77話 家族記念日
あぁ……長い1日だった。
そのほとんどが、怒られた記憶で埋められてしまったけれど。
あの後。
ピアスを見せてヴィンスに、「なんか普通」とか言われたり。
ブランに自分の行動の添削をしてもらった話をして、アルに「私に直接聞けばいいのに」と、何故か怒られたりした。
アルは「……彼は真面目な人でしたから、胃を痛めてないか心配です」と言っていた。
この間仲良くなったのかな?
それなら良かったよね!
と思ったのに、なぜかため息を吐かれたよ。
あとヴィンスに今度、『正しい撫で方講習』する事になったんだけど……。
アルが口酸っぱく「お互いに頭撫でたらダメですからね……?」と言っていたので、どうするか悩みものである。
しかし今の私の目下のミッションはそこではない。
……夕方になる前にお父様が迎えにきたので、家に一緒に帰る事になった。そこからが大変だった。
あのね、私トークスキルないの!
いつもどうやって話してたのかなぁと思うくらい、頭を悩ませながら話したんだけど……。
ほぼ好きな食べ物の話と、お父さんーーつまり弟の生きていた頃、私とどう接してたかみたいな会話をしていた。
はー大変だった……なんか緊張するんだもん。仲良くはしたいけど、やっぱり子供と勝手が違うから……お姉ちゃん補正ないと私本当にダメだと分かった。
そしてミッションはそこで終了ではない。
むしろ今からーーこの扉を潜って、まずセツのお母さんを『お母様』というところから始まるのだ……。これセツにどう説明するんだ。
「ただ今帰ったよ! チッタ! セス!」
そんな私の葛藤を知らないお父様は、何故か馬車から降りる時先に降りて。手を差し出して降りる介助をしてくれてから、そのままである。
つまり、手を繋いだままである。なんで?
あのね⁉︎ こう見えても私心はうら若き乙女の歳なんだ! そこでこれはなかなかね⁉︎
……いえ、ふつーに恥ずかしいです……。
これが、ヒゲモジャのおじさんとかなら良かったんだけど、いかんせんお父様中々のイケメンなんだよ。
心を無にできない。
すみませんこんな娘で。
「お帰りなさい、セルヴーーそしてクリスティアちゃん!」
花が綻ぶように、可憐な笑みを向けて下さるーー。
ああ! 刺さる! 期待が! 期待がっ‼︎
「……ただいま戻りました……お母様」
ちょっと視線が右往左往しながらも、最後はちゃんと……目を見て、にっこり言えたと思う。
……ぎこちないけど。
「あぁやっと私にも娘が出来たわ! ずっと一緒にお茶を飲んで話たり、ドレスの相談のできる娘が欲しかったのよ」
「そうさ! だから今日は私達家族の祝いの日だ! もう準備はできているだろうか?」
「ええ、みんなで張り切って準備したのよ! さぁ、早く行きましょう!」
喜ぶ2人を目にして、私の胃はキリキリと悲鳴を上げる。
ハードルが高いっ!
うぅ……でも良い人たちなのよ……。
「……なんでこんな事になってんの?」
「……後で説明するから……」
怪訝な顔を向けてくるセツに、私はゲンナリと返した。
そしてその夜は、ラザニアがこれでもかと用意され、なんか大きいチキンが並びーー今日クリスマスかな? って感じの食卓になった。
2人のテンションは上がりまくりで、セツが「くー姉」と呼ぶので愛称が『クー』になったり。
2人の当面の目標は、私から頬にキスしてもらえるほど、仲良くなる事だと言われたり。
まぁ、大いに盛り上がった。
私にキスはハードルが中々高すぎるんですけど……セツはしてるっぽいからコツでも聞くかな。あるのかわからないけど。そして嫌な顔されそうだけど。
「つまり、くー姉がやらかしたと」
「……否定はできない……」
寝る前に、私の部屋へセツが遊びに来たので、何故こうなったかを話した。
「いやーもう、やらかし加減がミラクルだよね。修正不可能だし」
「否定の言葉もございません……」
「まぁ、今回は良かったんじゃないの。ずっと気にしてたからさ」
耐え忍ぶ構えでいたが、弟からは案外悪くない反応が返ってきた。ちょっと意外。
まぁ、生まれた時から記憶のあるセツにとって、やはりあの2人は親なのだろう。すごく発言から、家族なんだなと感じる。なんか変な感じだね。
「それに、なんかやっぱ違和感あったんだよね」
「え? 何が?」
「毎回『セスのお父さん』やら言われるの。姉弟じゃないんだなって気がして」
セリフのぶっきらぼう加減に、裏が透ける。
思ってたより気にしてたんだな、と。
そのズレは私も感じていた。
呼ぶたびに、姉弟じゃなくなってしまった感じがしていた。
「……それも、今夜でおさらばね」
「まぁお父『様』呼びもなかなか笑えるけどね」
2人して、戯けて返す。
昔の家族にそんな呼び方はした事ないし、セツはそんな呼び方しないからだろう。
でもこればかりは仕方ない。
だって、私のこの世界のお父さんは。
やっぱりお父さんなのだ。
死んでまで、心配して私のところに来たーーあの海送りの日の光を思い出した。
大丈夫。
もう連れてってなんて、言わないから。
「……家族付き合いって、慣れてないから難しいんだけどなぁ」
「お父さんもお母さんも、結構スキンシップするタイプだから覚悟しといたほうがいいぞ」
「ええ……」
「きっと明日はハグからだ」
「マジですか……」
苦い笑顔を浮かべても、「頑張れ」としかセツは言わない。
繰り返せば、この複雑な葛藤も、いつかは溶けてゆくのだろうか。するのは好きだけど、されるのは慣れてないんだよなぁ……。
明日に頭を悩ませながらも。
どこか晴れやかな気持ちで、その日は眠りについた。