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聞し召しませ天樹姫様~日ノ本から来た天女様~  作者:


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第2話 天女の気まぐれ

「なるほど。これは中々に美味しいですね。これだけでも異世界に来た価値はありますねぇ」


 天樹姫は一撃で狩った巨鳥を早速捌き、焼き鳥を楽しんでいた。

 異世界の天上から来た天樹姫にとっても異世界初めての鳥肉は元の世界にはない風味の鳥にとても満足していた。

 しかし何かが足りない。そう思った天樹姫だったが、その原因にすぐに気づき、例の小箱を取り出した。


「お酒……んー芋焼酎のロックでお願いします。」


 天樹姫の声に合わせて開いた小箱からはなんと本当に芋焼酎のロックが小さなグラスに入っており、天樹姫は嬉々としてそのグラスに口をつけ、焼き鳥を食べながらの芋焼酎を楽しんだ。この天女、おっさん臭い。


 ふと、天樹姫は千里眼を使用した。

 特に理由はない。強いて言うのであれば気まぐれ。風景を見ながら酒を飲みたいなーっと思ったがために千里眼で森の中を眺めることにした。

 異世界だけあって、見たことのない植物や動物がたくさんで、見ていて飽きない。アクティブに動く植物もあれば石のように動かない……もはや石ではないのかと見間違えそうな蛙もいた。それに血まみれの小さな犬が2匹。


「んん?」


 いきなり視界に現れた異様な光景に天樹姫は片眉を上げた。

 その犬たちはボロボロで互いを支えるように何かから逃げているようで、天樹姫は視点を変え、上空から犬たちを中心に見てみた。

 すると、犬たちの怪我の原因を発見することが出来た。

 普通の人間であればただの森の中の景色にしか見えないそれは、天樹姫の目にはばっちり見えていた。

 迷彩柄の虎だ。虎が体勢を低くし、足音を立てずにゆっくり、ゆっくりと犬たちを狙ってい、今にも襲い掛からんとしていた。


「虎と言えば虎柄が普通だと思うんですけど……面白いですね。森で効率よく狩れるように、進化したんでしょうか。……ふむ。」


 グラスを賽銭箱のふちに置き、天樹姫は顎に手を当て少し考えてみた。

 こんな光景を見た自分はどうしようかと。助けるか、傍観するか。

 小犬たちが虎の餌食になったところで、天樹姫からしたら心は全く痛まない。あまりに小さな命だし関わってすらもない命だ。無視するというのが天樹姫の中では優勢ではあった。

 あったのだが――神は気まぐれだったのだ。


「やぁどうも、虎さん初めまして。」


 後ろ足に力を籠め、一気に飛び掛かろうとした迷彩虎の前に天樹姫は己が身を表せた。世間一般でいう瞬間移動だ。

 突然現れた見たこともない服装をした女に迷彩虎は度肝を抜かれ、足が竦んだ。

 しかし、迷彩虎はすぐさま恐れを振り払い、目の前の女を睨みグルルルルと喉を鳴らした。対して女――天樹姫は人の好さそうな、それこそかわいらしい赤子を見るような目で迷彩虎を見ていた。


「私、通りすがりの者なんですけれど、虎さんいい獲物狙ってますねー。あの獲物、私にくれませんか?」

「!?」


 賢く、人語を理解することの出来る迷彩虎は驚愕に目を見開いた。

 この雌は何を言っているのだ。俺が狙っていた獲物を譲れだと?頭がおかしいのではないかと。

 だが、同時に獣としての本能が警告を出していた。今すぐこの女から逃げろと。離れろ(・・・)ではなく、逃げろ(・・・)。力のない獣であればその本能に従い一目散に逃げていただろう。

 しかし迷彩虎のプライドがそれを許さなかった。何の獲物も得られず、ただの人間の女に背を向けて逃げるなど森の食物連鎖の上位に位置するものとして許されなかった。……と言えども襲い掛かれるわけもない。逃げはせずとも襲い掛かれもできずに、迷彩虎からして何時間にも思える何分間かが過ぎ去ったとき、迷彩虎の前に一つの肉塊が置かれた。


「取り引きです。この鳥肉、ぜーんぶあなたにあげますから、あの獲物を私に譲ってくれませんか?」


 天樹姫がトレードの条件として迷彩虎に差し出したのは、先程狩ったばかりの巨鳥の一部だった。……まぁ一部と言えども迷彩虎の体格の半分ほどもあるのだが。

 迷彩虎は肉塊と天樹姫を暫しの間見比べ……大きな口で肉塊を咥え、天樹姫に背を向けずゆっくり、ゆっくりと後ろ歩きをしながら森の中に溶け込み、紛れていった。

 迷彩虎が離れたことを確認した天樹姫は傷だらけとなっていつの間にか意識を失った2匹の小犬を抱えると、再び瞬間移動で神社へと移動した。


「さてと。この犬たちは治療してあげますかね。」


 そっと天樹姫が人差し指で小犬をそれぞれつつくと、つついた先から小犬の怪我も血に汚れた毛も見る見るうちにもなく一瞬にして白く美しい毛並みが現れた。

 同時に小犬たちも目を覚ますのだが、彼らは自分たちが目を開いたら見知らぬ場所にいることに動揺を隠せず、互いに身を寄せ合いプルプルと震えていた。


「あー……落ち着いて落ちてついて。私は一応あなたたちを保護した者ですよ。」


 天樹姫は小犬たちを、優しい声でなだめ落ち着かせ、何故迷彩虎に襲われていたのか聞いてみた。神だから動物とも意思疎通は可能なのである。厳密に言うと小犬と言えども魔物なのだが。

 ……まぁ聞くまでもなく腹が減ったから食事にと襲われたらしい。彼らの両親もすでに迷彩虎の腹の中らしい。

 それを聞いた上で天樹姫は小犬たちに問うた。あなた達はどうしたいのかと。

 小犬たちは、顔を見合わせ天樹姫に向かって吠えた。


――奴を殺し返したい――


 それを聞いた天樹姫は微笑み小犬たちの頭を撫でた。

 そして彼らに告げた。


「拝んでいきますか?あなた達が神を信じるのであれば、神様はきっとあなた達の願いを聞き遂げ力となってくれるでしょう。……まぁ実行するのはあなた達ですけど。」


 拝むという意味が分からなかった2匹だが、天樹姫の懇切丁寧なさっぱりとした説明に合わせ、神社の拝殿へ近づき両手を合わせ――ることは出来ないので頭を下げ目を閉じ深く願った。


――神様、どうぞ僕たちに憎き虎を殺す力をお貸しください。――


 これで良かったのだろうか、と不安げに視線を向けられた天樹姫は親指と人差し指で丸を形作り、OKサインを出し、彼らに余った焼き鳥を振舞った。

 小犬たちは美味そうな匂いに尻尾を千切れるぐらいに震わせ、天樹姫の許可が出ると同時に焼き鳥にむさぼりついた。

 肉をたらふく喰い、活力を取り戻した2匹の小犬は天樹姫に頭を下げ、2匹並び神社から離れた。

 その頃には日は沈み夜になっていたのだが、天樹姫は止めず、再びグラスを取り出しグイっと酒をあおった。どこか楽しげに笑いながら。



 翌朝、神社に2つの小さな影が来訪した。

 片方の影の傍に1つ、2つの影よりも大きな影が転がっていた。


 迷彩虎(・・・)の首を咥えてやって来た2匹の小犬に天樹姫は笑みを苦笑いに変え、小犬たちに聞こえない声で呟いた。


「流石に結果出すの速すぎるでしょう……」

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