95話 変わって欲しくないもの (挿絵)
「ブランー‼︎ 私の癒しはブランだけだよー‼︎」
「えっ何どうしたの突然」
ヴィンスに嫌われ、推しもおかしくなってしまった私には!
もうブランしかない‼︎
アル? アルはまぁ未来の上司だから。
泣きついたり出来ないよね。
あと黒いし。
あ、弟は論外。きっと酷い扱いを受けるに違いないから。
そして姉の意地もある。
甘えたりは、出来ないのだ。
「何かあったの? 話聞くけど」
「うぅーー! ブランは優しいよぉぉぉ」
悲しみに暮れた私は、ブランの家に押し掛けた訳である。セツはまたレイ君のとこ行ってる。ほんと仲良いな君たち‼︎
「ねぇ……その体勢大変じゃない?」
「やだったら離れる……」
少し困り顔だが、私が凹み気味なのでブランはそれ以上何も言わない。
ここはライラック邸の芝生の上。
木の下にブランが座っているところへ、私がスライディングした。
只今傷心中私は充電が必要なので。
ブランにしがみ付いていた。
ていうか、抱き付いている。
「……どうしたの? 今日はずいぶん甘えん坊だね?」
そう微笑みながら頭を撫でてくれる……あぁぁお兄ちゃんんんん‼︎
はぁ……まぁこんなこと出来るのも、子供という大義名分があるからですよ……今だけなんですよ。いいじゃないですか、今くらい!
「嫌なことがあったの?」
優しい声に、ふと思考が沈む。
あーヴィンスほんとに頭から離れないなぁ。
唯一忘れてたの、レイ君の来た時だけだし。
もー本当に考えるだけ無駄なのになぁ。
……けどリリちゃんの事も解決したし。別に仲悪くなってもデメリット無いんじゃないかな……。いやバッドフラグの話はあるけど。
アルと仲良くしてればとりあえずは……。はぁ。
考えても、暗くなるばかりだ。
遠い目のまま、聞いてみる。
「……ねぇ、ブラン」
「何?」
「ブランは、私が怖い人間だって知ったらどうする?」
なんてくだらない質問。そんなの、その時にならないと分かんないよ。それにブランは優しいから、きっと私の望む答えをくれちゃうんだよね。
わかっていて聞く私は、とても卑怯だ。
「それ、どんな事なの?」
「どんな……んー、とにかく、嫌いになっちゃうような事」
「ふふっ今更」
予想外に、彼は笑った。
え、何今更って。
抗議の意を込めて、不満顔でブランを覗き込む。
その顔は、とても穏やかだった。
「嫌いになるなら、もう嫌いになってるんじゃない?」
「う……そうだよね……ブラン優しいし……」
やっぱり迷惑だったか……そう思って、体を離そうとする。
「もういいの?」
「ブランにまで嫌われたくない……」
「……だから嫌いにならないってば」
そう言いながら背中を押された。そのせいでまた、倒れ込むようにブランにしがみつく姿勢に戻る。
「ぶ、ブラン何するの……」
「もうしばらくそうしてたら?」
「……むぅ」
許可が出たので、多少不服だが抱き付き直す。
「……君に婚約者がいなければ、抱きしめてあげるんだけどね……」
「ん?」
小さな呟きは、そよ風に消える。
「なんでもないよ……こうやって抱き付いてくれる間は、見捨てないよ」
「嫌な事あっても?」
「どんな事があってもだよ……だって僕の知ってるクリスティはここにいるもの」
「? よく分からない……」
どういう事? そりゃ、私は今ここにいるけど。
ハテナがいっぱいの私を見て、ブランがクスクスと笑う。
「例えば明日クリスティが何かやらかしたとして、それで嫌いになるかって事でしょ?」
「うーん、まぁ……」
「ならないよ。困るけどね。だって昨日まで知ってたクリスティが、いなくなるわけじゃないでしょ?」
笑ってそういう彼は、とても自信ありげだ。
まぁそれはそうだけど……。
「でも中身が違うかも」
「それは話さないとわからないけどね」
「うん」
「でも嫌いにはならないよ」
「なんで?」
「うーん。そんな1度だけの事よりも、沢山の楽しい思い出を持ってるからかなぁ」
あんまり悩まずに、ポンポン答えてくれる。
確かに記憶は、そんな簡単には塗り替えられない。
けれどそれでも。
「でも嫌いになるかも」
「ふふっ今日はでもでも星人だね?」
笑ってはいるが、内心困ってるかもしれない。
ごめんねブラン。こっちが本当の私なんだ。
「大丈夫だって。そんな1度きりの記憶じゃ、僕がクリスティの事好きだなーって思ってきた記憶を、塗り替えられないから」
「そっか」
その言葉には、しっとりとした重さがあった。
確かに、私たちの付き合いはそれなりだ。
好きの積み重ねなのかな。
それは、ヴィンスにはないものだね。
好きって感情は偉大だ。それは時にいつもなら出来ないことも、可能にしてしまうから。
「私もブラン好きだよ。ブランがお兄ちゃんで良かったなぁ……」
こんなにも安心感をくれるお兄ちゃん、他にいないもん。
腕に込める力も、少し強くなる。
「……僕はたまに、クリスティが妹じゃなければなぁと思うよ?」
「ええ⁉︎ 酷い‼︎ フラれた!」
しばしの沈黙の後の告白は、残酷だった。
感動に浸ってたのに現実に戻されました‼︎
「ははっ別にクリスティはフラれてないよ」
「……そんなに私は迷惑をかけてましたか……」
「まぁ……うん……」
「うわーん! これから頑張るから嫌いにならないでー‼︎」
「……だから、嫌いにならないってば」
そう言いながら、頭を撫でてくへるその手は優しい。
「何があったか知らないけど、クリスティはそのままで大丈夫だよ」
「そうかなぁ……もっと頑張らないとじゃない?」
「何を?」
「うーん……人の機微を考える事?」
「それは頑張った方がいいねぇ」
やっぱりそうですよねー! 知ってたよ!
「……でもまぁ、そのままでも誰か助けてくれるよ」
「じゃあこのままでいい?」
「頑張った方が良いけどね」
「はい……頑張ります……」
歯切れの悪い私の返事に。
またクスクスとブランが笑う。
私はブランとの、こういう穏やかな時間が大好きだ。ずっと続けばいいのに。
「まぁどうしようもなくなったら。例えばアルバート王子とかに見捨てられたら、拾ってあげるから帰っておいで」
「縁起でもない……」
「はは! そうだね!」
「でもどうしようもなくなったら、泣きつくからよろしくね……」
「はいはい。いつでもお待ちしておりますよ」
そんな軽口を叩きながら、穏やかな時間は過ぎて行くのだった。
王子に「頭撫でられちゃいけない」
って言われてますが
クリスティアは
ブランはお兄ちゃんだからオッケーと思ってます。