91話 人型の化け物
「ねぇ本当にやるの……?」
「それが交換条件だろ?」
「まぁそうなんだけどさ……」
さわやかな秋晴れの日が続いております。
いかがお過ごしでしょうか。
こっちですか? こっちはですねー……。
「なにも抜け出してまで、動物探しに行かなくてもいいんじゃないかなぁ……」
先日、素敵な捨て台詞を披露したヴィンス。
彼ね、負けず嫌いなんですよ。
頭なでなで大会ビリが、相当響いたらしくて。
当初はうちの弟で練習予定だったんですけど。
「精神年齢で言ったら、大学生くらいなんですけど?」って言って。なんとわざわざ、友達の家に遊びに行きました。そんな嫌か。
でも私はね。
友達がいたらしいことに安堵したから。
止めなかったんだけどさ。
ヴィンスの家に遊びに来たはいいけど、練習台がいないでしょ? だからヴィンス拗ねちゃって。
仕方ないから。
代替案として。
動物の頭を撫でればと、意見を出した。
乗ってきたはいいのだけれど……ここに動物いないのよね。
猫とかウサギとか犬とかいればねーって話して。
犬はともかく、猫は街にいるじゃない?
でもいる場所が多分奥まった小道とかだと、子供じゃ行けないし。行かせてもらえないし。
「あとお前迷うだろ」って言われたら。
ぐぅの音もでない。
……前科ありなので。
それで裏の林になら、ウサギがいるっていう話をし出したんだけど……。
まぁ普通さ。
野良ウサギ懐くわけないじゃん?
そう思うんだけど、聞かなくて。
もちろんそれも子供だけで行けるわけないのに。
諦められないヴィンスは、願いをひとつ叶えてやるから行こうと言う。聞かない子である。
ほっといても行っちゃいそうだし。
私も魔力測定したいので。
ヴィンセントの家の測定器を後で借りる代わりに、林へ忍び込むことになった。
私の仕事は3つ。
脱走がバレないように、幻惑をかけておくこと。
ウサギに幻惑かけて懐かせること。
あとヴィンスに撫で方教える事ね。
ねぇ、結構重労働じゃない?
まぁ、脱走がバレないようにしようって、提案したのは私だけど。ヴィンスに「闇って便利だな!」って褒められたよ。
よく考えてよヴィンス。
結構怖い事私してると思うんだけど。
どんだけなでなでマスターになりたいのよ。
という訳で、私たちはいまローザ家の裏山の林にいます。解説終了。
「そもそもそんなすぐに、生き物いるのかなぁ……」
「任せろ」
そういうと、ヴィンスはいきなり止まる。
ん? どうしたの?
「精霊王の名の下に集いし精霊よ、その力を我に寄与し賜らんーー探れ、フィールエリア」
地を這うような風が、ひゅっと吹く。
え、何?
今のもしかして呪文⁉︎
「えっ! 本当に呪文⁉︎ 魔法⁉︎」
「そーだよ。今のは初級呪文な。んで、あっちになんか小さい反応がある」
「えー! すごいすごい‼︎ 私初めて見た‼︎ 生の呪文カッコいいっ‼︎」
「そ、それほどでもないけど……これ初期呪文だから、クリスもそのうちやると思うぞ?」
満更でもなさそうに、ヴィンスが言う。
ちょっと可愛い。私もできるのかなぁ?
「それ、どういう効果の呪文なの?」
「風を巡らせる事で、自分の周りの地形とか動物とかが分かるんだ」
なるほどなるほど。風ね。風……。
「風……はっ!」
「え、なんだよ?」
「それ風の魔法なの⁉︎」
「そうだけど? だから誰でも使えるぞ」
明るく言ってくれるけど。
「私……風の魔力ない……」
「……え? 魔力持ちにそんな奴いるのか?」
その悪意のない言葉と視線は、私の心を抉った。
うおおおおお! なんでなのおおおおお‼︎
なんで風はこんなに万能なのおおおおお‼︎
そして私はなんで使えないのおおお⁉︎
ちーーーーん。
「……ま、まぁ元気出せよ……僕は闇の方がすごいと思うぞ……?」
「リスク差が……コスパが……っ!」
「あー、ほら。今後必要なら代わりにやってやるから、元気出せって」
ヴィンスが優しい……。
慰めてくれている。視線は泳いでるけど。
まぁ、口が悪いだけで基本優しいんだよね。
「ヴィンスは口さえ直れば完璧なのに……」
「それは褒めてんのか貶してんのかどっちだ」
「どっちも?」
「お前友達少ないだろ……」
「まぁそれは……。でもヴィンスたちがいるからいいよ」
「……そーかよ」
今の言葉の何かが気に入らなかったのか。
ぶっきらぼうかつぶいっとそっぽを向くと。
そのまま先を歩いてズンズン進んで行ってしまう。
「待ってよヴィンス!」
「いざとなったら加速使えば大丈夫だろ」
「だから私、風の魔力ないんで!」
「あ、そうだった」
今言ったのに、思い出したかのように言ったよ⁉︎
「ひどい! さっきあんなに悲しんだのに‼︎」
「いやもう、特殊な例すぎて……」
「泣くよ⁉︎ 私泣くよ⁉︎」
「いやごめんって……お、この草むらじゃね?」
そう言う彼の先には、背の高い草むらが広がっていた。長いと私たちの太腿くらいまである。
視界が悪い。大丈夫だろうか。
ガサガサガサッ!
突然、何かが動いた。
「そこだ! 動いた!」
「ま、待ってヴィンス!」
駆け出すヴィンスを追い掛けてーー転んだ!
「わぷっ!」
「クリス⁉︎」
それに気付いて振り返るヴィンスの背後に……黒い何かが飛び上がるーーあれは⁉︎
「ヴィンス後ろ!」
「⁉︎ 加速!」
すぐにヴィンスは短縮魔法を唱えて飛び退くと、こっちに帰ってきた。
「クリス! やばい! なんかよくわからないスライムだ! 逃げるぞ!」
「あ、あの……私その、加速使えなくてですね……」
「くっそ! そうだった!」
黒いスライムは結構速い。
このまま普通に走ったら追い付かれる!
「神の御名の下に集いし精霊よーー! ダメだ間に合わねぇ! 電雷!」
中途半端な詠唱から放たれた電撃は、威力が低い。
スライムの動きは変わらない。
飛びかかってくる……!
スライム自体は弱い。
でもこれは、変異種なのか色が違うし動きも速い。何があるかわからない。
それに、子供はスライムでも溺れたりする!
「ヴィンス、私を置いてって! 加速使って‼︎」
彼に向かって叫んだ。
私ならどうにか出来る!
でもヴィンスがいちゃ何ももできない‼︎
「はぁっ⁉︎ そんなことできる訳ないだろ‼︎」
あぁー! いいの!
その無駄な正義感置いてけって言ってんの‼︎
「自分を守れるようになってから人が守れるって、ヴィンスが言ったんじゃん!」
「だからって、置いてく訳ないだろ‼︎」
あーもー! 仕方ないなぁ‼︎
「一応頭伏せてて!」
「えっ?」
スライムはもう目の前だ!
「……あんたなんか、ウサギになっちゃえ!」
ビカッッッ‼︎
スライムは眩い銀の光に包まれて。
それが消えるとーー黒いウサギに変わっていた。
「……え?」
突然の出来事に、彼は驚愕している。
「ほ、ほら〜! もう大丈夫! こんな可愛いウサギになってるし!」
この空気を何とかしようと。
慌てながら、黒いウサギを持ち上げる……が。
「お前……なんなんだ、その力……」
どうも、逆効果だったようだ。やっちまった。
「なんで、あのスライムがウサギに……⁉︎ お前が触ってるってことは、幻術でもないのか⁉︎」
そう。この子頭良いのだ。忘れてたよね。
普通の子供なら。
マジックだよーとかで騙せるけど。
彼の場合、そうはいかない。
これが、このスライムが。物理的に世界からウサギへ書き換わったことに、気付いてしまっている。
もしかしたら。
さっきの抜け出してもバレないってやつも。
……追い討ちかけたかな。
「ヴィンス……」
「く、来るなよ化け物……っ‼︎」
私の伸ばした手は空を切り。
その表情は、ひどく怯えて。
肩がカタカタと震えていた。
化け物、か。
忘れてた。
みんな優しかったから。
これが、普通の反応だって。
「……ごめんねヴィンス。驚かせちゃった……私、先に帰る」
すくっと立ち上がって。
なるべく刺激しないように。
優しく、声を出した……はずだ。
「ヴィンスも落ち着いたら、帰ってね。夕方までに帰らないと、心配されちゃうから」
さっきみたいなのが出ると危ないので、この山全体の魔獣にウサギ化の魔法をかける。見える範囲が光ってないから、さっきのだけだったのだろうか。
「……もういないと思うけど、気を付けてね」
最後に「本当にごめん。遊んでくれて、ありがとね」と伝えて、山を降りた。
その顔を、真正面から見ることなんて出来なかった。
馬車に揺られながら後悔した。
今まで散々隠して来たのに。
なんでやっちゃったんだ。
フィーちゃんみたいに、記憶を消せば良いかとも思った。
でも、ヴィンスは多分……。
そのうちまた気付いてしまうだろう。
あの距離感で、ずっと隠しておくのはできない。
仲良くなったから、当然受け入れられると思っていたのかーー私は馬鹿だ。
暗い。目を閉じてるからだけじゃない、闇。
感じるのは馬車の振動だけ。
まるで、1人で何も無い空間に。
ポイッと、放り出された気分だ。
いつもなら眠気を誘う揺れも。
私を夢の世界へは連れて行ってくれなかった。




