7話 優しい家族
「つか起きたんなら、母さんたち呼んでこなきゃ」
歓喜に震える私に興味がなくなったのか、唐突にセツが言った。
なぜこの感動を分かちあえないのか。
お姉ちゃんは悲しいよ。
この弟、危機感が全然ないぞ!
しかしそれはそれとして返事は返すべきかなと思って応える。あと一応本人確認もしとく。
「あー……そっか。セスのお母様にも起きたこと伝えなきゃね。あと呼びにくいからそのままセツ呼びで呼ぶけどい、いよね?」
「それはいいけど……そういやオレもクリスティアって呼ぶのか。うわ、めっちゃ違和感」
呼び方に関して考えてなかったらしい弟は、一気にしかめっ面になった。
「まぁ呼び方はクーとかでいいんじゃん? クリスティアだから大丈夫だと思うし、もともとせつはくー姉呼びしたりするでしょ。クリス呼びはやめておいて。なんとなく男の子みたいだなーと思っちゃうからさ」
まぁ慣れの問題かもしれないけど。
そして私の偏見の問題だけどね!
女性でも問題ないのは頭ではわかってるんだけど、日本で触れるクリスが男性キャラが多かったからそう思ってしまう。なんかゾンビを倒すゲームとか頭をよぎっちゃうからさ……。完全に前世を捨てないと、イメージが覆らない。そしてたぶん、それはむずかしい。私の心はまだ日本人なんだよね。
「あー……じゃあそうするか」
そういいながらセツは、私が起きたことを伝えに部屋を出ていった。すぐに両親とお医者様が来て、診察をしてもらった。これだけぴんぴんしてるので当たり前だけど、結果は健康そのものだった。
2人は安堵して、よかったと手を握ってくれた。
セスと同じプラチナの髪に、黄色の優しげな瞳。
この様子からも感じられる。間違いなくいい人たちだ。
今日は起きたばかりだからゆっくり過ごすように、また後日助けていただいたアルバート王子にはお礼へ伺うように手配する、と私に優しく語りかけて、セツを連れて彼らは出ていった。
セツはなんかチラチラこっち見てきたけど。
まぁ気にしないでと手をひらひらさせたら、仕方なさそうに行った。
彼らがいなくなってから、ふと下を向いた。
そこに見えるのは黒い髪。
そして、思い出すーー彼女の瞳の色は黄緑色だ。
やっぱり違うんだなぁと思った。
何がって、血筋のことだ。浮いてるなって、もう見た目からわかる……これだけ差があればね。今の私はクリスティアになっているわけだけれど、前世の記憶が強いせいか、今の記憶を思い出そうとするとまるで他人事のような回想になってしまう。
クリスティアには両親がいない。
先日ひとりぼっちになった。
生まれたときに母親を亡くし、父親まで失ってしまった。
その結果、分家方から本家の公爵家に養子になった。だからセスの両親が親といえるけれど、本当の親ではない。ここは従兄弟の家なので親族ではあり、血の繋がりもある。まったく知らぬ家ということではないし、世間的に見れば身分の高い本家に養子入りできるなんてかなり幸運といえる。
だからひどい扱いを受けているとか、そういうことはない。それどころか今はとある理由から王子の婚約者になっているから、むしろ普通よりかなり大切にされるはず。状況だけ見れば、この立場をのどから手が出るほど欲しがる人が大勢いるだろう。
けれどまあそれは、地位や栄誉に限ればの話。私にとってのクリスティアは、ずる賢そうなイメージな性格じゃないんだよね……もっとこう、子供っぽい感じで。だから幼少期がそれより大人びているとは思えない。
彼女は悪役令嬢になったけど。
それは身にあまる栄誉を求めただけの結果だったのかな?
もしかして私、大切なことを見逃してたりするのかも。
たとえ王子に恩を売れても、私が悪役令嬢みたいに歪むような事へなっては意味がない。絶対ならないなんて言えない。ならない保証なんかない。だって今私はクリスティア本人だから——悪役化の土台は整ってるってことなのだ。不安要素は取りのぞいてこそ、バットエンド回避ができるというもの。
だから、一度クリスティアについてーーどうしてあんな悪役令嬢になってしまったのか考えてみよう。そこにはきっと、ゲームにはない答えがあるから。