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 ヒュオオオオオォォォォォォ…………


 そこは一面の銀世界。


 見渡す限り、何もかもが白で埋め尽くされた空間の中に、俺達は立ちつくしていた。


 大禁呪、”コオルセカイ”。


 サキが放った、恐らくサキにしか扱えないオリジナルスペル。


 これは取り巻く空間そのものを、己自身の魔法力によって強制的に変質させる類のものだ。


 限定された空間でしかないけれども。


 限定された時間でしかないけれども。


 これは、かの”女神”が、異世界を構築していたものと同質な、限定的な『神の御業』に他ならなかった。


 俺は周囲を見渡す。荒涼とした一面の銀世界は、生命の鼓動を感じさせない死の空間となっていた。


 そして俺はそれを見る。


 巨大な、白銀のオブジェと化したヤマタノオロチ。


 ヤマタノオロチは、物の見事に凍結されていた。欠片も動き出す気配はない。


「こ、これは凄いですね…………」


「こ、こんな魔法があるんだ…………」


 リーゼとクリスが呆然と呟いているが、気持ちは分かる。

 ちょっとサキは人間のカテゴリーから足を大きくはみ出してしまっているだろ。本当にマジで。


「良くやったわ、サキ!」


 呆然としていた周りを尻目に、フェリシアは大声でサキに呼びかけると、ヤマタノオロチに颯爽と吶喊(とっかん)していく。


「……集中しろ、私。オトハちゃんを傷つけず、その周りだけ、斬り飛ばすッ!」


 フェリシアは、独特の呼吸法、ステップと共に、両腕が背中に届くほどに大きく振りかぶり、全力で剣を振り下ろす。


「秘剣、”千本桜”ッ!!」


 フェリシアが、うちの流派の幻の奥義を放つ。


 秘剣”千本桜”。


 師であるボナディアでさえも使う事適わなかった、女性のみが放つ事ができるという、うちの流派に伝わる秘剣だ。


 ザァァァァァッッ。


 数多(あまた)の剣線が同時多発的に発生し、フェリシアの周りをカラフルに彩る。


 師の説明によると、女性にしか心を許さないという一風変わった精霊の助力があって初めて成功する大技との事だ。


 俺との交流が深かったフェリシアが、いつの間にか師匠に頼み込んで修得していたらしい。これもゲーム展開にはなかった出来事だな。


「アルベルト! こちらは義務を果たしたわよ! あとは、あなたがッ!!」


 疲労困憊な有様で、剣を杖にして息も絶え絶えのフェリシアに向かって微かに肯き、俺はヤマタノオロチを見つめる。


 フェリシアによる繊細にして多段な全力攻撃を受けたヤマタノオロチは、その猛攻に耐えることができず、その身体から剥き出しのコアを露出させていた。


 そして俺の目は、その結晶化されたコアの中に閉じ込められたオトハを捉える。


 全ての準備は整った。


「準備は整った。やるぞ、ウィンディ!」


「ガッテンじゃ!」


 俺は、地面を蹴り、一足でヤマタノオロチの下へと跳躍した。


─────


 ヤマタノオロチのコアの前に、俺は降り立つ。


 人ひとりが閉じ込められてしまうほどの巨大なヤマタノオロチのコア。


 銀水晶のようにキラキラと煌くそのコアからは、見た目に反して怖気立つような濃密な負の魔力が放出されていた。


 神代の技術で精製されている魔力コア。最高度の呪いと言っても過言ではないそれからオトハを解放するために、今までの全ての過程があったのだ。


「召喚。”風の精霊王”ッ!」


 俺の魔力がごっそり削られるのと引き換えに、それまで俺に居候しているだけだったウィンディから、強烈な魔力風が立ち昇る。


 俺は風の精霊王の分御霊になっているウィンディを媒介に、精霊界から残りの部分を召喚したのだった。


「むぅぅぅん! 久しぶりの全力全開なのじゃよッ!」


 ウィンディは嬉しそうに空で跳ねると、さらに高度を上昇していく。


 そしてサキの作り出した空間の外まで飛び出ると、天に両腕をかざして、数多の精霊達に呼びかける。


「風の精霊王”ウィンディ”が名のもとに命ず! 大気の精霊達よ、その魔力が一部をワシに寄進せよッ!!」


 ウィンディ(彼女)には、全ての風の精霊達に対する絶対王権が存在する。


 そしてその王権は、絶対者の力が強ければ強い程、その範囲や無茶に対する許容量が指数関数的に上がっていくのだ。


《王様どーぞ》《ちょっと今月の上がりは少なめっす》《か、身体で払ってもいいですか?》


 ウィンディの下に、彼女の眷属たる風の精霊達から続々と魔力が届く。


「うむうむ。頑張るのじゃぞ〜」


 積み上がっていく莫大な魔力の量に、ウィンディは御満悦だ。


《ウィンディ、こっちの準備は整ったぞ》


 上空でウィンディがたくさんの魔力を掻き集めていたとき、俺は地上にて構築していた魔術式の一部を開放していた。


 俺を中心に、天使の羽根を思わせる12の積層型の魔術式が、空に浮かび上がっている。


「お前様、覚悟はよいか? ではいくぞい。───”魔力投射”」


 高空に集めた膨大な風の魔力を、ウィンディは地上に照射する。


 天から地上へと降り注ぐレーザーにも見える薄緑色の光は、神の矢と言っても過言ではなかった。


(ぐぐぐぐぐぐっ!)


 空に展開した天使の羽根を模した魔術式に、天からの光がどんどん降り注ぎ、その色合いを徐々に明るくさせていく。


 魔力量が増えていくごとに、加速度的に魔術式の維持がしんどくなってくる。

 ちょっとでも制御を誤れば、ここがクレーターとなり、周囲が吹き飛ぶ。


 多分、ヤマタノオロチのコアも吹き飛ぶので戦術的な勝利は得られるのかもしれないが、爆心地にいる俺やオトハはもちろん、周囲で見守っている仲間達も一緒に蒸発してしまうことだろう。


 それどころかフレト国にも深刻な魔力障害が発生し、死の砂漠となってしまうかもしれない。


(まだだッ!……まだまだまだまだ…………)


 身体中の血管から血が滲み出し、眼が朱く染まっていく。


 一時的な魔力貯蔵タンクとして天使の羽根を作製したが、魔力量が膨大過ぎて俺自身の身体へのフィードバックが随分と厳しい。


 だが俺はそれに耐える。


 周りにいるゲームの主役(なかま)達に較べて凡俗である(モブ)が誇れる唯一のアドバンテージは、その根性だけだ。


 才能だけでは届かぬ領域に、俺は一歩一歩、歯を食いしばり向かっていく。


 バキッ!


 噛み締めた奥歯が割れ、口許から血が流れるがそれも無視する。


《お前様! 全て送ったぞいッ!!》


 ウィンディから待望の言葉が届く。俺はほとんど視界がなくなった両目を(すが)め、術式を完成させる最後の言葉(キー)を展開する。


 全力、全霊。


 こと魔力量に関しては、おそらくこれが一つの到達点。


「───完全解呪パーフェクトキャンセレーション最大増幅値(オーバーゲイン)ッッ!!!」


 俺は文字通り、渾身の解呪魔法をヤマタノオロチにぶち当てた。


「「「GYAAAAAAAAAAAッッ!!!!」」」


パリーン!


 サキの禁呪ごと全ての魔法を解体した俺の切り札は、ヤマタノオロチのコアを粉々に分解する。


「オトハッ!!」


 身体を支えていたコアが消え去ったため、重力に引かれて倒れ込みそうになっているオトハを、俺が飛びついて支える。


「あ……アルベルト…………さん…………?」


 産まれたままの華奢な姿を晒すオトハ。

 サキと較べると色々とパーツが控え目であるが、やはりサキとよく似た顔立ちだった。


「ねぼすけが。ようやく起きたか」


「えへへへへ…………」


「疲れただろう。もう少し休んどけ」


「うん……そうする…………」


 目を閉じるオトハ。呼吸は安定している。もう大丈夫だろう。


「あ、アルくん! 大丈夫かいっ!?」


 近寄ってきたクリスにオトハを託す。


「オトハを頼む。あと手が空いたら、後で俺に回復魔法をかけておいてくれ」


「あ、アルくん!?」


「すまん…………ちょっと……俺も……休ませて………く…………」


 地面が近づいてくるが、もうそれに抗うほど余力がない。


 だが幸いな事に、その地面の感触を味わう前に、俺は意識を手放していた。


 ふふふ…………


 意識を失う寸前、誰かの微笑みを知覚したような気がした。

名称をディスインテグレートにするか悩みました。

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