れた。
「警告───」
俺とユリアナの目の前に、上空から何かが降ってきた。
「ユリアナ!」
俺はユリアナを背後に庇い、自由に動く左手の方で愛用の短剣を素早く構える。
目の前に落ちてきた何かによって、周りに土埃が舞う。
風が吹かない洞窟内では中々土埃が消えていかないが、それでも徐々にその姿を現してくる。
「ゲホゲホゲホゲホッ! あー、失敗失敗したのデースッ!」
目の前では激しく咳き込んで苦しんでいる小さな女の子がいた。
年の頃はウィンディと同じくらいだろうか。
あまりにも突然の出来事に、俺とユリアナは目が点になってしまう。
ひとしきり苦しんだ後、その少女は服に着いた埃をパンパンと手で軽く叩くと、何事も無かったかのようにこちらを向いてふんぞり返った。
「くくく、蛮族どもよ。よくぞこの場所にたどり着いたのデース!」
よく見たら、サイズは子供用のものではあったが、その着ている服のデザインは間違いなく古代魔法帝国の標準的な戦闘服のものだった。
「…………あなた親御さんはどうしたの? 一人だけでこんな所に居たら危ないわ」
ユリアナが心配そうに子供に近づこうとする。
「このバカッ!!」
俺は慌てて子供に近づこうとするユリアナの手を引っ張る。
ブゥゥゥンッ!!
その瞬間、ユリアナを掠めるように黒い物体が通り過ぎる。
「ククク。良い反応なのデース」
通り過ぎたものは、目の前の子供の腕だった。
だがおかしい。そのサイズはとても子供のものとは思えないような巨大なもので、まるでシオマネキのように見えた。
その子供の腕は、巨大で黒く光るメタリックな光沢を持った腕であった。
俺の目の前で子供の姿が変わっていく。
カタカタカタカタ───
メカニカルな機構で、生身と思っていた部分が裏返り、メタリックな部分が剥き出しになる。
腕が伸び、頭部が胴体に引っ込み、新しい顔が出てくる。
「変形完了デース。さぁ、蛮族。これから狩りの時間が始まるのデースッ!」
俺の目の前には、全身黒くメタリックに光る、3メートルはありそうな巨大な金属ゴーレムが立ちはだかっていた。
「───キリング……ドール…………」
俺の知っているモンスターとはカラーリングが違っていたが、こいつは間違いなくデスサンドウァームやリヴァイアサンと並ぶ中ボス、古代魔法帝国の首都の遺跡に度々現れる、”死の番人”キリングドールそのものだった。




