75話 優しさが欲しいなら
メイドさんに用意してもらった別の部屋へ、3人で入ってソファに座る。どことなくアンティークっぽい部屋で、ソファも花柄の布張りである。
可愛いけど飲み物溢せないな!
そう思う私は小心者庶民よ!
アルとヴィンスが向かい側で私だけこっちね。
テーブルにはマドレーヌなどのお菓子と季節の果物のジュース。たぶんりんごとマスカット? 爽やかな酸味を感じさせる。
「では第一回、ヴィンスとリリちゃんに仲良くなってもらうための会議を始めまーす!」
ぱちぱちぱちぱち……セルフですけど!
「え、何だよそれその為に移動したのか……」
渋い顔をされますが、ヴィンスのためだからね!
「そうですけど! だってあそこで聞いてもどうせ答えてくれないし、リリちゃんと喧嘩して終わるでしょ!」
「別に僕は喧嘩しているつもりじゃ……」
「リリーとのやり取りは、側から見たら喧嘩と変わらないですけど」
「……。」
追撃も受けたので、頬杖をついて面白くなさそうな顔をしている。
味方いないね!
いや、仲良くさせてあげようって話だから。
味方は味方なんだよ? 庇わないけど。
「仲良くしたいんでしょ? 違うの?」
「……私もさっきの話までは、ヴィスはリリーをおちょくりたいだけかと思ってましたよ……」
「う……。何だこのやりづらいの」
おお〜! ヴィンスが焦って照れて動揺している‼︎
レアショットですよ!
ヴィンスルート攻略か今くらいじゃないかな⁉︎
私の推しは別にヴィンスじゃないけど、あのスチルは人気だった……でも大人バージョンは妙に色っぽくなっちゃうからなぁ。そこがいいんですけど。
うーん、ちょっといじめたくなる気持ちも分からなくも……。
「……シンビジウム侯爵令嬢? なにかお考えがあってのその満面の笑みなのでしょうか?」
ひぇっ‼︎ こわっ‼︎
その敬語と笑顔!
大人バージョンの時みたいで怖いんですけど⁉︎
あの表情どこに引っ込めちゃったのヴィンス!
あ、アルもなんかしらーって目で、ジュース飲みながらこっちを見ている……。
仕方がないので眉を下げて、反省の意を示す。
「すみませんでした……ちゃんと話に戻ります……」
「いや、それはそれで僕は困るんだけど……」
「で? 何でああなっちゃうの?」
「あ、聞いてくれないと」
「ヴィス、諦めて下さい。いつもです」
「……お前は頑張ってるよ……」
何で2人で背中をポンポン叩き出したのか、私にはよく分からない。
いいから話してってばー!
「だってリリちゃんと仲良くしたいんでしょ? でも上手くいってないじゃない」
「うっ」
「このままじゃただ嫌われるだけだけど、いいの?」
「ぐっ」
「ていうかもう嫌われてると思うけど……」
「……アルバー!」
「あーそうなりますよね……」
ヴィンスが音を上げて、アルにしがみ付いた。アルがその背中をポンポンしている。
おぉー!
『学プリ』内でもなかったレアショットー‼︎
……って思わず感心したけど!
そうじゃないよ!
話! 話進まないよ‼︎
気を取り直して、ビシッと言ってあげます!
「もっと優しくしてあげないと……女の子にモテないわよ‼︎」
いや子供に何言ってるんだって話なんだけど。
ごめん、半分は私の願望も混じってる。
だってこのヴィンス!
『学プリ』のヴィンセントと全然違うから!
申し訳ないけどすっごい違和感あるんだよね!
ヴィンセント・ローザと言えば。
『華の宰相』って言われるくらい艶があって。
頭が(ズル)賢くて。
お色気担当だから、女の子に優しいんですよー!
あと敬語なの! いやアルバート王子も敬語だけど!
確かに主人公とぶつかるときは、この嫌味っぽい話し方もでるし。賢さからしても、彼が『ヴィンセント』であるのはそうなんだけど。
だけどこの悪ガキがああなるって、ちょっと想像できないというか……。
まぁ、ああはならなくても良いけど。
人には優しくして欲しいなっていう。
私の親心的願望がね……?
「ローザ家に女性はいないのかしら?」
だからつい、余計なことまで聞いてしまう。
……お母さんとうまくいってないにしても。
お姉さんいたはずなのよ。
どうして上手くいかないかなぁ?
「……姉は2人いるけど、あれは弟を執事かなにかと勘違いしてる」
「え、じゃあどうやって……ってもしかしてリリちゃんに接してるみたいに返してるの?」
「だってあれ以外どうするんだよ?」
じろり、と睨まれた。
ふむ、そうか……お母さんは子供を顧みない。
お父さんはここに連れてきてくれるくらいだし。
そんな事ないと思うけど。
接する時間があまりないかな……。
つまりそこで育った子は。
人への接し方が分からない。
優しくしてもらう為に、優しく接するということが、まず分からない。だってメイドや執事はそんなことしなくて良いしね……。
お姉さんたちも、そうなんだろうな。
だから、これがヴィンスは普通だと思ってるのか。アルは優しいし、多少失礼でもヴィンスの素直なところが好きなんだろうから、問題ないけど。
だけど普通は違う。
これを成長していく中で……主に女性関係から学ぶんでしょうけど……リリちゃんとの接点は『学プリ』ではなかったし、縁切れちゃってるよねコレ。
ヴィンスはこんなに仲良くしたいのに?
それを知ってて、何もしないのは……。
ごめん私には無理!
大丈夫!
このくらいでヴィンスの魅力減らないから‼︎
思い立ったが吉日、立ち上がって2人のーーヴィンスの隣に座る。
「⁉︎ なんでこっちに来た⁉︎」
「よしよし」
「⁉︎」
隣に腰掛けた私に驚いて詰め寄るヴィンスの、頭を撫でた。
突然撫でられて、ヴィンスは固まっている。
「私があなたのお姉さんなら、優しくてあげるけど。……さて、あなたは今どんな気持ちかしら?」
「……お前は頭がおかしいんじゃないかと思う」
「あ、そういうのいらないから。もっと素直にーー優しくして欲しいとか、もっと撫でて欲しいとか、思わない?」
不機嫌そうに顔だけ作ってる彼に、そう語りかける。
私だったら、そう思ってたよ。
これは欲望の塊な先輩からのアドバイスだーーすっごいカッコつかないな!
「……。」
怒ったような顔で、黙り込んだその顔は真っ赤だ。まぁ、それが答えだよね。可愛いわね!
うーん!
もう一回撫でたい!
……ところなんですけど。
あの、そのね?
金髪の天使が『どういう事ですか?』って。
目で語ってきてるので。
うん……これあとで怒られるな。
「……まぁ私は、あなたのお姉さんではないから。これ以上撫でたりできないのだけれど。でもその今感じた気持ちは、あなたの求めているものだと思うの」
愛に、優しさに、飢えているんだ。
人はプラスの感情ーー優しさなどを欲しがるが。
それがどうしても手に入らないと。
マイナスでも良いから欲しくなるらしい。
たとえば、好きな女の子をいじめちゃう小学生男子みたいなのね。
ヴィンスのはまさにそれ。
でもそれで手に入るのは、マイナスの感情だけだ。
それに気付かなきゃ、この連鎖は終わらない。
「ヴィンス聞いて。あなたは自分の事を撫でてくれる人に、優しくしてくれる人に意地悪したいの? それともしたくないけどしてしまうのかしら?」
「……別に、したいわけじゃ」
視線を逸らして言い淀む彼に、同意する。
「そうね。したくないでしょう? だってもっと優しくしてほしいし、嫌われたくないでしょ? 好きでいてほしいから、優しくしたいと思うでしょう?」
「それは」
「思うはずよ。結果がそうでなくても、あなたはそう思ってるわ」
迷っている人に断言をすると。
そうかも? って思う。
コレ、心理学よ。
そして有無を言わさぬ勢いで、いつも通り押し通りまーす!
「なら、優しくしてほしい人全員にそうやって接するべきだわ。優しくしてほしいなら、自分から優しくしなきゃ。今私に撫でられて、嬉しかったでしょ?」
「べ、べつに……」
「さっきまで私はあなたの事を責めてたのに、優しくされて、そういう気分になったでしょ。……他の人だって、そうだと思わない?」
論より証拠、そういう事だ。
ずるい私はリスクを話さない。
でも、これに限っては。
リスクよりメリットの方が多いはずだよ。
「優しくしてもらえたから、優しくするんじゃない。気に入られたいなら、あなたから優しくしなきゃ。ね? わかった?」
そう最後にニコリと微笑んであげると。
「……悔しいけど」と。
小さく、不貞腐れるように返事が聞こえた。




