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僅差

「うぉぉぉぉぉっ!!」


「ぬぅぅぅぅぅっ!!」


 俺と聖騎士(ディミトリ)は咆哮をあげながら拳と短刀(ダガー)、それぞれの獲物を交錯しあう。


「ぐうぅぅぅぅっ! なんと面妖なる剣術よ! お主のナイフをしかと受け止めているにもかかわらず、それがしに傷を与えてくるとは!」


「俺の剣術は獲物がナイフだろうと普通は相手を(なます)に斬れるんだが、どんだけデタラメな身体してるんだよ、お前ッ!

 大人しく輪切りになっとけッ!!」


 俺の剣術は基本的にどんなに硬い装甲に覆われていてもその内部をバターのように斬り裂けるのだが、女神の加護に護られたディミトリの聖拳は、俺の剣術を持ってしても斬り飛ばす事ができなかった。


「ふはは! 女神の恩寵によってそれがしの肉体の再生力は大幅に増しておるのだよ!」


「クソがッ! だったらその加護ごとぶった切ってやるッ!」


 剣の技倆では僅かに俺の方が上か。

 だが、ディミトリには厄介な回復能力があった。

 そのため決定打を通しにくく、中々決着をつけることができなかった。


─────


(なんという恐ろしき男よ……)


 ディミトリはもう何度目か分からない斬撃を身体に受けて、強制的に回復術式を発動させる。


 おそらく自分とアルベルトとの接近戦の技倆の差は僅かだろう。


 にもかかわらず、ディミトリの一撃は奇襲による先程の攻撃も含め、ただの一度もアルベルトに届かせることができなかった。


(一体この差はなんであろうか)


 すでにディミトリの中では、エクスバーツ共和国の艦隊を葬り去った謎の実力者の正体は、この目の前にいる正体不明の化け物で間違いないと確信していた。


 一見互角に見えるこの勝負。だがこの目の前の化け物は、剣の技倆こそこちらに開示しているものの、その魔法の実力は極力見せないようにしているのであった。


(まったくもって恐れ入る。おそらくこの男の実力は、我等が団長に比肩するのではなかろうか)


 ディミトリの全力の拳に対して、真っ向から受けて立つアルベルト。


 その真っ直ぐな撃ち合いに、思惑はどうあれこちらとの殴り合いに付き合ってくれるアルベルトに対してディミトリは好感を持っていた。


「ずっとお主との拳の語らいを続けたいところであるが、あまりに長きに渡る語らいは、余計な邪魔者を呼び寄せるものよ。


 ……次の一撃で全てを決める。そちらも相応のモノをそれがしに見せてみよ」


 ディミトリは、そう言うと静かに独特の構えをとる。


「……ああ」


 アルベルトも軽く返事をすると、短刀(ダガー)を腰の鞘に仕舞い、居合の構えをとる。


 ジリジリとした緊張が二人の間に走る。


 一見、ただの睨み合いに見えるが、実態はお互いの鋭い剣気だけが交錯しあい、幾合にも渡るイニシアチブを巡ったフェイントの応酬が行われていた。


 一向に決着がつかない剣気の応酬に対して、ディミトリはついに強硬手段に出た。


「受けてみよ、我が奥義! ───”ナイン・スラッシュ”ッ!!」


 ディミトリの拳の間合いが濃密な殺意に埋まる。

 聖拳による9つの拳撃を同時に打ち込むことで

 防御不可にする聖拳技の極の一。


 全て同時に撃ち払う事は不可能であり、一つでも当たれば致命となる。



 だが。



 そんな打撃が目前に迫ってきても、アルベルトには気負いはなかった。


「……奥義───」


 瞬間、鞘から短刀(ダガー)の抜身が煌めく。


「───”双月”」


 ガキィィィィィンッ!!


 アルベルトの短刀が粉々になる。だがそれと引き換えに、9つの拳撃が彼に到達する前に、その中央部をこじ開ける。


(だが、それでどうするッ!?)


 瞬間、ディミトリは勝利を確信した。


 アルベルトの短刀により、聖拳のいくつかが弾かれたところで、魔法により同時(・・)に存在しているその他の拳は健在なのだ。


(それがしの勝ちであるッ!)


 ディミトリは勝利を確信した。

 だが、その時。彼は見てしまった。


(……ての……ひら?)


 拳撃がアルベルトに届く前の刹那の瞬間。こじ開けられた拳撃の中央部から、短刀の柄を握った方とは反対側のアルベルトの腕がするすると伸びてくる。


 そしてそれがディミトリの頭部に触れたと思った瞬間、ディミトリの身体は彼の意思に反してくず折れるのであった。


─────


 ドサッッ!


「な、なぜだッ!? う、動けぬッ!!」


 倒れ込んだディミトリが、地面に倒れ伏したまま驚愕に目を見開いている。


「無駄だ。それは傷ではないから回復魔法でも回復しねぇよ」


 奥義”双月”。左右の獲物を同箇所に撃ち込む技だ。今回は短刀と俺の拳を同時に撃ち込んだのだが、なぜただの拳の一撃でディミトリが倒れ伏したのか。


 まぁ簡単にタネを明かすと、俺はこいつの平衡感覚を奪ったのだ。


 こいつは今、頭部の平衡器官を強烈に揺さぶられており、地面の上にまともに立つことができない状態となっていた。


 回復魔法は、傷跡を残さずに塞いだり、血液の補充などはできるが、健常な状態から少しだけ逸脱している程度の、ちょっとした(・・・・・・)器官の異常については対応してくれない。

 なぜならば、そのような状態はちょっとの時間をおけば自然に回復できるからだ。


 俺のこの攻撃は、ある意味でその隙間をついた技巧技であったが、案外高レベルの戦巧者(エクスペルテン)同士の戦いでは、こういった地味な技の方が勝敗の決め手になったりするのであった。


 俺が物思いに耽っていると、身体の感覚を取り戻したディミトリがゆっくりと身体を起き上がらせていた。


「…………今の技は?」


「わざわざ親切に手の内を相手に晒すかよ」


 俺の悪態を聞き、思わず苦笑するディミトリ。


「済まぬ。それがしはお主を襲った者であったのだったな。途中から普通に稽古をするような気持ちになっておったわ」


 そう言うと呵呵と笑うディミトリ。本当に調子が狂うヤツだな。


「……さて。それがしの用事は粗方済んだ。お主は正当なる勝者だ。それがしの処遇をどうするか、お主に任せよう」


 そう言って瞑目し、泰然と正座するディミトリ。


 その姿に俺は苦笑してしまう。


「どうせお前の本当の用事とか言うつもりはないんだろ? だったらこれ以降そっちから襲って来ないなら俺からは特に言うことはねぇよ」


 俺のそんなつっけんどんな返事に対して、ディミトリは一瞬キョトンとし、次いでニィっと笑う。


「甘い……と言いたいところであるが、正しく力を持つ者はこのような度量を持っているものなのであろうな。此度はありがたく、その申し出に縋ろう」


 そう言って、ディミトリはヒョイと立ち上がると、くるりとこちらに背を向ける。


「最後に一つ忠告を。我等が”聖女”が言うには、世界に混乱の予兆があるにもかかわらず、女神達の神託が届いていないそうだ。

 これが何を意味するかそれがしには分からぬが、お主も用心しておくがよい」


 それだけ言うと、ディミトリは大きな背中をこちらに見せたまま、森の奥へと歩いていった。


 ”聖女”の予言。女神の神託。


 俺の知らない何かの蠢動(しゅんどう)を予感し、俺は一人沈みゆく太陽を睨みつけるのであった。


─────


(話には聞いていたけれど、本当に恐ろしいわね……)


 目の前で行われた戦闘のほとんどを、ユリアナは知覚する事ができなかった。


 彼女の知識では、聖騎士という存在は、ラ・ゼルカの切り札的存在だったと記憶していた。


 それをまさかただの学生が一蹴してしまうとは、夢にも思わなかった。


(怖い)


 思わず大切なネックレスをぎゅっと握りしめる。


 本音を言えば、こんな化け物達には絡まずに素直に逃げ出したかった。しかし、大切なあの方から託された仕事を放棄するわけにはいかなかったため、心の震えを押し隠し、彼女は化け物達の戦闘を見届けたのだった。


(──様。どうか私に勇気を)


 彼女は親愛なる大切なあの方の名前を呟く。


(この者の化けの皮、なんとしてでも剥がしてみせます)


 彼女は一人、決意を固めたのだった。

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