大禁呪
「「「GYAOOOOOHHッッ!!!」」」
「リーゼさん! 右から二番目の首に闇魔法で目くらましをお願いするよ!」
「クリスさん、分かってますよ! ……”闇空間生成”ッ!」
クリスが光の盾で魔竜の進撃を逸しながら、リーゼに次の一手を指示している。
「クリスちゃん。次はどうするん!?」
「はい、メアリーさん! 土魔法で魔竜の進んだ先に大きな穴を開けてください。それで少しの時間だけ稼げるかと思います!」
「オッケーやで! ………”土砂移動”ッ!」
一時的に盲目な状況となっていたヤマタノオロチは、滑るようにたった今メアリーが魔法で掘った大きな空洞に嵌る。
「「「GRUWAAAAAAHッッ!!」」」
「………うわぁ〜。本当に多少の時間しか稼げないなぁ〜」
大きな巨体の割に意外と俊敏な動作で、ヤマタノオロチはその落とし穴からすぐさま脱出していた。
「アルくん! そっちの準備はどう!? 僕達結構魔力を使っちゃっているから、多分そんなに保たないよ!?」
「も、もう少しだけ保たせてくれ!」
俺はそうクリス達に叱咤しつつも、自身の魔法式の構築に余念がない。
生半可な術式ではオトハとヤマタノオロチとの接続を壊せないからだ。
なお俺の隣では俺以上に没我の世界に入って、魔法式を構築しているサキがいる。
サキはヤマタノオロチの動きを止めると宣言していたが、凍結系の最上位魔法である”永久凍柩”でもほとんど足止め程度にしか効果がなかったのだ。
そんな状況でどのような魔法で魔竜の動きを拘束できるのだろうか。
だがそんなことは百も承知でサキは、ヤマタノオロチの動きを止められると俺に宣言したのだ。だったら俺はそれを信じるだけだ。
そして俺はちらりとフェリシアの方を見る。
彼女は、神鳥フェニックスの力を借り受けるべく、簡易の契約を行っている真っ最中だった。
《───汝との契約に従い、我が力の一部を、現世にて汝に貸与する事をここに認むる》
神鳥とフェリシアは互いに向き合い、交互に契約の言葉を交わし合う。
「私、フェリシア・ディ・ローティスは、契約の約定に従い、その力を行使する事をここに願う」
《───ならば我を掴み、其の名と共に、其の力をここに顕現せよ。さすれば契約が果たされるまで我が力は汝によって振るわれようぞ》
「ならば私はその名を呼びましょう!
…………その銘は、神剣”火之迦具土剣”ッ!! その力を今、ここに顕現せよッ!」
瞬間。フェリシアの目の前に巨大な魔力を宿した焔が現れる。
そしてその強大なプレッシャーに対して、恐れを知らずに手をさし伸ばすフェリシア。
徐々にフェリシアの手元で焔は集束し、瞬く間に光り輝く一本の剣へとその姿を変えたのだった。
「これが…………神剣”ヒノカグツチの剣”」
ヒノカグツチの剣。ゲームの設定で時々名前が出ていたが、まさか実物を目にする機会があるとは夢にも思わなかったな。
「うわわわわッ! もうそろそろ限界ッ!!」
「ちょっと勢いが殺せんなぁッ!」
「だ、駄目ですぅぅッ!!」
ちょうどその時、足止めしていたクリス達三人から悲鳴が上がる。
「よく頑張ったわ! あとは私に任せなさいッ!!」
その手に巨大な焔を纏った剣を構え、クリス達三人と入れ替わってヤマタノオロチに吶喊していくフェリシア。
「「「GRUWAAAAAAHッッ!!」」」
吶喊してくるフェリシアの強大な魔力に感じるものがあったのか、今まで以上の激しさで、ヤマタノオロチが各種ブレスを彼女に放ってきた。
「てやぁぁぁぁッッ!!」
フェリシアが気合一閃、迫るブレスに対して、ヒノカグツチの剣を叩きつける。
ガギ───ンッ!!
「…………は?」
ヤマタノオロチのブレスが………斬れ………た?
どういう原理か分からないが、神剣はヤマタノオロチのブレスを斬り倒してしまった。
「その首、貰い受けるッ!!」
フェリシアはブレスを斬った勢いのまま、ヤマタノオロチに肉薄し、灼熱に燃える神剣を大きく振り上げる。
そして一閃ッ!
大きく焔の尾を引きながら、ヤマタノオロチの首をズバッと斬り倒す。
斬ったそばから焔の付加攻撃が発生し、ヤマタノオロチの首が炭化していくため、魔竜は中々回復する事ができない。
他の首が断面を新たに斬って回復しようにも、フェリシアの冴え渡る剣技と神剣の聖なる焔がそれを赦さないのだ。
「ツェァァァァッッ!!」
フェリシアは着実に魔竜の攻撃を逸し、弾き、翻弄し、詰将棋のように追い詰めてゆく。
そしてあっという間にヤマタノオロチの全ての首を斬り飛ばしてしまったのだった。
「あとは胴体だけねッ!!」
反撃できないヤマタノオロチに対して、フェリシアがその胴体をこじ開けてオトハの救出を試みんとさらなる追撃を敢行する。
しかし、ヤマタノオロチから際限なく現れる触手が、斬り飛ばす以上の速度でオトハを覆い隠していってしまうため、中々オトハの姿を露出させる事ができなかった。
「くっ! やっぱり駄目ね!」
やはりヤマタノオロチの動きを抑えるしかないのか。
俺の魔法式も間もなく完成する。タイミングを逃せば、全てがご破産だ。
「サキッ!」
「───私はこれまでずっとご主人様を見続けておりました」
「……?」
俺はサキに声をかけるが、彼女はそれを気にせずに落ち着いて独白を始めた。
「ご主人様が時々使う、物凄い威力を秘めた魔法の数々。
……正直に言えば、ご主人様の魔法力では、私やフェリシアに較べて魔法力によって引き起こせる事象の変化には限りがあるはずにもかかわらず、どうして私やフェリシア以上に世界への干渉ができるのだろうかと長らく疑問でした」
サキの独白は続く。
「そして私はある時気がついたのです。ご主人様は、恐らく私のような凡人には計り知れない、何か世界の法則にまつわる知見があるのだ、と。
だからこそ、私達よりも小さな魔法力であるにもかかわらず、ご主人様はあのような奇跡が起こせるのだろうと私は理解しました」
サキは自分を卑下しすぎだろう。
俺はたまたま、この世界に物理学を持ち込んだから、多少の世界改編がルールを考慮しない場合よりも容易になっているだけなんだがなぁ。
「私は確かにご主人様と較べれば、世界法則についての知識はありません。だからご主人様に較べれば、世界を改編する力なんて微々たるものでしょう」
ん? 俺は物理法則をこまめに利用しているだけであって、別に世界の法則そのものを大々的に捻じ曲げたりなんてしてないぞ?
「私が知っている世界は、私に関する事だけです。だから私が改編できる世界は、私の心の中だけ」
「お、おい、お前様。な、なにかこの付近の魔法力が外部と隔絶されてきたぞい……」
ウィンディが怯えたように俺に囁きかけてくる。俺にもこの付近の魔法領域が、外部との間に何か境界が生じてきたのを感じていた。
「私の小さな魔力では、世界を改編する規模も威力も時間も微々たるものです。ですがその微々たるものでも、十分にご主人様が必要な時間が稼げると信じております。
…………ご主人様。私が道を、拓きます。フェリシア、あとはよろしく頼みますよ」
神々しいまでの膨大な魔力がサキから周囲に拡散し、世界を、現実を、浸食していく。
「───そして世界は書き変わる。大禁呪、”コオルセカイ”。発動」
サキの鈴なりの声が紡がれる。
瞬間。世界は改編された。




