野外迷宮研修へようこそ
「ぐぉぉぉぉ……アルベルト氏、拙者のライフはすでにゼロでござるよぉ〜……」
クラスの悪友であるエドワードは、その重くて大きな身体を硬く冷たい地面にオットセイのように横たえたまま、無様にゼーゼーと息を荒げている。
「おいエドワード、まだ全然ダンジョンを進んでねぇよ。
クリスを見ろ。お前と違ってまだまだあんなに元気だぞ」
俺は手に持っていた魔道具の灯りを、横道の奥で何か作業をしているクリスの方へと照らした。
「アルくん! この宝箱って罠が仕掛けられているのかな? どうやって判別するのかちょっと私に教えてよ!」
好奇心いっぱいのクリスは、小振りな宝箱を両手で大事そうに抱えながら、パタパタとこちらに駆け寄ってくる。
「って、クリス! そういうのに迂闊に触るなッ! 大体その手の小型のヤツは───」
ガコーン!
「ああいう感じに設置してある床の方に罠がついているんだよ!」
俺は宝箱が置いてあった場所から吹き出す白いガスを見つめながら、周りのメンツに淡々と解説を行う。
「ちょ、ちょっとアルベルトさん! 何冷静に説明しているんですか! なんとかしてください!」
俺の後ろで樽姫が、普段の冷静さをかなぐり捨てて、甲高い声を上げている。こいつ、声だけ聞いていると結構かわいいのな。
「あ、アルくん! これ本当にヤバいんじゃない?!」
通路に充満し始める煙に、クリスもちょっと慌て始めているな。
「安心しろ。こういう仕掛けはもう一度宝箱を元の位置に戻せば、大抵問題が解決するんだよ」
俺は得意気にクリスへと解説すると、過去のダンジョン探索の経験を生かし、”念動”の魔法を使って、遠隔で先程クリスが持って来た小さな宝箱を元の位置へと戻した。
ガタ……
プシャ───ッッ!!
宝箱を戻したら、何故かガスの勢いが増した。
「総員、通路をダッシュだァァッ!!」
俺は全速力で罠から離れる!
「アルベルト氏ィィッ! 置いていくなでござるヨォォォ!」「ちょっ、アルくん!!」「ま、待ちなさいなッ!」
俺の後を追って、全力で駆けてくる仲間達。
嗚呼、何でこんな事態になってしまったのか。
それを説明するには、話を半日ほど前まで遡らなければならないだろう。
─────
「「やがいめいきゅうけんしゅう?」」
俺とクリスの声が見事にハモる。
「そうだぜい。むふぅ〜、アルベルト氏ぃ。どんな内容か教えてほしいかな〜?」
今日の授業についてドヤ顔で話すエドワード。正直、殴りたい。
「まぁまぁ、アルくん。……で、エドワードくん、その野外迷宮研修って何なんだい?」
「むふぅ。それはでござるなぁ〜───」
エドワードが延々と脱線しながら説明をする。
余りに話が長いので簡単に要約すると、野外迷宮研修とは3クラス合同で行うダンジョン探索の入門研修みたいだ。
学園が管理しているすでに探索済みの安全なダンジョンに学生だけで挑み、実践的なダンジョン探索ノウハウを得ることを目的とする研修とのことだ。
探索済みで安全とはいえ、当然弱いレベルのモンスターは出てきたりするので、三人一組でチームを組んで探索は行われるらしい。
地下一階からスタートして、地下三階のゴール地点まで進んだら研修終了だ。
「よし、お前達集合しろ!」
教授のシミラーさんが点呼をとっている。
「じゃあ丁度三人一組だから、いつものように私達で組めばいいかな?」
「そうでござるなぁ」
クリスとエドワードが返事を待つようにジッとこちらを見つめてくる。俺は遠くからじぃー、と何かを言いたそうに見つめている別クラスのユリアナを意図的に無視して、クリスとエドワードとトリオを組むことにした。
─────
「どういう役割分担をするでござるか?」
ダンジョンに入って暫く経った頃、エドワードが先頭をずんずんと進んでいる俺に声をかけてくる。
「こんな去勢されたダンジョンで役割分担なんていらないだろ。
いいか。ダンジョンというのは、本来はいつ致死性の罠が探索者に襲いかかってくるか分からないような、極限の環境なんだ。
そこでは人間の尊厳なんて───」
俺はここぞとばかりにダンジョン私見をエドワードに熱く語ったのだが、エドワードは半笑いで俺の熱弁を聞き流した。
「あはは、アルくん。もう1時間くらい進んだから、ちょっと休憩しようよ」
「まぁ、それもそうだな」
俺は簡易の結界を周囲に張って「え!? アルくん、それってズルにならないかな?」、地面にドカっと座った。
クリスは苦笑しながら、バックパックを地面に降ろし、中に入れて持って来ていた大きなバスケットを地面に広げた。
「えへへ〜。今日は洞窟ピクニックだって聞いていたから、私、結構気合を入れてランチを詰めてきたんだよぉ〜!」
そういうとバスケットの中から大きなサンドイッチを俺とエドワードに手渡してくる。
BLTサンドだ。
マスタードの辛さと大ぶりのベーコン、シャキシャキとしたレタスの歯ごたえが非常にマッチしていて大変に美味である。
なお、便宜上レタスと言っているが、正式名称は別にあったりするのだが、俺はそんな細かい事は気にしないのだ。
「私、こういった野外でサンドイッチ食べるの好きなんだよねぇ。屋内で食べるより美味しく感じるしね!」
「ここも広義には屋内のような気もするが……まぁいいか」
身体を動かした後にとる食事は大体美味しいのだ。
「さて、お腹も膨らんだし、さっさと課題を──」
「キャァァァァァッッ!!」
俺達がのんびりと昼食をとっていたとき、前方から絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。
「ッッ!? アルくんッ!!」
「分かってる! 行くぞ、クリスッ!!」
「うんッ!」
俺とクリスは、以心伝心でその悲鳴が聞こえてきた方へ走り出した。
「……あれぇ〜?
アルベルト氏、クリス氏ぃ〜。拙者には声をかけないのぉ〜?」
遥か後方より、エドワードの間延びした疑問の声が聞こえてきた。
説明が面倒くさかったので、俺はその疑問を黙殺した。




