慣れない仕事
悪役令嬢の身辺警護を始めて早1週間。
「アルベルトさん、行きますわよ」
「…………ええ」
俺は早くもゲーム通りに行動しようとした己の浅はかさを激しく後悔していた。
今日はシュガーコート家の派閥に属する中堅貴族の令嬢達を集めたお茶会の日だった。
「遅れてごめんなさいね」
ユリアナと一緒に集会室に入ると、すでに集まっていた令嬢達からの視線を一身に浴びた。
《あなたがなぜここに?》
視線の問いはそんな内容だろう。
サルト家は一応シュガーコート家の派閥に属してはいるものの、親父殿が宰相になって以降はこの派閥とは距離を置いていた。
特に俺はシュガーコート家の敵対派閥であるローティス家の令嬢であるフェリシアと婚約していたため、これまで全くシュガーコート家の派閥連中とは付き合ってこなかったのだ。
さらに俺は庶民のクリスやエドワードらと親しく付き合っていたため、貴族至上主義者が多いシュガーコートの派閥の面々からは変わり者という扱いだった。
そんな俺が、いきなりユリアナに付き合わされて会合に出席する事となったため、逆に派閥の中堅貴族の令嬢達は面食らっていたのである。
「ユリアナ様、少しよろしいでしょうか」
俺はユリアナに声をかける。
「今日集まった面々は麗しき令嬢達ばかりだ。俺のような武骨者は外で控えているのが相応しいでしょう」
居心地の悪さを感じた俺は、ユリアナに退席を願い出る。
しかしそれに対してユリアナは不思議そうに返答する。
「あなた私の護衛ですよね? だったらここに居ないと役目が果たせないでしょ?」
正論ではあるが空気読めよ樽姫。周りの女共は微妙な空気だぞ。
「では皆さん、お茶にしましょう」
ユリアナは白けた空気を気にせずに巨体を揺すって微笑み、派閥の令嬢達に声をかけていた。
─────
「あれ、アルくん?」「アルベルト氏、そちらの方は誰ぞ?」
白々としたおべっかが飛び交う長いお茶会が終わり、辟易した気分を引きずりながら樽姫と共に廊下を歩いていると、偶然にもクリスとエドワードに遭遇した。
「よう、クリス、エドワード。こちらは俺の家の主筋にあたるシュガーコート公爵家の方だ。
……んでお前達は一体、どこに向かっているんだ?」
俺は気軽な感じでクリス達に挨拶して、樽姫を紹介した。
「はじめまして、シュガーコートさん。
……で、アルくん。私達はこれから食堂で夕ご飯を食べようと思っているんだ。アルくんも一緒に来るかい?」
これから飯か。俺は先程のお茶会のせいであまり食欲がない。
「すまんが今はあまり食欲がないんだ。また今度誘ってくれ」
「うん、また今度ね。……それと、夜になったら約束通りに談話室へ来てよね!」
「それも分かっているよ。じゃあまた後でな」
「うん、バイバイ!」
俺は鷹揚に手を振ってクリス達と別れる。貴族用の寮に樽姫をエスコートするまでは、俺の護衛の仕事が終わらないのだ。
「非常に気安い感じでしたが、さっきの方々はどなただったのかしら」
しばらく無言で歩き、建物の外に出て、寮へと向かう道すがら。突然に樽姫が俺に質問してきた。
「えーとさっきの連中ですけれど、俺のクラスでの友人であるクリスとエドワードです。そう言えば、ユリアナ様は2人とは会ったことがなかったですよね」
「ええ、初めて会ったわね。……ただちょっと留学前に向こうで知り合った人とよく似ていたから、少し驚いただけよ」
「ああ、なるほど。そういう理由ですか」
ユリアナはそう言いつつも、クリス達には特段の興味はなさそうだった。
ゲームの中での樽姫は、エクスバーツ共和国の野望を打ち破り一躍時の人となっていたゲーム主人公のクリス達に事ある毎に突っかかっていく役どころであった。
しかしながら、今回の役どころではエクスバーツ共和国の野望を打ち破った相手が不明となっているために、彼女はあまりクリス達に興味がなさそうだった。
「では行きましょうか」
寮に向かい、スタスタと歩みを進める樽姫。俺は慌てて後を追う。
学園の敷地が広いため、ここから寮まではそれなりの距離がある。
そして木々に覆われた道には死角もそれなりにあるため、ここだけは一応真面目に警護しているのだった。
「ユリアナ様。あまり先行しないでください」
俺は早足でユリアナを追う。
ふと鋭い視線を感じ道の先を見ると、見知らぬ男子生徒が道の真ん中で胡座をかいて座っていた。
そう言えば、新学期になったタイミングで、それなりの人数の学生が転入、転出していたな。
悪役令嬢もゲームではエクスバーツ共和国の実質的なスパイだったわけだし、転入生の中にはミモミケ獣人帝国やラ・ゼルカ法王国のスパイなんかもおそらく入ってきているんだろうな。
国家間のコンゲームには巻き込まれたくないなぁと思いながら、ちらりと見知らぬ生徒を覗き見たあと、横をすり抜けるように通り過ぎようとした。
「…………待たれよ」
突然、ボソリと静止の言葉を投げかけられた。
呟いた男がゆっくりと立ち上がる。
長身の俺よりも更に長身なその男。身体はぶ厚い筋肉で覆われており、そのサイズは俺の倍くらいはありそうだ。
まさに筋肉の鎧だった。
「……アルベルト・ディ・サルト殿とお見受けいたす。
それがしはラ・ゼルカ聖王国にて聖騎士の位階を賜っている、ディミトリ・シャフタールである」
「せ、”聖騎士”ッ!?」
聖騎士とは、フレイン王国の隣国であるラ・ゼルカ聖王国において8人しか選ばれないと噂される、聖王国最大戦力にして最精鋭の騎士達の事だ。
基本的に聖女や教皇を護るためにラ・ゼルカの中央神殿を出ることがほとんどなく、こんな場所まで派遣されるのは極めて稀な出来事だろう。
しかも”聖拳”のディミトリ・シャフタールか。
ゲームではフレーバーテキストでしか出てこなかったが、ゲーム主人公達がラスボスとの最終決戦に挑む際、その道を切り拓くために、数多の敵軍団へと他の聖騎士達と共に突撃し、獅子奮迅の活躍をしたと書かれていたな。
フレーバーテキストでは僅か数行のモブ。
だが目の前の化物は、紛れも無くこの世界で最高位クラスの、戦巧者だった。
「どんなご用で?」
俺は警戒しながら、聖騎士に問いかけた。
「なに、簡単な頼みだ。それがしはお主と手合わせを頼みたいのだよ」
俺と視線を合わせたその巨漢は、澄んだ目をしてニヤリと嗤った。
Twitterにて、今話題のPicrewの「あの子がこっちを見ている」で作成した主要キャラ達の画像を公開しています。
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