エピローグ 浜辺の女神達
「──いやぁ、師匠の言ったとおりとはいえ、彼らが本当にヤマタノオロチを退けちゃうとは思わなかったなぁ〜」
フードの男の視界の先では、倒れ伏したアルベルトに取りすがるサキや、コアを破壊されてほとんど無力化していたヤマタノオロチの残骸を、神鳥が燃やしている光景等が遠目に映し出されていた。
”視力強化”の術式を使って、アルベルト達を遠くから監視していたその男は、フードを取り払いながら感心半分、呆れ半分の口調で呟いた。
フードの中から現れたのは、まだ幼さが抜けきっていない素直な印象を受ける藍色の髪の少年。
───クリスティンだった。
「……彼ならできて当然。もっとも、私があの場にいれば彼の力になってもっと楽にヤマタノオロチを倒せたと思うのだけれども」
異国情緒のある裾の長い独特の衣装に、口元をすっぽりと覆う長いマフラーを着込んだ若い絶世の美女が、クリスティンにポツリと呟く。
「あはは。やっぱり冒険者の”大物斬り”さんとしては、彼らに加勢したかったのかな?」
クリスティンは”大物斬り”こと、ソプラノ・クリューに相槌を打つ。
「……別に。すでに魂宝石の取り込めないこの身体では、もうあのような強敵と戦う意味がないですから」
ソプラノはそう言ってしなやかでほっそりとした人差し指を立てて、自分のハートを指す。
彼女はすでに自身が取り込めるギリギリまで魂宝石を吸収してしまっており、すでにその方法での能力強化はできない状態になっていた。
「あはは。師匠が言うには、ソプラノさんはもうすでに上級精霊クラスの能力らしいですよ。属性も『剣』に昇華しているので、世界で唯一の”剣”属性の上級精霊ですかね」
愉快そうにクリスティンは笑うが、ソプラノ=翡翠丸はピクリとも表情を変えない。
「どうでもいい話です」
後頭部にて無造作に束ねた長い翡翠色の髪を揺らし、翡翠丸は仲間達に介抱されているアルベルトを遠くに見やる。
その表情には、常の氷のような鉄面皮と違い、少女らしいいじらしさと切なさが浮かんでいた。
「───貴方は私の選択を責めますか? けれども例え貴方に恨まれようとも。貴方の魂だけは必ず私が護ってみせますから」
その翡翠丸の決意を込めた小さな呟きは、風に溶け込むように乗って消え失せ、誰の耳にも聞き取られることはなかった。
─────
ヤマタノオロチとの戦いからすでに数週間が経過し、夏休みもついに最終盤の時期となっていた。
「よし、クリス。その位置で……そうだ、そのポーズな!」
「あはは、アルくん。一体これにどんな意味が……?」
「次、リーゼ! ……もうちょっと手を上に──そう、そうだ! よし、いいぞ!!」
「アルベルトさん、これは一体なんの意味があるのです?」
「よし、オッケーだッ!!」
俺は周囲を見回し、その光景に一つ満足げに頷いた。
俺の目の前には、フレトでも有名な美しい湖が拡がり、その浜辺ではゲーム主人公やゲームヒロイン達が色とりどりの水着を着て謎のポーズを決めていた。
そう。俺の目の前には、恋愛ゲームのスチルのような光景が広がっていたのだった。
「──あの〜、ご主人様。一体これにはなんの意味が?」
「ちょっとアルベルト。なんで私が端っこなのよ」
サキとフェリシアがちょっと不満そうだ。
一応彼女達にもポーズを要求したが、あくまでも彼女達はサブだ。今回のシチュエーションは、主人公のクリスが、リーゼやメアリールートを選択したという想定で作り上げたのだった。
「ええい、監督である俺は今超忙しいのだ! よし、次のカット行くぞ!」
「ええぇぇぇ〜! アルくん、これまだ続けるのぉぉぉぉ!?」
「こんなん面白くないわぁ〜。サッサと泳ご!」
「大体、私がクリスさんにどうしてボディタッチしないといけないのですか! …………くっ。わ、私よりもおっぱい大きいし………」
何やら女優どもがギャーギャーとうるさいが知ったことか。俺は監督なんだ。良いシーンを撮るのが俺の役目なんだぜ───
段々と、夏休み当初の目的であった、クリスとリーゼ&メアリーの仲を進展させて、彼女達のルートを開拓しようというコンセプトからズレていき、良い画を撮る事そのものが目的化しつつあった丁度その時、遠くから俺達を呼ぶ声が聞こえてきた。
「アルベルトさぁ〜ん! もう出歩いても大丈なのですかぁ〜!?」
「あ、オトハ……じゃなくてククリ姫」
サキの親戚筋である事が発覚したククリ姫が、部下を連れて猛ダッシュで近づいてきたのだった。
「今まで通りオトハで良いですよ。あと、何か面白そうな事をしてますね! 私も混ぜてくださいな!」
屈託のない笑顔で接してくるオトハ。ヤマタノオロチを撃退した後、一番の劇的な変化は、フレトにおけるオトハの扱いの変化だった。
フレトを支配しようとしていたツクグが倒れた事で、これまで日和見を決め込んでいた勢力が一気に反ツクグ側に結集し(どうやらくノ一のアザミさん達が裏で頑張ったようだ)、混乱していたツクグ派を一気に倒してしまった。
そして幽閉されていた藩王が救出されて、ようやくフレト国内の安定が取り戻されたのだった。
なお、その反ツクグ側の神輿であったククリ姫の役は、当初のニセモノであったサキからしれっと本物のオトハに替わり、事なきを得たのであった。
その後、オトハと彼女の父親である藩王は無事対面を果たし、藩王は、オトハを一目見た瞬間に号泣し、すぐに彼女こそは紛う事なき実の娘であり、自分の唯一の後継者であると内外に宣言したのであった。
余談だが、散々今回の事態に加担した俺達ではあったが、あくまでも俺達は、サルト伯爵の名代としてイラト領内を巡視中という立場を維持していた。
それを逆手に取って俺達は、盛んに国に留まってほしいと熱いラブコールを送ってくるフレトの連中を躱しきり、なんとか帰国の段取りを取り付けたのが今から3日前の出来事であり、今日はその帰国前日だったのだ。
「それでアルベルトさん。お願いしていた件はいかがでしょうか?」
オトハの言葉で俺は現実に引き戻される。彼女は真っ直ぐな視線をこちらに向けてきていた。
オトハが以前から俺にお願いしていた件。それは───
「……俺の答えは変わらん。お前との結婚は、NOだ」
彼女のお願い。それは俺との結婚のお願いだった。
「こういった言い方は下世話かもしれませんが、私との結婚は、アルベルトさんにとって多くのメリットがあるかと思います。それでも頑なにNOとおっしゃるのですか?」
確かにオトハと結婚すれば、サルト家と国境を接しているフレト藩王国との結びつきが強固になり、伯爵家としても多くのメリットがあるだろう。
彼女自身もサキと同じく超がつく美少女であり、亜人である事を差し引きしても相当な優良物件だ。
そんな相手であるが、俺の決心は変わらない。なぜならば───
「あのなぁ。お前まだまだガキんちょだろうが。そう言った大人みたいな真似事は、もちっと色々と大きくなってから言いやがれ」
そう言って俺は、オトハの慎ましやかな胸に無造作に手を伸ばしてぽん、と叩く。
「わひゃあっ!」
顔を真っ赤にして飛びのくオトハ。周りでオロオロしている取り巻き達。
そんな姿を見て、俺は歯を見せてニカッと笑う。
「お前はもちっと世の中の勉強をしろ。そんで俺みたいなモブなんかよりももっとマシな男を見繕えよな!」
死亡フラグがついてまわる半端者な俺よりも、これからの彼女には彼女の身分に釣り合った良い縁談が飛ぶように舞い込むだろう。
それを想像すると眩しいものがある。
俺は唐突に自分の腹違いの妹の事を思い出した。多分妹が結婚する時もきっとこんな気分を味わうんだろうなぁ、とちょっと思った。
あと、本当にどうでも良い話だが、俺の親父は俺が生まれる前に死んだ叔母さん(親父の妹)を溺愛していたらしい。シスコンは遺伝かもしれん。
「…………お兄さんよりも良い人なんて見つかりっこないのに…………」
「ん? どうした?」
「な、なんでもないですよぉ〜だっ! 私も泳ぎますから!」
そう言って羽織物を脱ぐオトハ。俺は一瞬彼女が裸になるのかとギョッとしたが、きちんと中に水着を着込んでいた。
ちょっとだけ残念だったのは内緒だ。
「あ、オトハちゃんも泳ぐんだね!」
「ダメよ、クリス。これからはオトハさんではなく、ククリ姫と呼ばないと」
「あまり気にしないでください!」
そう言って少女達はわちゃわちゃと海水浴を楽しんでいた。
当初のイベント再現は有耶無耶な状況になってしまったが、みんな楽しそうだし、まぁ、問題はないだろう。
《人間の戦士よ》
みんなと遊んでいるフェリシアから離れ、神鳥がこちらに近づいてきた。
「ん、どうした?」
ヤマタノオロチ討伐と引き換えにてっきり神鳥は精霊界に帰るとばかり思っていたのだが、事前の予測と異なり力を全て使い切らずにヤマタノオロチを討滅できたため、まだしばらくは地上世界に留まれるとの事だ。
《此度のヤマタノオロチ復活の件、一介の人間レベルでは不可能な気がするのだ。おそらく何かしらの力の関与を我は感ずる》
ひょっとして神鳥はラスボスの事を知っているのか?
「なぁ、神鳥。お前は”時の女神”って知っているか?」
《……いや、残念ながら心当たりがない。それはどの女神を指すのだ?》
どうやら神鳥は”七人目”の女神に心当たりはないらしい。
「……いや。俺の単なる勘違いだったわ」
《…………そうか》
それきり沈黙が流れる。
別に神鳥にラスボスの事を話しても良いような気もしたのだが、それを話すとなぜ俺がその事を知っているのかという話題になってしまい、今後のゲーム展開が破綻する気がしたため、俺は誤魔化す事にした。
自分の小心が恨めしいぜ。
「ご主人様ぁ〜! こっちで一緒に遊びましょう!」
遠くからサキのお誘いがかかる。色々と考えなければならない事があるが、一先ず全部横に放り投げよう。
「よし。今、行くぞ!」
2学期以降は本格的に俺の死亡フラグが動き出す。
俺の死亡フラグに直結する新キャラが登場したりもするが、今から考えても仕方がない。
とりあえずはイラトとフレトの民が殺し合う状況を阻止できた事は間違いないので、それだけは絶対に夏休みを潰した甲斐があったと思うのだった。
「ご主人様」
いつの間にか近づいていたサキが、俺に声をかけてくる。
「私は今、幸せですから。それだけは覚えておいてくださいね」
無邪気ににっこりと笑うサキを見て、俺はとりあえずここにみんなを連れてきて良かったなぁと、思うのだった。
【学園夏休み編・完】
今回は色々と反省の多い章でした。
今後のスケジュールですが、従前のとおり閑話を挟んだあとに数週間プロット作成のためのお休みをいただいて、新章をお届けさせていただこうかと思います。
引き続き読んでいただけるのでしたら、またよろしくお願いいたします。




