94話 貴重なサンプル
「しかし弱点属性持ちかー。何? 嵐の海で死んだりしたの?」
「「ごふっ」」
私たち姉弟は、レイ君の予期せぬセリフに咽せた。
げほげほと、気管に入った飲み物を追い出しながら息を整える。
いや、今のはセツに向かって言ったと思うけど。
でも私にも当てはまるからね!
そりゃむせるわね!
「え、本当に? 2人とも記憶持ちです?」
「げほげほ……き、記憶持ちって何……?」
「この体になる前の記憶がある人のことです。たまにいるので。その記憶で魔力が左右される事があるんです」
ああ……シーナの言ってやつね……。
それって異世界転生とは限らないのかなぁ。まぁ女神様に聞けばいいんだけどさ。けど記憶で魔力が左右されるっていうのは納得。
だって私の闇が最たる例だしね……。
目を丸くしてこちらを見るレイ君は子猫みたいだ。
その目の瞳孔は、明らかに開いてるけど。
……好奇心満々だなぁ。
話す口調も早口だ。そして、止まらない。
「まぁだいたいが、女神の消化不良で起こるんですけど」
「……その言い方どうにかならないかな?」
「あれ、しってるんです? 女神が魂食べてること」
まんまるおめめがきらりと光り。
ぐわっと顔ごとこちらを向く。
うっ⁉︎
いや、むしろなんでその事知ってるんだ⁉︎
その眼光に、引きつった顔で腰を引くと。
ニヤリと……。
爛々と輝く目と、三日月型に開く口で言った。
「……わかりやすい反応……すごい、実に実験向き……!」
その猫が獲物を狙う目で観察するのやめて⁉︎
「で! なんで知ってるのそれ!」
もう怖いからね!
強引に話を逸らすよ!
するとちょっと口を尖らせながらも、説明してくれる。
「海送りで魂が帰らないたび、巨大タコの足が出てくる話、しってます?」
「まぁそれは……」
この前、アルに聞いたばかりだ。
「魂は女神様に返すものです。そこに取り返しに現れるなら、それ絶対女神だと思うじゃなないですか。どう考えても、あれがそのまま回収なわけないです」
調子にのってきたらしく、良い笑顔で語る。
最後のは、子供っぽい主観な気がするけど。
まぁ実際そうらしいので、言い返せない。
むしろ子供感に少し安心はしたけど。
「あ、記憶持ちには、食べられた記憶がある人もいるんですよ」
「え、そんなの覚えてる人いるんだ」
「それも父の研究対象なので」
ちゃんと裏付けはあったらしい。
食べられる記憶とか、持ってたくないけどね?
しかしこの親子何やってるんだ?
研究狂いなのはよく分かったけど。
……レイ君がおかしいだけなの?
「2人ともそういう記憶もあるんです?」
「いや……そういうのはないなぁ」
「オレもないぞ」
「じゃあなんで知ってたんです? 魔術学会にでもいないと、知らないと思うんですけど」
アメジストの瞳が、知りたいと語りかけてくる。
そっくりそのまま、返したいものだけどね?
それほとんどの人は知らないよねぇ。
逆になんで知って……あ、お父さんかぁ。
変な1人で、納得していたら。
「まさか女神様に会ったことがあるとか?」
「えっ……まぁ」
あ、と思った時には遅く。
意図せず猫じゃらしを構えてしまった。
「え⁉︎ なんですかその面白そうな話⁉︎ あれ⁉︎ もしかして先日のお城にいたんです⁉︎」
「えっうんまぁ……」
「いいなぁー! オレもその時図書館いたんですけど! 洪水かと思ったら息吸えるし、なんか光の柱が立つし! 記録取りたかったのに突然すぎて取れなくて……!」
怒涛の言葉の波が押し寄せてきた。
興奮っぷりがすごい、
そして私が言うのもなんだけど、そこ?
「あれ、女神の降臨だとか、救世主が居たんじゃないかとか言われてますけど! どうなんですかね⁉︎ 2人は見たんです⁉︎」
「ていうか犯人ここに……」
「こら! ……あははーなんでもないのよー。そう、女神様は確かに見たけどね!」
セツの口をあわてておさえて、誤魔化す。
考えなしに喋んないでよ!
面倒な気配しかしないでしょうが!
「すっごい! いいなぁ‼︎ 救世主は見ました⁉︎ 男です? 女です? 年寄りです? 若かったです?」
待て待て待て。
ラッシュすぎるし迫ってこないで!
顔がね! 近い‼︎
思わずのけ反りながら横を向く。
「あれ? ……その輝きは……?」
「ひぎゃ⁉︎」
ガッと猫が獲物を捕らえるように、顔を掴まれる。
うん本当に掴むって感じ!
ほっぺがむにゅっとなっちゃうよ⁉︎
その目線の先はもちろんーー。
「『神の涙』……」
大好物を目の前に置かれた子猫のように、彼の顔は喜色満面だった。なお、瞳孔は極限に開いております。
秒でバレたー‼︎
こんなちっさいのによく気付いたね⁉︎
その知識もすごいし、頭は良いんだよなぁ!
「なぁんだぁ……ここにいたんですかぁ……」
「ひぇええ怖いよおおお‼︎」
私はまな板の上の鯉のごとく、震え上がるしかない。
「怖くない、怖くないです……やっぱりちょっと血が欲しいですね、100mlくらい」
「それ結構な量じゃないかなぁっ⁉︎」
「いやいやまだまだ序の口です」
「ひぎゃぁぁぁ! 血が! 血が無くなる‼︎」
「死ぬ程採りませんって。貴重な材料をそんな事で殺しませんって」
「あぁぁぁ完全に実験動物だぁぁぁ‼︎」
やだぁぁぁー‼︎ 完全にマッドサイエンティストです本当にありがとうございました‼︎
さようなら私の推し‼︎
「へぇ……闇ってこんな感じなんですね。あと水と雷が混じってる」
「……へ?」
「検査おわりましたよ。風がないんですね、珍しい」
少し落ち着いたレイ君が、そう言ってちゃんと座る。
えっいつの間にやったの⁉︎
手を触ってはないよね⁉︎
「別に肌に触れていればいいんです」
「え⁉︎ でも私魔力流してない……」
「感情が昂ると、ちょっとくらいは誰でも流れちゃうんですよね。なのでそれを拝借しました」
やっていることは高度そうだが。
勝手にやるのは、どうかと思うよ?
でも今はそれより、安堵が大きかった。
「な、なんだぁ……じゃあわざとやってたのかぁ……」
「そうそう、そうです」
「いやどう考えてもそんな訳ないだろ……」
「実験から副次的成果が得られるのは、よくあることです!」
セツのツッコミの後が、どう考えてもおかしな発言だった。
ねぇなんで勝手に実験してるの?
何しようとしてたの?
お姉さん怖いなぁ⁉︎
「あわよくば泣いてくれたら、涙のサンプルが取れたんですけど……」
頬を赤らめて。
チラッと覗いてくる様は可愛いがーー。
とても狂気的だ‼︎
「泣かせる気だった⁉︎」
「普通の人と違うか比較したくて……」
「やめてよ⁉︎ 絶対やめてよ⁉︎」
「じゃあ血をくれます?」
「嫌だよっっ‼︎ ていうかセツも止めてよっ‼︎」
「レイの実験狂いは今更だから無理」
酷いっ! 弟も酷すぎるっっ‼︎
「大丈夫です。可愛がってあげますよ?」
「やだよ! 実験動物になりたくないよ‼︎ もー普通の友達になりたかったのにっ‼︎」
散々だよぉぉぉ‼︎
そう頭を抱えたら、レイ君が静かになった。
「……普通の友達、です? オレと?」
え、なんでそこ不思議そうなの?
「それ、なんのメリットがあるんです?」
「メリットで友達にならないでしょ……」
「成果が無いのに時間を消費するんです? 無駄では?」
「そこも研究者目線っ⁉︎」
「あー……レイ拗らせてるから……」
弟は遠い目をしている。
いやいや拗らせすぎでは⁉︎
『学プリ』ではそんな事……どうなんだ?
そもそもツンツンだから。
アルたち以外友達いなかったような……。
ダメだ判断できない!
「友達、ダメ……?」
「……ほんとに変な人」
首を傾げてお伺いを立てると、瞬きした後そう言われた。
ねぇなんでそこでその反応なの⁉︎
「はぁ……惜しい研究材料を無くした……」
もう動物でさえ無いね!
けどその反応は⁉︎
「じゃあ……!」
「……いいです。オレももっと観察してみたいので」
「それ変わってないのでは⁉︎」
「血は採りませんから変わります」
「血が基準っっ‼︎」
そりゃ友達から血は取らないよね⁉︎
「魔術学者的に良い反応が返ってくるのって、やりごたえがあるんですよね」
満更でもなさそうに、頷いている。
それはどういう意味だ……って。
「やっぱり研究対象だっ⁉︎」
「とっても残念ですけど、友達になりましょう」
「そんな嫌々な友達嫌だ‼︎」
満面の笑みで残念ながらって言われたよ⁉︎
「友達の形は人それぞれだからまぁ……」
「さすがセス、いいこと言います」
「研究対象は友達の形ではないんですけど⁉︎」
セツとツッコミ放棄しないでってば‼︎
そんなこんなで。
ツンデレをどこかに置いてきてしまった、研究狂いのレイ君と友達になった……のかな?
あの、これ友達であってるんですかね?




