78話 悪役令嬢の甘い爆弾テロ (挿絵)
「お嬢様……本当に作られるのですか?」
「もちろん! 待ってってね! 大丈夫コレ失敗しないから‼︎」
目の前にはチョコの山。
そして生クリームとココアパウダー。
お湯はもうすぐ湧くだろう。
私の武器は今回棍棒ーー何をするかって?
トリュフ作るよーーー‼︎
こないだの件で今お父様とお母様には。ちょっとやそっとなら私が可愛く見えちゃう、謎の呪いがかかった。
あ、私かけてないです。本当です。
そこで、このタイミング逃すまじ‼︎ という事で。
チョコの材料とキッチン使用権を強請った訳だ。
料理に興味があると。半ば無理やり。
ただ今呪い真っ最中のお父様とお母様は、火を自分で使わないという条件付きで許可して下さった。まぁ身長的にも、今のままじゃ無理そうだしね。
というわけで。湯煎で比較的頑張れる、これを選んだ……というよりも。
「何故トリュフなのですか?」
「失敗したくないから」
そう、作る理由はこちらが大きい。
これが1番失敗しないくせに、美味しいからだ!
クッキー? あれは焼き加減とか間違うと、焦げたり大変だと思う。あと分量が大事だよね。お菓子って、化学だからさ。
その点トリュフは良い。
だって適当でもできるもの!
……良い子のみんなはちゃんとレシピ見ようね。
「大丈夫だよシーナ! 美味しいの作るから! 待ってて‼︎」
シーナの不安そうな目を感じながら、私は一心不乱に紙に包んだチョコを叩き割る。包丁も許可を貰えなかったからだ。
両手で棍棒を持ってガンガンやる私から離れ、シーナはお湯を取りに行く。ついでに生クリームもあっためてもらう。
「あの、お菓子なのに分量を見ずによろしいのですか?」
「大丈夫! これは溶かすだけだから‼︎」
明らかに不安しかなさそうなシーナに、ボール5分の2くらいにお湯を貰う。そこへひとまわり小さいボールを入れて、少し待つ。その間も叩く。
そしてボールが温まったところで、木っ端微塵と化したチョコを投入!
細かくなっていたチョコが。
トロリと溶けて、液状になっていく。
部屋が甘い香りに占領される。
そこにあっためて貰った生クリームを入れて、ひたすら混ぜる! ちょっと緩いかなーと思ったらチョコを足す!
うん、こんなもんかな!
「その、作り方はどちらで……」
「前の家?」
「前の家……」
「もう終わるから大丈夫‼︎ あと冷やしてココアまぶして丸めるだけだから!」
ずっと、不可解なものを見るような目で見られているけど。あえて無視している。
分かるよー。チョコも至高品だ。
それがこんな大雑把に使われて。
実験されるのが耐えられないのよね。
さっきからソワソワしてるもん。
でも大丈夫!
私バレンタインはトリュフ一筋で生きてきたから‼︎
あの時は最終的に、味のレパートリーが6つになってたんだけど。そういえばここ、抹茶とかないのかな? 紅茶あるなら作れるはずだけど。
今度確認しようと思いながら、トレーにチョコを流し込む。これを冷蔵庫に入れる。冷凍庫とかないからすぐには固まらない。
でも大丈夫。3分クッキングするから!
蓋を閉じた時点で、私がチョコに固まるように魔法をかける。これなら光も漏れない!
嘘。ちょっと漏れた。
想定外です。
「あの、今光りませんでしたか?」
「この冷蔵庫、冷却加速機能付いてるから! それが発動しただけだから!」
「え、聞いたことな……」
「全て冷蔵庫のおかげだから!」
またドアを開けて、トレーを出すとそこには固まったチョコが。
これをスプーン使って掬って丸めます!
予め紙の上はココアの海にしておく!
「……何故固まって⁉︎」
「超冷却型冷却加速機能付形状固定冷蔵庫だから!」
「さっきと変わってませんか⁉︎」
「気のせいよ、それかさっきのが略称よ」
とりあえず長くしたらそれっぽいから、適当に言っただけだ。意味はあんまりない。
明らかに不審の目を向けられている。
あれ、私これの目的。
シーナと仲良くなる事だったような。
あれれ〜? おかしいぞ〜?
まぁ食べてもらえれば、どうでも良くなるに違いない。そう、美味しいものの前には、すべてはどうでも良くなる。そういうものよ。
ですので、そのまま気にせず続行。
大きめのスプーンを使ってチョコを掬い、もう1つのスプーンでココアの海に落とす。そしてスプーンの背でコロコロ転がすと……よし!
「はい! シーナあーん‼︎」
「⁉︎」
毒味に思えて、嫌だったのか。
とても困った顔をしながらも渋々、スプーンで掬った出来上がったばかりのトリュフを口にすると……。
「えっ美味しい」
「そうでしょー! 大丈夫でしょ!」
えっへん! と胸を張る。
そりゃそうだ!
だって溶かしただけだもの!
失敗しようがないよ!
どうしても緩すぎたら、そのまま生チョコにすれば良いし。
びっくりしているシーナに満足して、私は新しいスプーンで、また転がす作業に戻ったのであった。
出来上がったチョコは多めだったので、感謝の気持ちだと言って屋敷で配る。
絶賛呪い中のお父様お母様、あと味を知ってるセツ以外は。最初不審がるが、食べるとびっくりしていた。
甘いものは人の心を簡単に溶かす。
使用人全員だから、たった1つずつしか配れてないけど。それでも私を見る目が変わるのだ。甘い爆弾多発テロだ。
一通り配り終え戻って来たところで。
「はい、シーナも頑張ってくれたからもっと食べてね!」
家族には5個ずつ渡したので、シーナにもそれくらい渡す。
「えっ……しかし……私はほとんどお手伝い出来ていませんが」
「そんなことないよ? 水と生クリーム温めてくれたし、味見してくれたし、配るの手伝ってくれたし! あと私が作る時危なくないように見ててくれた!」
という名目でチョコを押し付ける。
ふふー! さっきからもっと食べたそうにしてた事も、私はお見通しだ!
「……ありがとうございま……」
「あ、でも1つお願いがあるの!」
「なんでしょうか?」
チョコをサッと引っ込めて、物欲しそうな顔のシーナに言う。
というかこの為のチョコテロだったからね。
「あのね、私シーナともっと仲良くなりたいの。だからそのーー孤児院のことを、教えて貰う事はできない?」
孤児院の現状を、私はまだ知らない。
判断基準をもってない。
だからこういうものは詳しい人に聞く!
それが1番近道ですから!
「孤児院……ですか?」
なんでそんな事を、という顔をされるので。正直に答える。
「私、孤児院に友達がいるの」
「えっご友人でいらっしゃいますか?」
「そうだよ! でもよく知らないでしょう? その子が気になる事言ってたから、知りたいの」
そこで切って、彼女の目をしっかり見つめる。
「そしてシーナとも仲良くなりたい。仲良くなるには、過去を知るのが近道でしょ?」
ここは変に、ズルくならない方がいい。
理由がはっきりしている方が、私みたいな不審令嬢は安心されるのだ。ほら、身分証明書みたいなさ……。
自分で悲しくなる前に、先を進めよう。
「……失礼ですが、お嬢様がお付き合いされるには、御身分が……」
「そうね、違うわよね」
「……お分かりいただけたようで」
シーナの発言に肯くと、忠告した本人が一番悲しそうな顔をしている。
私はそれに目を閉じて返す。
「私も全員と仲良くできるとは思ってないの。だから限られた人とだけ。立場の違う人の意見は得難いものよ。だって私からじゃ見えないものを教えてくれる」
そして、そっと目を開けて。
「……きっと今から質問に答えてくれる、あなたのようにね」
視線を合わせ、含みを持たせてにこりと笑うーーこれが理解できないものは、貴族の屋敷では働けないだろう。
「……お嬢様って変な方ですね」
「えっ⁉︎」
予想外の反応が出た。私も変な声が出た。
「いえ失礼。口が滑りました」
「使用人として大問題だよ⁉︎」
「お嬢様が忘れて下されば、ノー問題です」
なんと豪胆な。これが本性なのね……。
そばかす顔の、大人しそうな赤毛の彼女からは想像できなかった……いや、それ大胆な人のいい例だわ。何言ってんだ。
「……仲良くしてくれるなら」
まぁ、本性を見せてくれるという事は、信用してくれたという事だろう。
「またお菓子作りの際に、毒味役を引き受けさせて頂けるのであればお話しします」
いやほんとに豪胆だな⁉︎
さすがのお姉さんもびっくりだよ⁉︎
まぁ裏を返せば私の事を信じて、どんなものでも食べるって言ってくれてるんだから。信用の証ではあるんだけど……味を占めただけにしか思えないよ?
「……良い根性してるわ。今度は苺で作るから頼むわね」
「ありがとうございます! 期待してますね‼︎」
うん、食べたいだけでは?
私の一抹の不安を他所に、シーナは孤児院について語り始めた。
トリュフのレパートリー6つの内容
・ノーマル
・苺
・バナナ
・紅茶
・抹茶
・ほうじ茶
ちなみに苺とほうじ茶が意外と人気。




