88話 わんこの躾 (挿絵)
「……やっぱり行かせるんじゃなかった」
話を聞き終わって、アルはそう呟いた。
「えー? でもこれ最善策だし……」
「でもそれはティアにとっての、じゃないですよね?」
うーん、痛いとこ突くねぇ。
胡乱げな瞳に、曖昧に笑うしかない。
「協会が闇の魔力を求めているという事は、あんなに目立つように使ったら、狙われるかもしれないんですよ? わかってますか?」
「だから女神様の力も借りたんだよー。全部女神様のせいって事にすれば、丸く収まるし……上手くいけば女神様の後ろ盾で、私は安全でしょ?」
「それは気付かなければですよね?」
「まぁうーん、そうなんだけど……」
それでもあれは、最善だっただろう。
ああしないと、全てが後手に回るのだから。
「それに恐れられる可能性も……脅威だと思われる可能性も上がるんですよ? 城の人間は君のお父上の記憶が新しいですから、そんなにマイナスにはまだ見ないと思いますが……」
おー、お父さんすごいなぁ。まぁ、王様を助けたんだもんね。……死んでも、私は守られてるのか……。
「ありがたいことだね」
「え?」
「ううん、お父さんは偉大だなーって、噛み締めたところ」
そのお陰で、私はお城で肩身が狭くなく済んでる訳だね。
意表を突かれた顔に、笑ってみせる。
「女神様もね、今回の事は反対してたんだよ」
「だったらなんで……!」
「でも、私が頑張ることが出来ればいいだけでしょ?」
掴みかからんばかりのアルに、ケロッと言ってみせる。
結論が見えていて、これをしてもすぐに最悪の結果は招かないと分かっている。だからやっただけ。
「だってアルも、自分が頑張ればたくさん人が助けられるって知ったら、頑張るでしょ?」
「それは……」
「そこがアルの良いとこだよね。まぁ無理はしないで欲しいけど」
自分のことを棚に上げて言います。
だって本心だし。
あんまり無理してたら、多分止めちゃうけど。
私の指摘に、彼は視線を逸らす。
「私もそれをしただけだよ? それに……恐れられるくらい、私は強いわけでしょ? 今のところ世界最強じゃないかなぁ。ほら、1番安全じゃない?」
確かめてないけどね。でも現時点では、この能力は最強なのは確かだし。
「……そんな訳、ないじゃないですか」
「え?」
ピトッと、頬にアルの手が触る。
「今だって、私の手に気付かなかったじゃないですか……警戒心がないし、無防備だし、抜けてるし、隙があり過ぎるし、すぐ忘れるし」
あ、罵倒大会が始まってしまった。
うーん、信頼度が駄々下がりだ……。
あ、あれを試す?
「……ごめんね? でも、大丈夫だから信じて?」
そう言って見つめながら、軽く触れていただけの手に、寄りかかるようにして重さをかける。子供の手は柔らかくてあったかいなぁ。
私昔手を出すとわんちゃんが頭乗せてくれる、あれ可愛くて好きだったんだよね!
あれこそ信頼の証ですよ!
無防備な姿勢で、信頼を現す感じ!
そう! これも信頼の証ですよ? ダメ?
アルはというと、なんか唸ってる。どした?
「どうしたの? お腹痛いの? それとも頭痛いの?」
「……なんだかそんな気がしてきました」
「えっ! 大変だ‼︎」
ガバッと体制を戻す。
「君のせいで」
「え⁉︎ 私のせいなの⁉︎ 熱は⁉︎」
頭に手を伸ばしたところで、手を掴まれる。
「嘘です大丈夫です……」
「ならいいけど……アル?」
なんか見てる?
視線の先を辿ると……あー、掴まれてたとこか。
「すみません、跡になってしまいましたか……」
「え! 大丈夫だよ! その、ちょっと力強かったけど、今は痛くないし‼︎」
「さっきは痛かったんですね……」
あぁー! 凹んでしまった!
「そ、そんなに気になるなら消すから大丈夫!」
「え?」
気になっちゃうくらいなら、見えなければいい。
それで、なかったも同然だから。
銀の光が腕を包み、消えればそこには何もない。
「ほら! 大丈夫! もうないよ‼︎」
「……治ってないですよね」
「うぇ⁉︎」
「見えなくしただけですよね」
「ま、まぁ……私に治癒は出来ないからね」
疑いの眼に、視線を横に滑らせる。
あれは光の領分だ。体の再構築からやれば、できるかもしれないけど、それって私なのか不安だし。スワンブワマンみたいだよね。
だから闇に出来るのは、幻惑で見せない事だけだ。
隠し事が得意な。
嘘が得意なーー闇の領分の限界。
「……そうやって、全部隠してしまうつもりですか?」
言葉に詰まる。一応アルのために隠したんだけどなぁ? まぁでも、あれが見つかったらブランとか心配するか。
「だって、なんともないし」
「跡が残るのは、なんともないとは言いません」
うーん、そうと言われればそうだけど。
でも私は、そうやって辛そうな顔して欲しいわけじゃないのよ。
「確かに、心配したくないですし、困らせてほしくないですけど……」
だよねぇ。いつもごめんね。
「隠されるのは、もっと怖いです。私には、隠さないでもらいたいから……」
そう悲しそうな瞳で言って、片方の手を持ち上げると、丁度跡のあった位置にーー。
「⁉︎」
「……今の言葉、覚えておいて下さいね?」
ま、またちゅーされた⁉︎
「な、なななんでそんなちゅーするんですか⁉︎」
「犬は短期記憶の方が優れていて、長期記憶はあまりないんです」
「んん⁉︎」
なんの話だ⁉︎
「直前の記憶しか覚えていられないので、あとで言っても効果がありません。でも衝撃的な事や、何度も繰り返された事なら覚えるので」
「それは犬! 私は人‼︎」
「記憶力は同じくらいかと」
「言い返せない……‼︎」
記憶力のなさには自信がありまくるよちくしょー!
頭を押さえる私に、アルは悪い顔で笑う。
「されたくなければ覚えて下さい。覚えないなら覚えるまでやります」
「調教の次回予告をされたっ⁉︎」
なんで⁉︎
私どこかで間違えちゃったかなぁ⁉︎
私が悪いの⁉︎ そうなんですか⁉︎
そしてアルは、混乱している私を引っ張って立ち上がらせると。
「では、皆さんにも怒られに行きましょうか」と言って手を繋いだ……って待って‼︎ 今なんか言わなかった⁉︎ ねぇ⁉︎