俺、人生詰んでない?
初投稿です。よろしくお願いします。
最悪だ。
転けてぶつけた頭から流れ出る血が地面に小さな雫となって落ちているのを眺めつつ、俺は内心で毒づいた。
「大丈夫ですかアルベルト坊ちゃまっ!」
「すでに医療士を呼んでおります! どうかお気を確かに!」
慌てふためく従者達は必死だ。
なぜなら俺はこの国でも有数の貴族の一員であるサルト家の長男だ。
そんな俺が結構な血を流しているのだ。そりゃあ下手すれば誰かのクビが飛ぶ。それも物理的に。
なんといっても俺はそのサルト家でも指折りの嫌われ者だからだ。
デブで傲慢でサディスト。
それが俺に対する周りの評価だ。
なぜそんなことを俺が知っているのか。
簡単な話だ。
俺がやっていたゲームではそういう設定だった。
血を流しすぎたのか、そこまで考えたとき俺は意識を失った。
意識を失う寸前、こちらを能面のような眼差しで凝視している女の子がいたのをチラと目の端で捉えた。
─────
パチリと目が覚めた。
見知らぬ天井……ではない。
周りを見てみると自室ではなく屋敷内にある治療を行うための病室だと気づく。
近くには自身の姿が映っている鏡があった。
頭には治療済みだと簡単に理解できる包帯がぐるぐると巻かれていた。
そしてその包帯の下には癖っ毛の金髪と白く丸まるとした子豚みたいな少年が映っていた。
俺の名前はアルベルト・ディ・サルト。この国でも有数の貴族の嫡男だ。
顔つき自体は悪くない。
“ゲーム”ではキャラデザの描き分けができてないから美形っぽいんじゃないのとか色々言われていたが、ゲーム開始時の年齢よりも数年若いことを差し引いてもまずまずの男ぶりだった。
が、しかし。
運動不足を象徴するたるんだ顎や不摂生による目の隈や、なまっちろい肌を見て溜め息しか出てこない。
ゲーム通りに物語が進行するなら今後俺に待ち受ける未来は過酷だ。
俺が悪役貴族として大活躍するルートでは、必ず主人公かその仲間達によって俺は殺されてしまい、俺が活躍しないルートであったとしても待ち受ける運命は必ず国外追放だ。
もしかしたら今から善人ぶれば違う未来もあるのかもしれないが、こういったゲームだと強制力みたいなものがある場合もあるし油断はできない。
俺は思考を続ける。前世では学生だったが、多分その時よりも真剣に考えた。
文字通りの人生がかかっているし。
そうだ。
そもそもこの世界が俺が前世で大好きだった恋愛シミュレーションゲーム”Fortune Star"だと判断した根拠は、俺自身の名前と記憶にある国名や自分の魔術属性や自分の許婚の名前等々が一致したからだ……ってそんだけ一致してたら結構ヤバいよね!?
やはりどうしても自分自身が現実から目を背けたいと思っているみたいだ……
思考を切り替えてゲームを思い出す。
まず俺が殺されるルートは基本二つだ。この二つのルートに登場するヒロインにはあまり関わらないようにしよう。
そして万が一殺されるようなシチュエーションでも逃げ切れるだけの技術を磨こう。
そんなことよりも主人公やその仲間達を返り討ちにするのを狙う?
無理無理。
あいつらはチート。ゲームの最終状態だと神話に登場するようなレベルまで上がっちゃうような化物連中だ。
俺がどんなに自身を鍛えても所詮はモブ止まり。
だからあくまでも生き残ることだけを目標にするのだ。
そして別ルートだと大体国外追放だ。
家名を失い身一つになった場合、どうやって糊口をしのぐべきか……。
その時俺に天啓が舞い降りた。
そうだ。生き残りの技術って冒険者のスキルと結構共通するよな。
冒険者として身を立てて、前世の知識を活用してゆくゆくは商人となれば、とりあえず食ってくことはできるんじゃね?
俺は自分の天才的な閃きに1人喝采を送るのだった。
─────
「失礼します」
ノックとともに主治医が部屋に入ってきた。
その顔はちょっと青ざめている。
「あの……お身体の調子は如何でしょうか」
周りの執事やメイドもちょっとビビってる。なんで?と思ったがはたと気がつく。
そうだ。いつもだとここで俺が癇癪を起こすからだ。
「別に問題ない。必要があったら呼ぶからおまえ達は下がっていてくれ」
俺の言葉に皆が呆気にとられる。ふつうの対応のはずなのにそれが今まではふつうじゃなかったってヤバい話だよね。
「あ、あの坊ちゃま。今回の件の処置は……」
しどろもどろになりながら執事が聞いてくる。
「自分で転けただけなんだから処置もクソもないだろ。あ、病室に運んでくれたことを感謝してなかったな。それはすまなかった」
そう言って俺は軽く頭を下げる。人として当然だよな。
唖然とした執事やメイド達は逆にビビりながら会釈して部屋から出て行った。
なぜだ。
─────
坊ちゃまがおかしくなったらしい。
それが屋敷内で働く執事や侍女の最初の反応だった。
「でも良いことじゃないかい?すぐ癇癪を起こしては侍女を辞めさせてた時に較べればさ」
「でも今度は人が変わったみたいに勉学や運動に精を出しているんだと。つきあわされる部下の人は大変みたいだよ?」
「まぁそのうち飽きるでしょ。でも癇癪が無くなったのは本当に良いことね。あ、話変わるけど街で美味しい店見つけたのよ。その名物料理がね……」
侍女達のお喋りには終わりがなかった。
一方その頃のアルベルトは。
「ハァハァ……ハァハァ……っく……」
ひたすらに歩いていた。
まずは弛んだ身体を絞らないと何も始められない。ということでひたすらランニングだ。
幸いまだ年齢は10才であり、運命の日まで6年近くある。
今から準備をすれば充分に対処できるであろう。
「坊ちゃん。無理しすぎたら身体壊しますよ?」
俺の付きっきりのパートナーになってくれた騎士のボナディアが困惑した顔で俺にアドバイスする。
「ハァハァ……いいかボナディア……俺にはやらなければならない使命があるんだ……ハァハァ……だから何も言わず……俺に協力してくれ……」
流れ出る汗も拭わずに俺はボナディアに訴える。
なんといっても俺の選択一つ一つで俺の人生は変わっていくのだ。少しでも有利な状況にするのに躊躇いなど不要だ。
「まぁ坊ちゃんがそう言うなら協力しますけどね……」
そうボナディアが言ったとき俺は足をもつれさせて倒れてしまった。
何とか起き上がろうとするのだが、俺の意志に反して起きあがってくれない。
「とりあえず無理しすぎても倒れるだけなんで、俺が今後の運動メニューを考えますがどうです?」
「……ヨロシク」
独りで突っ張ってもしょうがない。やはり専門家に助けて貰おう。