80話 悲願のギフト
「私がシンビジウム家ーーいえ、シンビジウム伯爵に引き取られた理由は、お嬢様からでした」
シンビジウム伯爵。久々に聞いたな……お父さんのことだ。
あっちは分家だから、爵位下なんだよね。爵位貰えてるだけ良いけど、多分これも監視目的だったんだろうなぁ……。
そんな風に色々考えて、遠い目をしながら答える。
「知ってるわ。私が『歳の近いメイド』が欲しいって言ったからでしょ」
「ふふ、そうですね。それが理由の1つです」
え、まだあるの?
「私は先程、隠密諜報部隊の為に訓練されたと申し上げましたね」
「ええ……」
「部隊員は変装ができます」
「えっ」
「シンビジウム伯爵はこう仰いました。『娘に友達が出来なかったら、変装して慰めて欲しい』と」
待って。なんだその理由。
身構えたのに、斜め上から殴られた気分だよ?
思わぬ衝撃発言に、目が点になる。
「何故そうなったのお父さん……」
「『変装出来ればメイドだとバレないし、友達何人分にもなるだろう』と」
「そうじゃないでしょお父さん……」
「あのままのお嬢様であれば、仕方がない事かと……」
「シーナ、メイドの自覚ある⁉︎」
ついに想いが声に出た。
ねぇさっきから失礼すぎない⁉︎
あと私、一応今子供よ⁉︎
シーナさん対応の仕方おかしいよね⁉︎
シーナはクスクスと笑って言う。
「隠密諜報部隊は、空気が読めなくてはいけません。最近のお嬢様は別人のようでいらっしゃいますから、問題ないかと判断致しました」
そうだけどそうじゃないだろ‼︎
ほんと無駄に肝が据わってるな‼︎
「知ってる? 私が『シーナいらない』って言ったら、辞めさせられちゃう可能性もあるんだけど」
「そうなったらそうなった時ですね」
「なんで達観してるの⁉︎」
「隠密諜報部隊に戻るしかないですね」
「戻れるの⁉︎ っていうか待って⁉︎ それまるで協会が部隊持ってるみたいな……」
「そうですよ」
自分の耳を疑う。んん⁉︎ 気のせい⁉︎
「あの、今……」
「そういう部隊があるんです……貴族に貰われた部隊員は、繋がっております」
「現在進行形だった⁉︎」
まさかの発言に、開いた方が塞がらない。
え、協会こわっっ⁉︎
蔓延るどころじゃなくて牛耳ってるじゃん⁉︎
でも、それより……さっきから気になっていたけど
「何でこんな話、私にするの……?」
あの、私5歳なんですよー。
どう考えても5歳児が聞く話じゃないんですよー。
何で話したのよ本当に。
「お嬢様は『ギフト』をお持ちなのでは?」
「……それは、どういう?」
「そうですね……婚約がお決まりになってから、お嬢様は変わられました」
……まぁ、それは他者からも明らかだろうけれど。
隠す気がないし。私も自覚あるし。
しかし普通そんな突っ込まないが、そこはシーナだ。私が明らかに口がへの字になってようが、気にせず続ける。
「噴水に落ちたと聞いておりますがーーそういった衝撃で、または最初から。『ギフト』を得ている者は、あそこにもいましたから」
え、なに⁉︎ 他にも転生者いるの⁉︎
「過去の記憶ーーお嬢様がお嬢様になる前の『ギフト』をお持ちなのでしょう? そういった『ギフト』を持つ者は皆、年齢に似合わぬ知的言動を致しますので」
「……まぁ、5歳はこんなに賢くないよね。見る人が見ればわかるってことね」
これは……転生者だとは思われてない、のかな?
でも過去の記憶は過去の記憶だ。不必要な事は言わないけれど、もうバレてるところは認めても問題ない、はず……。
「そして、先程確信致しました。お嬢様は協会『悲願のギフト』も、持っていらっしゃいますね?」
は? なんだその『悲願のギフト』って。
明らかな不審顔を向けると、シーナはいつも通り顔色も変えずに言った。
「闇の魔力、お持ちですよね? それも強力なものを」
これは……なんて答えたら良いの⁉︎
さっき自分でスパイだって言ってた人にさ⁉︎
「そうよ!」とは言えないじゃない⁉︎
しかもよくわかんないけど、闇の魔力は協会の悲願だっていうし⁉︎
これはあかんのでは⁉︎
ダメなやつでは⁉︎
私だけでは対応できないやつでは⁉︎
ダラダラと流れ出る汗を感じながら、思わず黙ってしまうと。
「ご安心下さい。協会には引き渡しません……私は、貴女様に助けを乞いたいだけなのです」
真剣な表情でそう言うなり、彼女は私の足元に跪いた。
「えっ⁉︎」
「お嬢様、もう時間がありませんーー協会は動き出しています、『悲願のギフト』を手にする為に」
戸惑う私に、彼女は頭も上げず真剣な声で話す。
「な、なに? どういう事?」
「協会は『悲願のギフト』……闇の魔力が『神のギフト』である事を知っております。それを手にする為に、今までも沢山の、魂が捧げられてきたのです」
え⁉︎ それって。
闇の魔力が女神の加護だって。
知ってるって事かな⁉︎
ま、まぁそれは分かる人が神話読んだら、気付くかもしれない事だけど……そこじゃないよ!
「沢山の魂ってなんですか⁉︎」
「『悲願のギフト』を受け取る為にーー神のもとへ魂を返す儀式を、協会は行っているのです」
儀式! 儀式だって⁉︎
頭に浮かんだのはそう、女神様が言っていたーー「恨みつらみを集めればいい」「儀式」「返ってこない魂が沢山出る」……!
「それ、成功してるの⁉︎」
「……実験段階は終了しております」
なんて事だ! もう儀式は行われている!
「けれど近々、もっと大規模な儀式が」
「何ですって⁉︎」
それ、もしかして『この世界の滅ぶ原因』じゃない⁉︎
「それはいつなの⁉︎」
「早ければあと1ヶ月以内には」
んー微妙な期間!
いや、でも対策取れるか⁉︎
「儀式には……苦しみが必要とされるんです。それを伴った人間を神の元へ還すことで、憐みの『ギフト』を授かるとされていて……」
解釈違い! それ魂、神の元へ返せてないし!
そのままその人達の怨念が、魔力になってるだけだよ!
まぁ知らないだろうけどさ‼︎
「あんなものが、大規模で……っ! すみません、酷いお願いで、どうにもならないかもしれない事は私にも分かってるんです……ですが!」
下を向いていた顔を、バッとあげたーーその顔は、酷く歪んで、濡れていた。
「お嬢様! 貴女様であれば! 過去の記憶、闇の魔力……そして救世主と同じ証を持つ貴女様なら! 私たちの苦しみの連鎖を断ち切って下さるかもしれない!」
堪えるかのように、シーナは顔を手で覆った。
「助けて下さい……私の仲間達も、沢山失う事になるんです……もう、耐えられない……!」
私は優しくない。
でも、知ってしまったものを。
見てしまったものを。
無視することなんて、出来ない。それも確かだ。
あと昔から、頼み事って断れないんだよね……はぁ。
諦めて、シーナの元へ屈む。
「よく分かりました。けれど、私にもできる事できない事があるので、絶対助けるとは言えません……でも」
顔を上げて、必死にこっちを見ようとしているシーナの手を握る。涙でぐちゃぐちゃだね。
「最善は尽くしますーーまずは、私と答え合わせをしてくれる? シーナ」
私はバカなのかもしれない……。
でもまぁ、どうせ世界は救わなきゃいけないのだ。正義の味方にも主人公にもなれない悪役令嬢だけれど、その道すがらの人助けくらいはね。
その為にまずは。フィーちゃんの言ってた事の、真相を知るところから始めましょうか。




