83話 一生に一度のお願い
1週間かかるかと思っていた謁見は、なんと3日で準備が整った。
内容が内容だし。
どうもアルも動いてくれたみたいだ。
その間私は打ち合わせの復習と、指パッチンがカッコよく見える角度を考えてた!
え? 何してんのかって?
いやいや大事なんですよ、指パッチン。
カッコいい方がいいでしょ?
アルから謁見の前に会いたい、と連絡もあったけど断った。
だ、だって怒られそうじゃない⁉︎ やだよー!
頑張ろうとする前に怒られるのはごめんだよ!
後でならいくらでも聞くよ‼︎
今日はさすがに、子供だけじゃ話も聞いてもらえないし。家族総出で来ている。そう、何故かセツもいるのよ。いない方が気が楽なんだけどなぁ。
セツには「それ、死なないために必要なの?」って聞かれたから、ドキッとしちゃった。
けれど「うん」と答えれば。
「ふーん」だけで終わった。
あの子は私を疑わない。
……思えば、セツに対して言葉で嘘を吐いたのは初めてかもしれない。
だって、どうでも良い話しかしてこなかったんだもん。だから疑わないんだろうなと、今気付いた。
セツごめん、むしろ逆なんだけどね。
あと家族以外にも、シーナを侍女として連れて来た。普通連れてくるにしても、大人のメイドさんだけど。こうでもしないとお城に入れないからね……。
みんなで馬車に乗り、その中でも「今日は大丈夫なのか」とか。「今ならまだ間に合う」とか。お父様とお母様に言われた。
謁見申請のときに、概要は伝えるはずだけれど?
断るとか間に合わないよ。
無礼な行為は、自分たちにも良いことないのに。
何を言ってるんだか。
……心配してくれてるのが分かるから、余計に頑張ろうと気合を入れた。
今日のはまず第一段階だが、これを越えた先に世界の滅亡阻止があるのだ。みんな関係ある話だから、ここまで来たら止まれない。
お城に着くと、そのまま謁見の間に行くはずなのに、何故か応接間に通された。あれ? なんで?
「クリスティア・シンビジウム公爵令嬢、アルバート王子がお呼びでいらっしゃいます」
「⁉︎ あの、でももうすぐ謁見ですよね⁉︎」
「予定の時間にはあと1時間御座いますので」
え⁉︎ どういうこと⁉︎
バッとお父様の方を見れば、バッと顔を逸らされた。分かりやすすぎる犯人発見‼︎
えっ何お父様、アルに説得するようにお願いでもしたの? 嘘でしょ? グルなの? そこまでする?
「恐れ入りますが、殿下がお待ちでいらっしゃいます」
くっ! ここでメイドさん困らせても仕方ない……!
王子サマのご命令には逆らえないので、そのまま私だけアルの所へ向かう……あぁ。いつもの部屋だ……。
「どうぞお嬢様、こちらから中へ」
促されて部屋に入ると、やっぱりアルがいた……無表情だけど、私には分かる。
あー! 怒ってるー‼︎ 怒ってるよー‼︎
「……2人で話をしますので、下がってください」
私が渋々席に着くと、アルはメイドを下がらせた。
あー! メイドさん!
ちょ、行かないでー‼︎
「……私の面会希望を断ってまで、あなたは何をする気ですか?」
ううーん、氷点下‼︎
人も凍りつくアイススマイルで、アルはこちらに問うてきた。目からレーザービームでも出してんのかってくらい、ガン見。
「お、お伝えしております通り、予言をですね……」
「今までは黙ってきましたよね? どうして突然、何故今なんですか?」
まぁそうなりますよねー!
でもね、言えないよ!
だってここで言うことが目的じゃないから!
「……すぐに伝えなければならない予知がありまして」
「なら、今ここで教えて下さい。教えられるでしょう?」
「……それは女神様に王へ直接伝えるようにと……」
「何故ですか? 予知だけをそのまま話すのであれば、誰に話しても変わらないはずです。第一、予知に神は関わらないーー何を隠してますか?」
はぁぁぁぁ……。
だからアルバート王子は嫌なのよもー。
賢いったらありゃしない。
目が泳ぎまくりの私を、貫くような視線のまま冷たく見つめている。
クリスティアの糾弾イベントも、こんな感じだったよねぇ。こっちはただでさえ緊張してるのにさ。
……体が萎縮してしまった。
このままじゃ、上手くいかなくなっちゃう。
仕方ない。こうなったら……。
「……アル」
「何ですか? 話す気になりましたか?」
「そっちに行っても良いかしら?」
「……どうぞ」
普段なら、何言ってるんだと言われるとこだなぁ。まぁ、今日は話が聞けるなら良いと思ったんだろう。
でもごめんね? 話してあげない。
席から立って移動する間も、まるで監視のようにアルの視線は離れない。ポスン、と隣に座る。そこでやっと、アルにちゃんと視線を合わせる。
「アル」
「はい?」
「今から私、あなたに魔法をかけるわ」
「はい⁉︎ あなた何しようとして⁉︎」
「大丈夫……言葉の魔法だから。これを聞いたら、きっとあなたは私に何も聞かずに、行かせてくれるわ」
「は? そんな事あるわけないでしょう?」
……でもきっと、アルは優しいから。聞いてくれるよ。
「その前に1つお願いがあるの」
「今度はなんですか……」
私が次々に予想外のことを言うからだろう。とても子供とは思えない、怪訝な顔をしている。
「あのね、一生のお願いだよ」
「そんなお願いで、騙されるわけないじゃないですか!」
「違う。これは、なにも聞かずに行かせて欲しいってお願いのじゃないよ」
それを引き出す為のーー前段階の罠だ。
私はズルい人間なのよ?
あなたは、しらないでしょうけれど。
「ね、聞いてくれる?」
「……内容によります」
その発言にクスクスと笑う。
確かになぁ。
でもそんな、難しいお願いじゃないよ。
「あのね、今から1つだけ。無礼な事しても許してくれない?」
「な、なんですかそれは? なにをする気で……」
「お願いっ! 一生に一度のお願いっっ‼︎」
手を顔の前で合わせて、必死に頼む。
「……本当に、一生に一度ですからね?」
「やった! ありがとう‼︎」
「そもそも無礼なのは、今に始まった事でもないんですが……」
「うっ。それはごめんだけど……」
いつもご迷惑をお掛けしております……でも、今日ほどじゃないと思うよ、多分。
「ではこっちを向いて、手をダラーンとして下さい!」
「わざわざ向くんですか? 力を抜いて?」
不審がりながらもやってくれる。
「これのどこが無礼……」
「そのままストップ‼︎」
「えっ」
大きな声でそう言って、アルが驚いて固まっている間にーーソファに少し膝を乗せて。
上から首に手を回すように、ギュッと抱きしめる。
「……ティア?」
「……。」
目を思いっきり瞑る。
ダメだ。今泣いちゃいけない。
1度大きく深呼吸をし、抱きしめる腕に力を込める。
「……ほんとはね、ちょっと緊張してるの。でも、これを私が頑張れば。たくさん助かる人がいて、みんな笑顔でいられるんだよ」
どうして私が危険を犯してまで、と。
考えない訳じゃない。
だって、私は別に優しい訳じゃないから。
そんな高尚な、自己犠牲の精神なんて持ってない。
でも、知ってしまった。
無視したら沢山人が犠牲になることを。
そして、その果てに世界が滅ぶだろう事を。
知らなかったら、スルーできた。
でも、私はもう知っている。
知らない時には戻れないからーー無視できない。
「頑張れって、言って。応援して、いってらっしゃいって言って。大丈夫だから」
囁くように、溢すように。
彼の頭に私の頭を預けてそう言う。
私だって、怖い。けれどそんな言葉は、つばと共に飲みこむのだ。
震えそうになるのを、アルを抱きしめて堪える。弱くなってはいけない。私はお姉ちゃんなのだ。貴方も守りたい。それを忘れてはいけない。
アルの手が動く気配に気付き、身を離す。ここで捕まったら台無しだ。
「ね? どう?」
努めて明るく尋ねる。
ちゃんと、笑えているだろうか。
「……頑張れなんて、言いません。……だけど……止めません」
一瞬チラリとこちらを見てから、諦めたように目を閉じる。それが、アルの答えだ。
「……ありがとう」
それで十分だよ。
「きっとアルにも見えるから、楽しみにしてて。また後でね!」
それだけ言うと私は、ここにいたくなる想いで縛り付けられる前に。アルを残して部屋を後にした。