92話 推しが来た! (挿絵)
あんなに意気込んでいたのに。
どうも例の儀式は、動きがないとシーナから聞いた。
恐らく裏で何かが動き出したことに、協会側も勘付いたのだろう。しばらく様子を見るつもりらしい。
不本意だが、こちらも『シブニー教』を解体する大義名分が必要なので。大きな被害を出さないようにしつつ、現場を押さえるのがベストだ。
両者睨みを利かせて、動きがないまま時は流れている。
まぁ、平和で良いんだけど……。正直、このことで気を紛らわせたかったので、ちょっとモヤモヤしている。
あれ以来、ヴィンスと会っていない。
アルにはこの前「2人は何かありましたか?」と聞かれた。喧嘩したと適当に答えておいた。まぁ喧嘩ではないけど……。
ヴィンスは何か言ってたか聞いたら「ティアの様子を聞かれたけれど、何も答えてくれない」との事。
化け物だって。
他の人には言ってないのだろうか。
少なくともアルには言ってないみたいだ。
アルと私が仲良くしてるのを知ってるから、言いにくいのかなぁ。
……悩んでもこればかりはどうしようもないと、分かっている。だってヴィンスが見たのは私の真実だから。弁明しようもない。
なのに私は悩んでいる。
解決したいのか……バカだな、私は。
物事は、終わってから後悔したって遅いのだ。
後悔するくらいなら。
最初から慎重になるべきだった。
ただそれだけ。後悔先に立たずなのである。
だけど、あそこに戻ったって。
私は同じ事をするだろう。
だってそうしないと、どうしようもなかったし。
そんな風にうだうだしていた。
とにかく何かで気を紛らわせたかった。
だから、いつもならしないんだけど。
弟が友達を連れて来ていると知って、覗きに来てしまったのだ。ちょっとだけ見るつもりで。
「……姉ちゃん何してるの」
そして早速バレた。
なんで分かったの?
まだよく見てないんだけど。
「さっきからの失礼な視線は、お姉さんでしたか……」
「ごめんなー、オレの姉バカなんだ」
「誰がバカじゃい!」
そう言って勢いよく物陰からでるとそこにはーー。
少し青味がかった紺の髪は、明るい夜空のよう。
長いまつ毛は繊細なカールを描く。
瞬きをすれば、ふわりと優雅な印象を与える。
抜けるような白い顔は、子猫のように小ぶりだ。
その姿は、まるで精巧に造られたビスクドール。
若干青味がかる紫の大きな瞳は、星みたい。
私は知っている。彼は……。
「レイナー・ゲンティアナ……」
「おや、失礼な訪問者さん。なぜオレの名前をしってるんです? 失礼な弟から聞きました?」
「おいオレまで失礼仲間にするな」
顔に似合わぬ一人称、間違いない。
攻略キャラの最後の1人ーー私の推しキャラ、天才魔術師レイ君じゃないですかやだー‼︎
レイ君は天才魔術師。
地位は侯爵だから、私たちより下ではあるけど。
個人のステータスはめちゃくちゃ高い。
将来有望株って感じ!
その実力は、主人公より1つ歳下なのにも関わらず。今までの実力が認められて、飛び級で入学してくるところからも分かる。
彼はそこら辺の女の子なんかより、お顔が可愛いのだけれど。
本人はそれがコンプレックス。弱々しくみえる細い体も嫌いで、学園ではローブを着て隠していた。女の子らしく見られるのがとことんイヤ。
だから一人称はオレだし。
体力だけで決まらない魔術に心血注いでる。
そしてナメられないように、わざと突き放す言い方をするーー頑張り屋さんのツンデレキャラなんです‼︎
うわぁー! ホンモノだーっっ‼︎
めっちゃ可愛い‼︎
ていうかまだ子供だし、余計に顔ちっちゃいなぁ‼︎
そんな感動で固まる私ですが。
「あの、本当にそこから見つめられてると迷惑なので。どこかに行くか、こちらに来るかしたらどうです?」
と、声をかけられた。
通訳しよう! これはですね!
「そんなところにいないで、こっちに来てお話ししましょう」
という感じです! 印象全然違うね!
「ありがとう! 許可出してくれて!」
「おー優しいオレの友達に、もっとお礼言っとけよー」
「うちの弟がお世話になってます!」
「いや自分の紹介しろよ……」
「あ! そうだった!」
私は知ってるけど。
相手は知らないんでしたね。
ではでは。
「先程は失礼致しました。クリスティア・シンビジウムと申します。こちらにおりますセスの姉でーー本当は従姉妹です。この家には居候させてもらってます!」
「もう養子に入ってるじゃん」
「まぁそうだけど」
アルの前でさえ披露した事がないかもしれない、綺麗なお辞儀を決め、挨拶をする。
知ってますか?
私も一応公爵令嬢なので!
これくらい出来るんですよ! えっへん!
彼が疑問に思いそうな事全部に、先に答えた。
レイ君は探究心旺盛な研究者タイプだから。
疑問に思った事を隈なく聞いてくるんだよね。
そして聞き方が悪いので、どんどん敵を増やすタイプだ……主人公はそれにめげなかったので、懐かれて恋が始まる。
分かりますか?
この懐かない子猫が。
自分にだけ懐いてくれる、優越感‼︎
そして可愛い‼︎ ツンデレだからこそ、明らかな特別扱いが分かるの‼︎
いやー、本当可愛いんですよ! 初々しくて‼︎
フィーちゃんとコンビだと本当にね!
2人とも可愛くてね‼︎
すごい見守りたくなるっていうかね‼︎
目の保養かつ癒し! って感じ。
つまり、応援したいカップル選手権ぶっちぎり優勝なのである!
まぁアルが正規ルートだけどね。
あれはあれで王道でよし……って長くなるな、やめよう。
「……そこまで普通答えます? 変な人……」
そう答える彼は、こちらを不思議そうに見ていた。
変な人認定貰いましたー!
あ、これ褒められてるんだよ?
レイ君は探究心の塊だから。
興味があるっていう遠回しな言い方ね。
「言わなかったら、聞いてたでしょ?」
「なんでそう思うんです?」
「なんとなく?」
「ごめんなー、姉ちゃん変だからさー」
「セツには言われたくないんですが⁉︎」
ほんっっとに減らず口だな⁉︎
「……とりあえず邪魔なので、座ったらどうです? お行儀が悪いです」
「あ、気遣ってくれてありがとう!」
「……ふん」
はい、翻訳。
今のは「立ってるの大変だから、早く座って下さい。もっと話してみたい」かな!
興味なければ直接「あなたに興味はありません」って言われるからね! 分かりやすいでしょ!
そうして私の乱入により。
私が楽しいお茶会が始まった!
……はず、だったんだけどね。