禁呪地域
「アルベルト氏〜。拙者もうヘトヘトでござるよぉ〜」
「お前、口を開くとそればっかりだな!」
俺はエドワードの弱音を聞き流しつつ、先頭に立って洞窟内をずんずんと進む。
パーティー順は、俺、エドワード、ユリアナ、クリスの順番だ。
「でもアルくん。本当にこの方向で合っているのかな?」
「ああ。それは問題ない」
俺はクリスの質問にノータイムで返事を返す。
《おい、起きろウィンディ。さっさと起きて以前に渡しておいた学園都市地下5階の地図をさっさと見ろ。……位置関係から現在A3のあたりだと思うんだが、ちょっと確認してくれ》
俺は、地上でお昼寝をしているであろうウィンディに強烈な念話を送り叩き起こす。
《───お、お前様いきなりじゃなッ! あんまりワシをこき使うと幼女虐待で訴えるぞい!
……え、あまりガタガタ言うとお菓子抜き?
すまんかった。ワシ、きっちり仕事をするぞい。
……で、地図じゃったな。ん〜、お主との位置関係から地上じゃとあそこら辺じゃから…………まぁ、大体お主の言った辺りじゃのぅ》
地上に残っていたウィンディが俺との魔力パスからその距離を測り、大体の位置を伝えてくれる。
やはり俺の予測に間違いはなさそうだな。
最初こそ戸惑ったものの、転移によって現れた先のダンジョンの事を、俺は比較的よく知っていた。
このダンジョンのゲームでの名称は、『学園都市地下遺跡』。
なんてことはない。探索され尽くした上層階の地下に隠されている、文字通り未踏の正統派ダンジョンだったのだ。
因みに今回偶然に見つかった転移装置は、ゲーム時代でも見たことが無かった地下5階へと直通で行ける入口であり、今後、重宝される事になるかも知れないな。
まぁ、その前になんとか地上へと帰らなければいけないわけなんだが。
「えーと、そろそろだと思うんだがなぁ………」
実はこのダンジョンの深層部には、特殊な効果がある場所があった。
「あれ? ここ魔法が使えない………?」
クリスが先程自分の剣の鞘にかけていた”灯光”の魔法が、フッとかき消えた。
その様はまさに酸素がなくなって急に消える蝋燭のようであった。
「…………ついに禁呪地域に入ったか。みんなここからは気をつけろよ。この先は、一切魔法が使えないエリアだからな」
魔法道具以外には魔法が使えない禁呪地域に俺達は進入していた。俺は背嚢から予備のカンテラと火付け道具を取り出し、迅速に火を点ける。
「あなた、こんなものまで用意していたのね」
ユリアナは俺の荷物の量を見て、呆れ半分感心半分の態度を向けてくる。
まぁ、普通の生徒はこんな本格的な冒険者装備なんて持ってこないだろうし、今回のお遊びのような研修では普通なら必要がなかったであろう。
だが、俺は経験則として知っている。
ダンジョンではいつどこで何が起こるか分からないのだ。
俺は過去、修行のために数多くのダンジョンを踏破してきた。
そしてその中で何度も死の恐怖を味わっていたのだった。
ダンジョンでは準備しておいてし過ぎることはないという格言がある。
備えあれば憂いはないのだ。
そんなこんなで禁呪地域に入ってから暫く経った頃、俺達の行く手を立ちふさがるように小さな影が3体現れた。
「チッ。こんな所でロックモンスターどもか」
ロックモンスターの見た目は小型の石ゴーレムだが、コイツらは立派なモンスターだ。
因みにこのモンスター、土の精霊の死骸とも野生化したホムンクルスとも言われているが、本当の出自ははっきりしていなかったりする。
「魔法が使えないからな。エドワードはさっき渡したクロスボウを使え。クリスは剣を。ユリアナはカンテラで照明係をよろしく頼む!」
そう言いすてて、俺は手近な1体に向かって駆け出す。
「ギギギギィィィィッ!」
奇っ怪な掛け声をあげてこちらに石の拳を振り上げてくるロックモンスター。
当たれば相当痛いだろうが、直線的で単純な攻撃のため俺は難なく躱す。
「お返しだ!」
俺は愛用の短剣をロックモンスターの腰関節部の隙間にねじ込み、即座にハンマーで叩くように鋼鉄が仕込んである頑丈なブーツをその柄に撃ち込んだ。
バキンッ!
楔を使って石を割る要領で、ロックモンスターの腰部を切断した。
「ギギギ!?」
バランスを喪ってもんどり打って地面に倒れるロックモンスター。これでこいつにはもう大した戦闘力は残っておるまい。
俺は急いで次の獲物を探す。
「アルくん! こいつ、硬いよ!」
クリスはロックモンスターの頑丈さに辟易しつつも、剣の腹を使ってロックモンスターの攻撃を見事に反らしている。
ただし基本的にロックモンスターのような鉱物系のモンスターと剣は相性が悪い。
それが充分に分かっているクリスは、あくまでも時間稼ぎに切り替えているのだった。
「泣き言は要らん! もうちょっとの間そいつを抑えておいてくれ、クリス!」
「おっけー、頼まれた!」
にやりと男前に笑うクリス。こいつはやはり頼りになるな。
「あ、アルベルト氏ぃ〜! お喋りはいいからヘルプ! こっちをヘルプだぜぇ〜!」
エドワードが必死になって3体目のロックモンスターから逃げ回っている。
エドワードに渡していたクロスボウには、一発限りの”爆裂”の魔法が組み込まれていた矢が装填されていたため、モンスターの胴体に撃ち込めれば一発で勝負が決する手筈だったのだが、中々作戦通りにはいかないものだな。
「ギギギギィィィィッ!!」
心なしか怒りを感じるニュアンスで、ロックモンスターが奇声をエドワードにぶつけながら、硬そうなその石の拳をエドワードに叩きつける。
どうやら矢の当たりどころが悪く、頭の左半分と、左肩に損傷を与えていたため、中途半端なダメージが更にロックモンスターをヒートアップさせているようだった。
「拙者はまだ、し、死ねないのだぜぇ〜!」
咄嗟にクロスボウを盾にするエドワード。
バキッ!
「痛って〜ッ!」
威力を殺しきれず、後方へと吹っ飛ぶエドワード。貴重なクロスボウを盾代りにしやがって。
まぁ、その甲斐あって、痛がっている割にはエドワードには大してダメージは入ってなさそうだ。……クロスボウの方はお釈迦様になってしまったが。
「隙ありッ!」
俺は3体目の死角から接近すると、スライディングで相手の脚の裏を蹴りつけ、敵を転倒させる。
そして直ぐ様、クロスボウの攻撃で壊れかかっていた頭部と左腕をブーツで踏んで完全に破壊するのだった。
───あとはもう事後処理に過ぎず、3体目のコアを叩いたあとはクリスが受け持っていた2体目もクリスと一緒に叩き、最後は上半身と下半身に分かれてジタバタと藻掻いていた最初の敵を処分するだけだった。
「ふぅ……。やっと終わったね」
クリスが疲れた顔をして地面に座り込んでいる。座っていながらもその所作は中々に美しい。
一方、エドワードの方は喋る気力もないらしく、グッタリと地面に横たわっていた。こちらはまるでトドだな。
「皆さん、私のせいで本当にごめんなさい」
ユリアナが責任を感じているのか、弱々しくこちらに謝ってくる。
見た目は大きくて強そうなのに、実際には心も身体も弱いのはゲーム時代と一緒だな。
そういやユリアナの末路ってなんだったかな。
自分の事は結構思い出したが、ユリアナの事となると俺の重大イベント以降については大して関心を持っていなかったから印象に残ってないんだよなぁ。
確か、政略結婚か何かさせられて国から追放だったような記憶があるが。
「今回の件はただの事故だ。あまり気にするな」
「ですが…………」
「俺はお前の護衛だからな。お前を護るのは当然だ」
とりあえずゲームの展開を考えても、こいつに勝手に死なれては俺が困る。
「貴方は本当に私の騎士様のようですね……」
どこか縋るようなニュアンスを感じて思わずまじまじとユリアナを見てしまう。
「……どうかな。俺は俺の都合であんたを助けているだけだ。あんたが気に病むようなことなんて、特にないよ」
俺は突き放すようにユリアナに言った。こいつは俺と同じく悪役令嬢だ。
今んとこは特に悪役らしいところがないような気もしたが、ゲーム展開的にどこかで敵になるのかもしれない。
だから必要以上にこいつと馴れ合うのは厳禁だ。
「さて、休憩はもう充分だろう。そろそろ目指すゴールだ。みんな気を引き締めていけよ」
俺は周りの仲間に声をかけると、休憩を切り上げて目的地へと向かうのだった。




