96話 猫の前の魚
「げ。また来たの……」
「げってなんですか。お邪魔してます」
優雅にティーカップを傾けて、私に会釈したのはマッドサイエンティスト、レイ君。
私の元推しである。元、である。
なんで元かって。
それは性格も違うし。
身の危険を感じたら、誰でもそうなるよ!
「あれ? セツは?」
思わずきょろきょろする。
一緒に遊んでたんじゃないの?
「お母様に呼ばれてすこし席をはずしていますけど……目障りなので、座ったらどうです?」
「あ、ありがとう座るね」
「……。」
な、なんだよぅ。
勧めてくれたから座ったのに。
じっと見られると、落ち着かないんだけど?
「……どうしてオレの言いたいことが、わかるんです?」
不思議そうにしている彼から出た感想は、私には不思議でもなんでもなかった。ありがとうと言ったから、不思議だったらしい。
なんだ。そんな事か。てっきりまた、研究対象にされるのかとヒヤヒヤしたよ。
ツンデレならしてる私には、翻訳は朝飯前。
多少きつい言い方だろうと、問題ない。
そこが本心じゃないとわかっているから。
「慣れたら分かりやすいんじゃない?」
「……そんなこと言うのは、あなたくらいではないです?」
「うーん、それはまだ出会ってないだけだね!」
『学プリ』メンバーは仲良く出来てたんだから、大丈夫だと思うけど。でもまだ納得いかないようだ。
「それにセツも大丈夫じゃない?」
「あれは気にしてないだけです。暖簾に腕押しです」
「うん。そう言われたら言い返せないや」
レイ君があまりにも噛み締めるように言うので。
私も思わず、顔が無になる。
あれは聞き流すプロだ。
まぁ、それが役に立ってる事の方が多いから不思議だけど。
「ていうか、気にしてるなら直せばいいのに」
「それはナメられるから嫌です」
「あはは。可愛い顔してるもんね」
ギロリ。
あ。やってしまった!
思わずびくっとなる。
「……あなたもそう思ってたんですか」
「それは、みんな思うでしょ……」
睨まれて居心地が悪く、少し目を逸らす。
正直、百人中百人が思うと思うよ?
何度も言うけど人は視覚情報が8割の生き物だ。切り離すなんて無理。そして私は可愛いは大正義派なので、いいと思うんだけどなぁ。
「……あなたもオレのこと、女っぽくて弱々しいとか思ってたんですか」
「それは違うなぁ」
これは全然後ろめたくないので、視線を戻した。
可愛いとは思うけど。
弱々しいは思ったことない。
むしろレイ君は逞しい方だと思うよ?
「逆に聞くけど、どこが弱いの?」
「……身体つきとか。身長も小さいですし」
「うーん、どうでも良くない?」
「⁉︎」
逆になんでそんな拘ってるんだ?
そう思って言うと、目が丸くなっている。
衝撃だったらしい。
「それは誰かに言われて、そう思ってるのかな?」
「まぁ……よく言われますし」
「じゃあ魔法で、ぶっ飛ばしちゃえばいいんじゃない?」
「⁉︎」
まんまるおめめが、私の笑顔での発言のせいでさらに丸くなっている。
え、ダメ? 暴力反対?
まぁ私も基本はそうだよ?
でも舐められっぱなしは嫌だよね。
相手がやる気なら、お返しくらいは良いかなって思っちゃうなぁ。
「そ、それは卑怯では……?」
「そうかなぁ? 持ってる武器が違うだけじゃない? どんな形であれ力は力でしょ。そんな力に拘って言う人なら、さぞかし自信があるんでしょうし」
喧嘩売るなら殴られる覚悟はあるよね? って事だ。
私はしたり顔で語る。
「それで勝ったら言ってあげたらいいんじゃない? 『どうですかバカにした奴に負ける気分は』って」
「……相手がコレは無しだって言ったら?」
「無しで良いんじゃない? 別にもう終わった事だし、相手はどうせ一生忘れられないよ」
元より、勝ち負けにこだわるのは相手の方だろう。
何も勝つ必要はない。
絡まれなければいいだけだから。
「けど相手が調子に乗るといけないから。やるなら人目があるところで、観客を味方に付けてかなぁ」
「……結構悪どいこと考えますね」
割と引かれている気がする
ま、悪役令嬢なのでね!
……お姉ちゃんとしては勧めちゃいけませんね。
でも私もセツも、綺麗な良い子ではない。
「けど。それを嫌だと思ってしないって、レイ君は優しいね!」
切り替えて、笑顔で言った。
根はいい子なんだよねー!
そこが好きだったんですよ……。
ほんとアレさえなければなぁ。
私の返しに、彼は口をもにゅもにゅさせる。
「……そんな事、初めて言われました」
「そっか! じゃあ私が気付いた一等賞だね! やったぁ!」
「……すごく変な人」
「このタイミング⁉︎ 酷くない⁉︎ すごくまでついちゃったよ! ねぇ私傷ついたよ⁉︎」
まあまあいい事言ったつもりだったんだけどな⁉︎ やはり少しでもいい事言った! とか思っちゃダメですか⁉︎
と、思っていたら。
「……な、何?」
じーーっと。
じーーーーーーーーーーっと見られている。
それは獲物を狙う目ではなく、興味深く観察するような視線だ。
「コロコロ変わる」
「え?」
「なんでそんなに変わるんですか? 頭を捌いたらわかります?」
ひぇぇ⁉︎ また研究対象だ‼︎
小首を傾げてこっちに聞かないで⁉︎
「わかんないよ! そして何が⁉︎ 頭を見てもわかんないよ‼︎」
「それは捌いてみないと……」
「なんでよ⁉︎ 私は普通の人と同じだよーっっ‼︎」
「闇の魔力持ちは普通ではないですけど」
「そうだね! 否定できない‼︎」
もう私には、推しの気持ちが分かりません‼︎
推しなのかもよく分かりません‼︎
可愛いとは思うんだけど‼︎
それ以上に身の危険を感じるんだよなぁ‼︎
「あ! そうだ! こないだ言ってた過去視? してあげるよ!」
「本当ですか⁉︎」
あ、コロッといった。
話をあからさまに、転換しようとしての発言だったけど。
ぱぁぁっとなって見るからに嬉しいとわかる、こういう反応は可愛いんだけどなぁ。こういう顔を見ると、こっちまで嬉しくなるよね。
経験上、近い未来の予知だけなら水晶が無くてもいけると知っている。
予知は本を読むようなものだと。
最初にアルが言っていた。
読むだけなら、力を使う量が少ないって事だよね?
つまり過去視も、そうなんじゃないかな、という思いつきで試す。
目を瞑って……んーどうしよ。この間セツとレイ君が会ってた時とかでいいかな。あんまりプライベート見るのもどうかと思うし。
それじゃあ……って、ん? ん⁉︎
見えたものは、予想外の話をしている最中だった。
「あの、なんで私の話聞いてるのかな?」
「それなんの話ですか?」
「なんのって聞くほど聞いたの⁉︎」
「ノーコメントで」
ノーコメント⁉︎ ……あとでセツに聞こうか。
気を取り直して、そのまま覗く。
「んー、この間は好きな食べ物聞いてたのかな?」
「あぁそうですね。そこら辺を聞いた気はします」
そこら辺とはどこら辺かなぁ……。
そもそもなんで、弟に聞いたんだ……餌付け?
手懐けて研究行きか?
「ていうか私に直接聞けば良いのに……」
「え?」
「私の事で気になる事があるなら、直接聞いたら答えてあげるのにって言ったの」
「でも、会わないじゃないですか」
「会ったらいいんじゃない? 友達なんだし」
変なの、と思って言えば。
予想外と言わんばかりに、目を見開かれる。
「会っていいんです?」
「友達でしょ? なら普通じゃない? 違った? この間のなし?」
「……なしじゃないです」
そういうレイ君は、少し口をすぼませてそっぽを向いた。
あはは〜照れてる!
はーこうしてれば可愛いのになぁ。
こっちの視線に気付いたのか、似合わない咳払いをして話題転換をする。想像して欲しい。4歳児の可愛い顔でする咳払い。
ちなみに、咳払いできてない。
「やはり予知だけでなくて、過去視も出来ましたね」
「そうみたいね」
「思ってた通り外へ魔力が出てこないんですね。予知系は内側で消費するタイプですか」
「うん? あぁ、そう言えば予知もそうだったなぁ」
「やはり研究したいなぁ」
「願望がだだ漏れだよっ⁉︎」
急に子猫スイッチが入ってしまった!
うわぁぁぁん!
どう頑張っても私はまな板の上の鯉なのっ⁉︎
「研究対象なら大切にするのに……」
「研究対象じゃないと大切にしてくれないのっ⁉︎」
捌かれるのいやぁぁぁぁ‼︎
「……いえ」
「……?」
目をつぶって構えたいだけど、おとなしそうな様子に片目を開けた。
「なんというか……研究対象じゃなくても、大切に観察したくなります」
「それ変わってないんじゃないかなぁ⁉︎」
「なんなんでしょうかこれは……?」
「私に聞かれても分かんないよ⁉︎」
「近くで見てたいんです……ついでに触ってみたい」
「セツ! セツ早く帰ってきてえええ‼︎」
そうして、セツが帰って来るまでこの攻防は続いた……帰って来るなり「仲良さそうだな」って。あんたの目は節穴なのっ⁉︎
私は弟の育て方を間違えたかもしれません……。