87話 王子様は名探偵
部屋に入っても、座るまで手を離してもらえなかった。つまり、向かい合ってじゃなくて隣り合って座っている。
な、なんだこれ?
いや良いけどさ?
2人なのに隣に座るのってこの世界だと変では?
「アル? どうしたの? 私どこも行かないよ? なんにもしないよ?」
「……君の言葉を、だんだん信じられなくなってきました」
「ええええ⁉︎ ど、どうして⁉︎ 私の忠誠心疑われてるのっ⁉︎」
「それは……疑ってませんけど疑ってます」
どっちだそれは。
いや! そんな事より疑われるのはマズいよ‼︎
命乞いが出来なくなるじゃないの!
バッドエンドフラグ立っちゃう‼︎
焦った私は、顔を覗き込むようにしてご機嫌取りにかかる。
「ど、どうしたら信じてもらえるかな……?」
「今後勝手に動いて、危ない事しなければいいんじゃないですかね」
「えぇ……危ない事はしてないけど……」
「危ない事はしてない……?」
うひゃ! 冷気が! 冷気が⁉︎
えっリアルに気温下がってる気がするの、気のせい⁉︎ それともその冷たいお顔の迫力のせい⁉︎
「どの口がそんな事を言いますか……?」
「ひぎゃあぁ‼︎ えええ⁉︎ ごっごめんなさいごめんなさい⁉︎」
「それは意味を理解して言ってるんですかね? とりあえずで謝ってませんか?」
「うぐっ!」
すみません。
とりあえず許して欲しくて謝りました‼︎
あまりににっこりと怒ってるからー‼︎
「あ、あの……改善するので、教えてくれませんか……?」
そう言って懇願のポーズをとると、「はぁーーー……」と。それはそれは子供に似合わぬ、長いため息が聞こえた。
「まず危ない事ですけど」
「うんうん」
「……うなずきだけはお利口ですね、まったく……」
「それ以外もお利口になるよ!」
「……。」
「え、そこなんで黙るの?」
ほんとだよー?
言われたら直すもん!
そんなとこで嘘つかないよ!
しかし伝わらないのか。アルは白けた目でこちらを見たまま、話を続ける。
「危ない事ーーつまり自分の身に危険が迫るような事は、やめてください」
「え! 私してないよそんな事!」
「どの口がそれを言うんですか?」
「えっ」
ギロリ、と一瞬凄まじい眼光がこちらを貫いた。
「突然飛びだしていって、探しにいくまで帰ってこなかったり。大丈夫だと言って謁見にいったら自分の魔力アピールしてた人のーーどの口がそれを言うんですか?」
「ひっ! あの、あのそれはですねー! そのー!」
「……どっちも私がどれだけ後悔したと思ってるか、分かってますか?」
「後悔……?」
そう言って、下を向いてしまう。
なんで後悔? 1つ目はまぁ、探すの大変だし分かるんだけど、2つ目ってなんだろう……?
ちょっと目を閉じて、考えてみる。
アルが、後悔しそうなこと……。
それってーー。
「あ! 婚約者がすっごい面倒くさい人ってわかっちゃったから⁉︎」
「……ティアに答えを求めた私がバカでした」
「えっ! そんな事ないよ! アルは頭良いよ⁉︎ なんでそんな事言っちゃうの⁉︎」
「……はぁ」
ヒラメキと共に目を開ければ、芸術的なほどのジト目がこちらを睨んでいた。オマケに、ため息までセットで。
もー! さっきから幸せ逃しすぎだよ!
しょうがないから、ため息が漏れたあたりで手を合わせた。
「……それは何をやってますか?」
「逃げた幸せ捕まえてます!」
「……。」
「ほら! これを吸って‼︎」
「はぁぁぁぁ」
「ええー! もっと逃げちゃったよ!」
ちゃんと集めたんだから吸ってよー‼︎
とりあえず吸ってくれたら話を聞くと言ったので、アルは仕方なさそうに深呼吸してくれた。よし! 幸せは守られたよ‼︎
「たしかにすごく面倒くさいのは、嫌と言うほどわかりました」
「わ、わかっちゃったかぁ……婚約解消?」
「しません」
「あれ? しないの?」
「しませんよ」
「そっかーよかったー! じゃあまだ嫌われてないってことかー!」
よかったよかったー!
嫌われちゃったらゲームオーバーだし!
何より私が悲しいもんね!
安心して、胸を撫で下ろしていたら。
「……嫌われたくないなら、全部話してくれますよね?」
「え?」
「ここなら私以外、誰もいません。あの突然の水も、きっと女神様だって、君がやったんでしょう? なんであんな力を見せつけるような事をしたんですか?」
あ、諦めてなかった。
違う意味で安心できなかった。
むしろ追い詰められていた。
「ええーと、そのぉー」
「あなたは協会が怪しい儀式をするって言いましたけど。その怪しいってなんですか?」
「危ない儀式でしてー……」
「それだけで普通国が動きますか? 宗教の解体まですると思いますか? ありえませんよね」
「う、うーんそういう見方もあるかなぁー?」
「それだけじゃありません」
あ、まだあります?
私もうお腹一杯だなー……なーんて……。
「あなたは外にまで見えるように、力を使いましたよね?」
あぁ、見てたのね。
まぁ見えるように使ったのは私ですけれど。
「なぜそんな真似を? 闇の魔力持ちはただでさえ恐れられて、悲劇的な死を迎える話しましたよね? 聞いてましたか?」
「そ、それは私も聞いてたから……できればあんまりやりたくなかったけど」
「やりたくなかったなら!」
ヒートアップしてきたアルに、ガシッと腕を掴まれる。
我を忘れているのだろうか。
力が強すぎてちょっと痛い。
「何故そんな事したんですか! 世界を救うためですか⁉︎」
「えっなんでそれを……」
「やっぱり!」
「あ! ヤバい言っちゃった‼︎」
慌てて手を口に当てるも、意味がない。
「もう遅いです! ……おかしいと思ってたんです。何もしてないのに『神の涙』をもらうだなんて」
その声は、だんだん元気がなくなってくる。
「最初は、リリーと仲良くするだけでいいって言うから、変だと思ったけど了承しました。でも、今回の事でよくわかりました……」
そう言って、力なく俯いてしまう。強く握られていた腕には、赤い跡が残った。
「何がわかったの……?」
「……勇者、英雄、聖女……この共通点は何ですか?」
えっ? なんだろう……?
聖女いるから男女どっちもいるし……。
神様絡みとか……だから何?
難しい顔をして悩んでみても、わからなかったけど。
「……全員『救世主』です……。つまりこの世界を救うように、神から頼まれた者たちですよ」
「……わ、私はそこからはちょっと、外れると思うけどなぁー……」
その目は、どこか遠くを見つめている気がした。けれど確かにこちらに向いていて。私は誤魔化すように、というよりは否定するつもりで首を傾げた。
あぁ。そう言えばシーナも言ってたか。
「救世主と同じ証を持つ貴女様なら」って。
だけど私は聖女と正反対だし。勇者や英雄になれるほど腕っ節も立たない。そんな大層な志はなくて、ただーー目の前の人がいなくなるのが嫌なだけ。
もっとエゴだ。並べちゃいけない。
「それでも……お願いされたんですよね? 本来神の姿は、人が象ることができないんです。それができたなら、そこには神の意思がある」
鋭いその瞳と言葉に動揺した。
えっそうだったの⁉︎
私女神様のワガママだと思ってたよ⁉︎
「そして神は、人にお願いなどしないと言っても良いでしょう。する必要がありませんから」
驚く私は放置されて、どんどん結論は掘られていく。
「だからお願いされたなら、その願いは1つだけ……2つ以上お願いなんてされません。つまり今回の事は根本で繋がっていて、その願いは1つなんでしょう」
鋭いイエローダイヤの輝きは、まっすぐこちらを見ていた。
うーん、ダメだこれ!
もうはぐらかせないや!
さすがアル頭良すぎ‼︎
「次代の王様は優秀だなぁ……」
「それは認める発言ですね?」
「違うって言ったら、聞かないでくれるの?」
「一生に一度のお願いでもない限り、無理ですね」
デスヨネー。
遠回しな拒否と嫌味だわコレ。
怒ってるなぁ……。
素直に感心したり、かわいこぶってみたりしたけど。全然効かずに、彼はそっぽ向いてしまった。あちゃー……これは曲げてくれそうにない……。
「……でも1つ言っておくけど、今回は私主体で動いてるから。女神様は悪くないからね?」
諦めて、小さく苦笑してから。仕方がないので、私は今回の件についてだけアルに詳しく話す事にした。
まぁ放って置いてもこの調子じゃ、お城の噂から真相に辿り着くかもしれないから。早いか遅いかの差だね。はー、アルはいい探偵になれるよ。




