閑話 私のお兄さまは世界一素敵です(4)
新年明けましておめでとうございます。
今年も無理のない範囲で細々と活動を続けていきたいと思いますので、読んでくれている読者様がいましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
「うっ……うっ……お兄さまの……ばかぁ……」
私はめかしこんだ服装のまま、ベッドに突っ伏して小さく嗚咽を漏らしていた。
お気に入りの服がしわしわになってしまっているけれども、自分の心の中で荒れ狂っているドロドロとした感情の暴風に較べれば、そんなことはとてもどうでも良い些事のように感じられた。
ついほんの少し前まで、私は泣き寝入りするような弱い女ではないと息巻いて、我武者羅に食堂へと吶喊して行ったにもかかわらず、それから数刻後には物の見事に自分の心が打ち砕かれて、このように無様にも自室のベッドにて泣き寝入りをしている自分の姿に、自分自身で嘲弄したくなってきた。
食堂にて半裸のサキと抱き合っているお兄さまを偶然目撃してしまった私は、もう認めざるをえなかった。
ああ、お兄さまはすでにあの魔性の羽虫の毒牙にかかってしまっていたのだ、と。
私は悔しくて仕方がなかった。
たった数年間歳が違うだけで、どうして私はお兄さまと結ばれないのか、と。
伝え聞くところによると、私のお父様は若い頃、実の妹と恋仲と言っても過言でないほどの親密ぶりだったそうだ。
それを踏まえれば、私とお兄様が恋仲になっても何も不思議なことではないだろう。いや、結ばれて然るべきだ。
もしも私がお兄さまと同い年であったならば、きっと今頃はあの羽虫にも負けないナイスバディになって、速攻でお兄さまを悩殺できていたのに!
私は頭の中でそのストーリーを妄想する。
<妄想>
お兄さまと同い年になった私。胸も大きく膨らみ、体つきも肉感的できっとセクシーな女性になっていることだろう。
知的に眼鏡をかけた超絶美少女の私が、小悪魔的な笑みをお兄さまに向ける。
そしてそのあまりの私の美しさに思わずキョドってしまうお兄さまの顎を、私は無理やりにつまみあげて私の正面を向けさせる。そして「あなた、今私に欲情しているのでしょう?」って妖艶に言ってあげるのよっ!!
<\妄想>
「そうよ! そうなるのが必然なのだわ! それなのに……それなのにあの羽虫めぇッ……!」
私は、確度の高い近未来シミュレーションを脳内で実行した事で、弱っていた心が大分回復した。
そして今度は反転するかのように怒りの焔が心の中で燃え盛っていたのだった。
許すまじ羽虫。お兄さまを誑かす邪悪な女ギツネめがっ!
コンコンコン。
そんなふうに羽虫への怒りの焔を燃やしていたちょうどその時に、扉がノックされている事に私は気づいた。
「……誰?」
私は訝しげに扉へと声をかける。
「えーと、アルくんの学園でのクラスメイトで、クリスタベルって言うんだけど……部屋に入っても、いいかな?」
私の知らない名前ね。……そういえば玄関にてお兄さまと一緒に何人かの女性のご学友が我が家に来られたみたいだけど……その内の一人なのかしら?
「ええ、いい───」
わ、と言おうとした矢先、私は不意に、鏡に映る自分の姿を見た。
泣き崩れた影響で化粧は滲み、髪はボサボサ、服もよれよれ。今のままではマズイ。体面にかかわる。
「ちょ、ちょっと待って! 少し、待ってちょうだいな!」
しまった、どうしよう。余り待たせるのも不審に思われるし、姿を誤魔化せる幻覚の魔法みたいな難易度の高い魔法はまだ習っていないし……。
私はクローゼットを開けて暫し吟味する。そしてその中から一着を取り出す。
よし、これならイケる。
いそいそとそれを頭から被ると、私は部屋の外で待っているクリスタベル嬢へと声をかけるのだった。
─────
「……ええと、はじめましてサリュートさん。私はアルくんのクラスメイトのクリスタベルと言います」
私は、目の前のサリュちゃんをまじまじと凝視してしまった。
サリュちゃんのお兄さんのアルくんも変わったところがあったけれども、その妹さんも負けず劣らず変わった性格をしているように私には思えた。
「ええ、はじめまして。アルベルトお兄様の最愛の妹であるサリュートですわ」
全身すっぽりと、白くもこもことした分厚いローブに包まれた中から、可愛らしい声が聞こえてきた。
しかし、最愛ねぇ。
これで確信が持てた。最初、サリュちゃんはアルくんに対して酷くツンケンした態度をとっていたので、ひょっとしてアルくんの事が本当に嫌いなのかなぁと思っていたのだけれども、厨房にて色々と教えてくれたメイドさんが言っていたとおり、彼女はお兄ちゃんが大好きというのが正解なのだろう。
厨房のおばちゃんが言うには、アルくんが実家に帰ってくると聞いたとき、サリュちゃんは大層はしゃいでいたらしい。
そして直接アルくん本人に対面した時、サキさんがああいった振る舞いをしたために、そのショックで、あのようなきつい態度をアルくんに取ったのだと今なら想像できる。
(サキさんは、フェリシアさん以外の女性に対しては本当にキツいからなぁ)
サキさんは一見するとお淑やかな雰囲気なんだけれども、その本質はとても苛烈だ。
だから将来の脅威になるかもしれないサリュちゃんに対しても、大人気なく牽制を仕掛けているのだろうなぁと容易に想像がついた。
「あはは。急に押し掛けてきてごめんね。ちょっとサリュートさんとお話してみたかったから、無理やり来ちゃった。迷惑だったかな?」
「お兄様のご学友の方なのでしょう? でしたら遠慮はいりませんわ。私とはどのような話をしたかったのかしら?」
ダボダボローブを頭から引っ被った珍妙な姿とは裏腹に、気品を感じさせる優雅な口調で私へと問いかけてくるサリュちゃん。
私は一瞬、お腹に力を入れる。
「単刀直入に言うね。サリュートさん……あなた、お兄ちゃんの事が、好きでしょ?」
「! な、何のことかしら?」
とぼけるサリュちゃん。でも声が裏返っているのがある意味で答えを明白に示していた。
「隠さなくてもいいよ。馬鹿になんてしないし。……私も妹だから、なんとなく分かるんだ」
兄妹の間には親愛の情が生まれるのは普通の事だ。
それがこれまで何かしらの経緯で拗れてしまったがために、今のアルくんとサリュちゃんの関係が出来上がってしまったのだろう。
年を重ねれば兄妹はいつかは別れるもの。
それでも、誤解したまますれ違いを続けるよりも、少しでも早く相互理解を深めて、兄妹間のわだかまりを解きたいと私は願った。
──私は別離のその日まで、クリスティンの気持ちを理解できなかったのだから。
「サキさんが意地悪したお詫びに、サリュートさんとアルくんとが少しだけ打ち解けられるように協力したいと思うんだよねぇ」
私の提案に対して、暫し沈黙で答えるサリュちゃん。
「……分かりましたわ。協力……頼みますね」
そして幾ばくかの時間が過ぎた後、小さな声で私に返事をするのだった。




