閑話 私のお兄さまは世界一素敵です(6)
「んぎぎぎぎ! クリスさん、さっさとこの馬鹿力を緩めなさいなっ!」
「だ、ダメだよサキさん! だって今離したら、絶対にアルくんのところに乗り込むつもりじゃないか!」
湯けむり漂う風呂場にて、2人の問答が響き渡る。
お互い一糸纏わぬ姿にて、サキは必死の形相で、クリスの羽交い締めから抜け出そうと躍起になっていた。
そしてクリスの方は、そうはさせじとサキの拘束を続けるのだった。
「当たり前でしょ!? ご主人様の”はじめて”が風前の灯なのですから! 私が助けないで、一体誰がご主人様の”はじめて”を助けると言うのですか!」
「また訳のわからないことを言っちゃって! 今はアルくんとサリュちゃんが、長年すれ違っていた兄妹愛を再確認している真っ最中なんだから、私達が邪魔しちゃダメなんだよっ!」
クリスにはサキの焦燥がさっぱり理解できなかった。
ただ直感的に、必死になって兄妹二人の交友を邪魔しようとしているだけに思えたのだった。
「この、お馬鹿さん! あの子はそんな兄妹愛とかが目的で、ご主人様に近づいているのではないのですよ!」
クリスは、あまりのサキの剣幕に思わず素で驚いてしまった。
「……何を言っているんだい? サリュちゃんは、すっごくお兄ちゃんを慕っている、健気で可愛い良い子だと思うよっ!」
兄妹で慕うのは自然の感情だ。それにクリスは直接サリュートを見た。彼女の兄への思慕の念は本物だ。
だからそれが愛じゃないと言われると、他人事とは思えずにカチンときてしまうのであった。
「このウブな良い娘ちゃんがっ! いいですかクリスさん、よく聞きなさいなっ!」
「な、何を……?」
焦燥感溢れるサキの絶叫に、流石のクリスもちょっと気後れする。
「サリュートさんは、ご主人様に対して、これっぽっちも兄妹愛なんて抱いていないんですよ!
彼女が抱いている思いはっ! 純粋に男女の関係……つまり性的に、ご主人様を愛しているのですっ!」
「え……ええっ!?」
愛は愛でも、兄妹のそれではなく、男女の肉欲のそれ。つまり愛ある営みを希望しているのか。
クリスが自分の顔が真っ赤に火照ってしまったのを感じた。
(きょ、兄妹で裸でお風呂で…………っ!!!)
想像力豊かなクリスの脳内では、肌色成分多めのサリュートとアルベルトの濃厚な近親相姦の図が浮かび上がっている。
そこでようやくにして、クリスは自分の方こそが、勝手に2人の関係にフィルターをかけていたことに気がついてしまった。
サリュートからはちょっと兄妹愛にしては過激だなぁ〜、と思う発言がちょくちょくあったにもかかわらず、彼女自身の経験に勝手に置き換えてしまい、彼女の本質を歪めてしまったのだ。
(ま、まずい! アルくんはかなりのお人好しだから、本気でサリュちゃんにお願いされたら、うっかり彼女の希望を叶えてしまうかもしれないよ……っ!!)
「クリスさんっ!」
「ッ!」
気がついたら、すでにクリスの羽交い締めから脱出していたサキが、優雅に片手をクリスに伸ばしていた。
湯気がスッキリすると大事な所まで完全に丸見えな状況ではあったが、凛々しく立つサキの姿は、とてもサマになっていた。
「過去のしがらみは一旦横に置き、今はご主人様の下に共に向かうべきでしょう。
…………協力、していただけますよね?」
サキの真っ直ぐな眼差しを見据え、その手を握るクリス。
「…………分かった。今だけは、共に」
正直、お互いにかなり真っ黒な私欲が混じっている、とても綺麗な動機ではなかったものの、その目的は一致していたために、今だけは共闘することとなったのだった。
アルベルトの貞操を、(自分のために)護るのだ。
─────
「ん……しょ……ん……しょ」
「……………」
「ん……しょ…………あっ!」
ぽにゅん。
「…………っ」
「ご、ごめんなさいお兄様。また、足を滑らせてしまいましたわ……」
「い、いやいいんだよサリュ。そ、それよりも怪我はなかったかい?」
「だ、大丈夫です、お兄様。…………続きを始めても良いでしょうか?」
「も、もちろん大丈夫だよ、サリュ」
「それでは…………ん、しょ……ん、しょ……」
現在、風呂場にて。
俺の異母妹であるサリュが、一生懸命に俺の背中をスポンジで洗っていた。
サリュの力は弱いため、両手でスポンジを持って力いっぱい俺の背中をこすっている。
そして時々力加減を間違えて、足元を滑らしてしまい、俺にその小さな身体をぶつけてしまうのだった。
しかしそこで問題が発生した。
サリュが滑るたびに、反射的に俺へと抱きつく形になってしまうのだ。
そして密着するのは、当然サリュの正面胴体だ。何があるかは一目瞭然だ。
おっぱいである。
そして小さくとも明らかに柔らかいその胸の膨らみを、俺は嫌でも背中で意識してしまう。
(相手は妹、妹なんだぞアルベルト・ディ・サルトっ! 絶対に意識しては駄目だ!)
最初はタオル越しだった。しかし、気がつくと直接それが当たってくるようになっていた。
しかも段々とそれを当てている時間が長くなってきたようにも感じられ(偶然だと思う)、また、当たった後も焦らすように密着面を左右に動かしているようにも感じられたのだが(これも偶然だろう)、全部気のせいだろう。
サキじゃあるまいし、ウブな俺の妹が、そんな性的な真似事をするわけがないしな。
(臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前……)
俺は目を瞑り、じっと謎の精神集中を行ってこの苦行を耐える。
「…………お、お兄様」
「な、なんだい?」
暫く背中を洗っていたサリュが小声で俺に話しかけてきた。
「ま、前も洗わさせて欲しいのですけれど…………ダメ、ですか……?」
「い、いや。そこは流石に自分で…………」
すると露骨にサリュがしゅんとした雰囲気になり、声のテンションが下がる。
「……私、今まで一度も殿方の身体を洗った事がないんです。
もし、殿方の身体を洗う機会があったりした時……恥をかきたくありませんわ」
「そ、ソウダネ。で、でも男の人の身体を洗うのは特殊な場合だと思うし……」
「でも、以前社交でお話した方は、そのような機会はある、とおっしゃっておられましたわ」
え、マジかよ。俺は社交なんて親父やサリュや義理の母上に任せていて、殆ど経験がないから詳しい内情は全く分からなかった。
「じゃあ、あれだ! ち、父上あたりにお願いするというのはどうだろうか……?」
すると俺の背中からとても悲しそうな声が聞こえてきた。
「私、とても箱入りに育てられまして…………正直男の人が怖いんです。それはお父様にも言えまして……。私が唯一、怖くないと思ったのがお兄様なのです。
だから…………お兄ちゃんに、練習のお手伝いをして欲しいんだけどなぁ……」
後ろから小さな声で呟き、ぎゅう……っと抱きついてくる妹。
恥ずかしいからダメだと言いたい。だがしかし、か弱く純な心を持つ可愛い妹の頼みだし、ずっと相手をしてあげなかった負い目のある兄としては、サリュの頼みを無碍にすることができなかった。
「わ、分かったサリュ。…………最後まで協力しよう」
「本当!? あ、ありがとう、お兄ちゃんッ!!」
声に華やかさが戻り、力強く背中から抱きついてくるサリュ。正直、恥ずかしいから少しだけ裸で抱きつくのは遠慮してほしかった。
今回で閑話を終わらせるつもりでしたがダメでした。
多分次回で終わる……はず。




