聖騎士ディミトリ・シャフタール
「……あんたみたいな化物に指名されるほど、俺にはラ・ゼルカとの縁がないと思うんだがね」
俺はラ・ゼルカ聖王国の聖騎士ディミトリ・シャフタールの出方が読めなかったため、とりあえず知らぬ存ぜぬを決め込む事にした。
「お主の言葉に一理あることを認めよう。実はそれがしがこの学園にいるのは、本当のところお主とはあまり関係がないのだ。
お主を待っていたのは、情報部よりもたらされた情報の真偽を念の為に確認するためよ」
「……どういうこった?」
ディミトリが言っている事がまるで分からん。
「情報部の見解では、お主がエクスバーツの事件に関わった可能性が低い、という結論であった。
それがしはその結論を最終確認するために、お主を直接見ようと思ったわけよ」
そういってニヤリと嗤うディミトリ。
「おいおい。だったら俺の相手をするなんて時間の無駄そのものだろうが。
そっちの優秀な情報部を信じないで、俺みたいな弱っちいヤツの相手をするのは、正直意味がないと思うぞ」
俺はなんとか手合わせを回避しようと、ディミトリに説得を試みる。
するとディミトリは一瞬キョトンとした後、大声を上げて哄笑するのだった。
「ふは、ふははははっ! お主、謙遜も過ぎると嫌味であるぞ!
お主が弱い? 確かに未熟な者がそなたを見れば騙されるであろうな。……だが舐めるな。それがしは護国の盾、聖騎士だぞ? 相手が強いか弱いかを見極める判断を間違えるものかよ」
真っ直ぐな瞳でこちらに笑みを向けるディミトリ。
「お主は強い。それも、それがしにも強さが読みきれぬ程の強者よ。そんな相手を前にして、手合わせを避ける事なぞ武人がすることか」
こいつはバカだ。
極めつけの戦闘バカそのものだ。
「俺が強いか弱いかは判らねぇが、エクスバーツの話とかそんな国家機密に関係ありそうな情報をペラペラと俺に喋って良いのかよ。それだけでも外交問題になるんじゃないのか?」
俺はジリジリとユリアナを庇う位置に移動しながら返事を返す。
「ああ、それがしはそちらの麗しきお嬢さんには興味がない。ご令嬢、去るがよいぞ」
麗しきって、こいつの目は節穴か。まぁ、樽姫を庇いながらこの化物に対応するのは正直しんどそうだし、渡りに船だな。
「いえ、私は残るわ。護衛を信用しておりますもの」
「はははッ、そうであるか! 斯様な期待を受けるとは、騎士冥利に尽きるというものだな、お主!」
なんでだよっ! さっさと逃げろよ、樽姫ッ!
俺は渋面を作りながらディミトリと対峙する。
さっさとユリアナが逃げてくれれば俺もディミトリを適当にあしらって逃げれるのだが、ユリアナに監視されるとなるとそれも難しい。
ユリアナにもディミトリにもなるべくこちらの手の内を曝すのを避けて、かつ、ディミトリを斥けなければならない。
中々の難易度だが、やるしかないな。
「む! 素手、であるか?」
俺は半身となり腰を落とし、構えをとる。
一応腰には業物のナイフを付けているが、俺にはそれを抜く気がない。
「ふむ。その腰のモノを抜かぬということは…………」
急にディミトリからの圧力が上がる。
「まずはお主を本気にさせる必要がある、ということであるな」
──瞬間、目の前に神速の拳が迫っていた。
「!?」
あまりの速さに咄嗟に腕で防御しようとしたが、意思に反して身体が勝手に選んだのは、無理な姿勢からの強制的な回避運動だった。
無理な姿勢からの強引な回避だったため、身体中の筋肉が悲鳴を上げる。
鋭い痛みを無視しつつ、拳を避けきった身体はディミトリから全力で距離をとる。
「ふはは! 流石、よくぞ躱したッ!」
俺はディミトリの拳が掠った部分を見る。
ほぼ完全に回避していたにもかかわらず、何か鋭利な刃物で斬られたように、一筋の裂傷が残っていた。
そして地面を見る。
そこにはディミトリが振り下ろした拳圧によって、大きな窪みができているのであった。
とてもではないが、まともな打撃じゃない。
「それがしの拳は、”女神の恩寵”を賜った特別製でな。”聖拳エクスカリバー”。それこそが、それがしが持つ唯一無二の恩寵よ」
女神の恩寵。確かラ・ゼルカの聖騎士にのみ与えられる強力なスキルだったか。
名前から察するに、アーサー王の持つ聖剣が元ネタか。恋愛SLG”Fortune Star"のゲームデザイナーの貧困な想像力が窺えるが、その威力はふざけるなと思うほど強力だった。
「では、ラ・ゼルカ法王国聖騎士第六席次。”聖拳”のディミトリ・シャフタール。…………推して参るッ!」
爆発的な震脚音を響かせながら、こちらに一瞬で肉薄するディミトリ。
「ハァァッ!!」
「むぅぅっ!!」
ガキィィィン!
俺はその直線的なディミトリの拳に対して、鋼鉄で補強してあるブーツを使って対抗する。
僅かに痺れる脚。ディミトリの右拳を横合いから蹴りつけたが、完全に金属と同じだな。
蹴りでディミトリの体勢を僅かにずらし、身体を捻って逆の脚で首を狙う。
しかしディミトリのもう片方の拳がそれを迎え撃ち、俺の蹴りはそれを真正面からは受けず、更にその拳を踏み台にして上空で一回転して踵を相手の脳天に叩きつける。
ガッ!!
「ふはは、流石であるな! 我が拳をいなし、一撃を入れてくるとは」
「……そうかよ」
結構良い打撃が入ったと思ったのだが、相手はちっとも効いている風には見えなかった。
「休憩はもう良かろう。では続きを始めようか」
その後もディミトリとの死闘は続く。
ディミトリの聖拳だが、威力は大変強力でその拳速は脅威的ではあったものの、基本的には正統派の武闘スタイルであった。
まともにやり合うと大変だが、搦手を使えば封殺は可能だった。
俺は致命的な隙をわざとディミトリに見せて、相手の狙いを限定的な場所に仕向ける事で、ある程度先読みを作り出してその攻撃に対処する事ができた。
幾合かの拳の撃ち合いを終えると、俺達は距離をとって対峙した。
「……流石であるぞ。それがしの拳に身を曝しながら、冷徹に対応するその凄まじい技術。強者であることに驕らず、弛まぬ研鑚の賜物よな」
一つ息を吐いて構えを解くディミトリ。
「褒めてくれてありがとうよ。だが俺はエクスバーツとは関係が──」
「ああ、そのような些事はもうどうでもよいわ。それがしは今、強者と対峙している。それがしが闘う理由としては、それだけで充分だとも」
手をヒラヒラさせながら、無邪気な子供のように嗤うディミトリ。
こいつは本当に闘いそのものが大好きなんだな。
俺が技術的にディミトリを封殺しているため、ヤツが俺に勝てる要素はほとんどないはずなのに、ディミトリの態度にはまだまだ余裕があった。
ディミトリは両手をだらりとたらし、前のめりの体勢になる。
「では、それがしもギアを上げていこう。モード:獣化───起動」
ディミトリの気配が、変わった。
「!!?」
「ゴアァァァァッ!!」
変わったのは気配だけではなかった。
今まで相手の攻撃をフェイントできていたものが、全く通用しなくなった。
ディミトリの動きはより直線的に。だがその速度はより素早く。
ディミトリが俺の攻撃を避ける動きは肉食獣さながらであり、死角からの攻撃も初めから分かっているかのように避けてみせた。
明らかに常軌を逸した動き。
それでも俺は持てる体術を駆使してディミトリの両手から繰り出される聖拳をいなし、躱し続ける。
「うははははっ!! 素晴らしい、素晴らしいぞッ!!」
だが休むことなく続く獣の猛攻に、俺は段々と防戦一方に追い詰められていった。
「こ、な、くそぉぉぉッ!!」
俺はジリ貧を避けるため、強引にディミトリに仕掛ける。
ディミトリの右拳をハイキックで無理やり軌道を逸らし、たたらを踏んだディミトリの懐に素早く潜り込むと、己が拳に風魔法を纏わせてゼロ距離でディミトリに撃ち込んだ。
バシィィィッ!!
(やったかッ!?)
起死回生の一撃を放った俺の拳は、会心の当たりに思えた。
が、しかし。拳を撃ちきって姿勢を崩した俺に対し、何事もなかったようにディミトリの両拳が襲いかかる。
ディミトリの右拳の一撃を、腹筋の力だけで上半身を強引に逸らし、躱す。
ディミトリの左拳の一撃を、無理な姿勢でブーツで蹴りつけて避ける。
だがここでいつもと違う動きがディミトリにあった。
左脚の攻撃が、俺の視界の隅に映ったのだ。
ガキィィィン!!
気がついたら、俺は逆手で鞘からナイフを抜き、ディミトリの蹴りを受け止めていた。
「我が奇策通用せず、か。だがしかし、ようやくそれを鞘から抜いてくれたな」
犬歯を剥き出しにして、野生動物のように獰猛に嗤うディミトリ。
俺もその嗤いに応じて嗤う。
「よくも俺にこいつを抜かせやがったな。隠すのはもう止めだ。たとえ死んでも怨むんじゃねぇぞ」
「ははは良き眼だ。それがしは戦場において矢折れ力尽き斃れる事なぞ端から承知の上で戦っておるよ」
俺もディミトリの打てば響く返答に思わずニンマリとしてしまう。
つくづく救えない。滾る血を抑える事ができない。ディミトリだけじゃない。俺も十分に戦闘狂という事か。
「では、行くぞッ!!」
「応ッ!!」
俺は手にナイフを構え、轟音を響かせながら地面を蹴った───




