閑話 私のお兄さまは世界一素敵です(5)
「うふふふふ。今日もいっぱいご主人様のお側にいませんとねぇ〜。
あ、そう言えば今の時間帯はご主人様はお風呂でしたね! ご主人様に仕える専属奴隷たる私の使命として、速やかにお背中をお洗いせねばっ!」
サキは、誰が聞いているわけでもない状況で、白々しく言い訳するかのように虚空に向かって自分が風呂場へと向かう口実を喋っていた。
サルト家の邸宅は広い。そのため、風呂場についても複数あるのだが、アルベルトはいつも決まった時間に決まった風呂場に出没するのだった。
(くくく。これはもう、ご主人様は私を誘っているに相違ないですね!)
サキは、にやりとほくそ笑む。サキの心の呟きは半分正しい。
以前、サキの突撃に辟易したアルベルトは、頻繁に自分の入る風呂場を変えていた。
しかしどんなに風呂場を変えても、サキは謎の嗅覚を発揮し、いつも必ず彼の前に現れたのだった。
そしてアルベルトとサキの終わりなき鬼ごっこは、彼らだけの問題に留まらなかった。
お互いがお互いを出し抜くために、時には強攻策に打って出てしまい、物理的にサルト家の風呂場に打撃を与えてしまうことが頻発したのである。
これを見かねたアルベルトの父親は、2人に自重するように指示。
結果、アルベルトは一つの固定された風呂場を使うようになり、サキも若干攻撃の手を緩める結果となっていたのだった。
「さてさてご主人様には、今日はどんな手を使ってスキンシップを図りましょうかねぇ〜♪」
指をワキワキと動かしながら、忍び足で風呂場へと向かうサキ。
更衣場と風呂場を仕切る木板の向こう側から、人の気配が感じられた。
(おや? 今日のご主人様は無防備ですねぇ……。ここまで近づいたのに逃げ出す気配がありません)
サキは少しだけ状況を訝しんだが、半分脳がピンク色の妄想に染まっていた今のサキには、冷静な判断力は期待できなかった。
(つまり千載一遇のチャンス、といったところですね!)
そう脳内の妄想を加速させると、サキは瞬時に獲物を狩る肉食獣もかくや、という運動能力を発揮し、一足で垣根の向こうに飛び込んでいった。
そして湯けむりのせいでほとんど視界が無い中、野生のカンだけを頼りに獲物に肉薄していく。
「よし、ご主人様捕まえましたよ! ああ〜、ご主人様スベスベぇ〜♪ とてもとても柔らかくて胸もサイズは普通ですが、張りがあって〜……って、ん?」
そこでサキは異常に気づく。
アルベルトは男だ。しかも鍛えられた戦士だ。考えてみれば、すべすべの要素も、ましてや胸が柔らかい筈がない。
サキは自分が触れている対象をまじまじと見つめる。
出会った頃に比べると大分伸びた藍色の髪。
男のフリをしていたはずなのに、フェリシアやリーゼよりも立派なサイズの胸。
「サキさん……まさかいきなり胸を滅茶苦茶に揉みしだかれるなんて想像もしてなかったよ……アルくんに一体何をするつもりだったのさ……」
顔を真っ赤にして、涙目でサキを睨んでいるのは。
サキの学校の仲間で、光魔法の使い手にして、アルベルトを取り合うライバルの一人である、クリスだった。
─────
「…………ふぅ」
湯船から溢れるお湯と大気にたゆたう湯気の景色に、俺は満足げな感想を抱く。
クリスにお願いされて、今日はいつも使っている内湯ではなく、屋敷の露天風呂を使う事になった。
この露天風呂は、数年前に俺の要望で設置したものだ。
以前は頻繁にここを利用していたのだが、その構造上、簡単にサキの侵入を許してしまい、防御面で心許ないため、近頃は利用を制限していたのだった。
(今日はクリスが全力でサキを引き留めてくれる、って話だったな)
早くもクリスに仕事をお願いして良いことがあった。これはもう特別ボーナスものの働きだろう。
そんな感じで、久しぶりに一人でのんびりと露天の湯船を満喫している時、それは起こった。
ガラガラガラ。
「へっ?」
ここの利用は広く使用人達にも開放しているが、俺のような主家の人間とかち合って気まずい思いをさせないために、俺が入る場合には入口に必ず立て札を置いていたのだが。
「こ、こんばんわ、お兄様…………」
「お、おう…………」
びっくりした。何と入ってきたのは妹のサリュだった。
長い金髪を白いタオルで包み、そのほっそりとした身体も同じ色彩のタオルで包み隠していた。
「……あ、あの……お兄様…………お隣に入っても、よろしいでしょうか…………?」
「あ、ああ……もちろん!」
サリュは軽く会釈するとタオルの上からお湯をかけて身体を軽く洗い、ゆっくりと湯船に踏み込んでくる。
「ふぅ…………」
肩まで湯に浸かったサリュを、横目でちらりと覗き込む。
色白の肌は、お湯の温かさにより仄かにピンクに色づいている。
大事な部分はタオルにしっかりと覆われているとはいえ、お湯に濡れたタオルは肌にピッタリと密着し、その細いスタイルを一層際立たせている。
サリュの母親はスレンダーなモデル体型の人だったので、あまり凹凸の発展性は乏しい気もするが、13歳という年齢の割に大人びたスタイルだと言えるだろう。
(思えば俺はずっと修行漬けだったから、あまりサリュの相手もしてやれなかったなぁ)
自分の死亡フラグ対策として、ひたすらに命がけの修行を続けた俺は、あまり家族との触れ合いが取れなかった気がする。
特に甘えたい盛りだった年少の妹は、やはり俺がいなくて寂しかったのだろうか。
(まぁ、学年末の死亡イベントさえ乗り切れば、きっと穏やかなその後が待っているだろう。
ただ、国を追放されてしまった場合、サリュの反応がちょっと気になるところだな)
「お兄様」
「…………ん?」
しまった。思考に没頭してしまっていたか。何やらサリュは、ちょっと不満そうな顔をしていた。
「悪い悪い。で、なんだい?」
そこでサリュは無言になり、俯向いたりモジモジしたりと中々言葉が出てこない。
焦らせてはいけない。俺はじっと妹の言葉を待つ。
「あ、あの……お兄様…………せ、背中を……洗わせて……貰えませんか…………?」
おずおずと訴えてくるサリュ。俺は1も2もなく首肯した。




