73話 騒がしき仲にも礼儀あり
扉を抜けるとそこは。
「え……っと。何やってるの?」
クッション飛び交う世界だった。
思わず、驚いてちょっと止まっちゃったよ。
「おー久しぶりクリス」
クッションをひょいっと避けながら、なんでもなさそうにヴィンスはそう言う。
つまり、投げてる主はもう一人ですよ。
「ヴィンセント・ローザ! ここから早くでていくの! あんたはおよびじゃないの!」
烈火の如くお怒りになられます姫様は、言葉だけ攻撃的な訳ではなく。物理砲撃もされていらっしゃいます。
「いやいやこの2人は僕の友人なんですけどね、おてんば姫様。姫様は姫様らしくお淑やかになさったらいかがでしょうか?」
あぁ。あの嫌味な態度では。
「このばかヴィンセントー‼︎」
やはり火に油ですよね。
「全く……2人とも止めて下さい。どうしたんです?」
唖然としている私にアルが「すみません、いつもなんです」と申し訳なさそうに言って、部屋に入れてくれる。いつもコレなのか……。
「まずどうしてヴィスがいるんでしょうか?」
ため息混じりに、アルは彼に問いかける。
「そーだよねおにいちゃん! よんでない!」
首を縦にブンブンと振り、その後キッと睨み付けるリリちゃん。そんなにヴィンスの事ダメなの?
「そりゃ、我が父君に今日授与式があるって聞いたもんでね。連れてきて貰ったのさ」
戯けたように、手を広げて言われた。
子供がやってるとちょっと笑えるけどね。
「よんでないっっ‼︎」
すかさず姫様は牙を剥かれます。
「呼ばれてないけど、友達なんだから良いだろー?」
「あんたとは友達じゃないっっ‼︎」
「確かに姫様とは友達じゃないなぁ」
「むきー‼︎」
逆毛を立てる子猫のように怒るリリちゃんに、我関せずといった態度のヴィンス。
見事なまでに、噛み合わぬ噛み付き合いを見た。
うん、聞いてたけど相性悪そうだなー……。
「り、リリちゃん落ち着いて? ほらほらお姉ちゃんだよー」
とりあえずリリちゃんに近付いて。
ぎゅーっとハグしてみた。
すると途端に力が抜けていく。
「おねえちゃんなのー! おねえちゃんまってたの‼︎ もうリリーを置いてかえっちゃダメだからね!」
「うーん、また来るんだけどなぁ……」
そう言いながら髪を撫でる。
ふわふわさらさらの髪は、心地よくて。目を細めているその安らいだ表情もあいあまって、本当に子猫のようだ。なでなでが捗るー‼︎
「おい、アルバあれ誰だ?」
「何失礼な事言ってるんです? ティアがどうしました?」
その声に目だけ向けると、呆然としたヴィンスと半眼で返すアルがいた。
「そっちじゃねぇよ! あれだよあれ! あの拒み猫様はどうしたんだよ!」
「なんなんですかその変なあだ名……僕の可愛い妹でしょう」
「ちっげーよっ‼︎ お前以外になんで懐いてんだって話‼︎」
「君がその失礼な物言いを止めれば、リリーだって大人しくしますが」
「そういう次元じゃなくないか⁉︎」
焦ったように聞くヴィンスに、さらっと流すアル。2人の会話が笑える。実はヴィンス、リリちゃんと仲良くしたいのかもしれない。
まぁどう考えても、方法が間違ってるよね……。
「リリーきいたの! おねえちゃんがずっといてくれる方法!」
その想いはやはり、こちらには届いてないらしい。
もういないことになっているんじゃないかな。
元気につぶらな目でこちらを見つめ、そう言うリリちゃんに先程の怒りっぷりはない。
「何を聞いたのかなー?」
「あのねーあのねー!」
キラキラおめめがこちらに期待を向けている。
「おねえちゃんがおにいちゃんと結婚したらいいの‼︎」
「ぶっ」
あ、いかんいかん。
令嬢らしからぬ動揺を見せてしまった。
いや、凄まじい奇襲にあったもので……。
気を取り直して、表情もにっこり切り替えて返します。
「で……でもこの間はダメって言ってたじゃない?」
「あげないけど貸してあげるのー!」
貸し出しされるお兄ちゃん……。
「貸しちゃっていいのかなそれは……」
なんとも言えない顔になってしまうよ。
発想は無邪気だけど……。
どう返そうかと悩んでいたら、そこに影が落ちた。
「リリー。お兄ちゃんを貸すんじゃなくて、お姉ちゃんを貰うんですよ?」
うわっちょっといつの間にいたのアル‼︎
背後に気配なかったんですけど!
驚いて心臓バクバクの私には構わず、アルはにこにこと告げる。
「もらうの⁉︎」
「そうですよ」
「やったぁ!」
喜びのリリちゃんは、そのままぎゅーっとしてくれる。とっても嬉しそうに。
可愛い……じゃないよ違うでしょ⁉︎
「アル⁉︎ 私結婚しないって言いましたよね⁉︎」
何故話をややこしくする⁉︎
慌てて言うが、きょとんとかれる。
「結婚しない、とは言われてないですね」
「⁉︎」
屁理屈⁉︎
まぁ確かに言ったのは「辞退します!」だけども!
「え、なんだその面白そうな話」
あぁくそぅ!
1番面倒そうな魚が釣れちゃったよ‼︎
私今日は色々我慢しようとしてたのに‼︎
興味津々と言った様子で、こっちの話に入ってくる。
「……ヴィスは黙っててもらえませんか?」
「いやもう聞いたから無理」
にこやか王子スマイルも、ヴィンスには効かないらしい。
「ヴィンセント早くでていくのー‼︎」
しかしそこに、姫様の追撃が来ました。
不満そうにそちらの方向を見て、彼は言う。
「ねぇ僕、姫様になにもしてないと思うんですけど。なんでいつも嫌われてるんですか?」
「存在がいや‼︎」
存在が嫌ーーこ、これは……心にクリティカルヒーット‼︎
あ、ヴィンス選手倒れました!
3、2、1……カンカンカンカン!
ノックアウトー‼︎ リリちゃんのK.O.勝ちです‼︎
「……ヴィンス大丈夫?」
ソファの背に手と額を当てて。ズーンとなってるヴィンスに、躊躇いながらも声をかける。
でも自分のせいだと思うよ。
「おねえちゃん、ほんとにこれと仲よしなの?」
そしてコレ呼ばわりだよ。ドンマイヴィンス。
「うーん、私は仲良くしたいなと思ってるよ?」
「むー……」
苦笑いで言う私の答えは気に食わないらしく、むくれているリリちゃん……えい。
「むっ⁉︎」
「えへへ〜ぷにぷにだ〜」
「むむー‼︎」
調子に乗って両手の指先で、ぷぅぷぅ膨らむほっぺをぷにぷに押す。
わーい! 怒られない!
可愛い! 楽しい‼︎
「も、もう! おねえちゃんなんて……」
あれ、やり過ぎた。どうしよう。
不安になってそっと問う。
「嫌い……?」
「……だいすきーーー‼︎」
ほっぺをぷうっと膨らませて怒りながら、勢いよく抱き付かれた。
ぐへっ頭が肋骨に……。
でも大好きなのか〜! えへへ〜!
「……なぁアルバ? 僕の方がなにもしてなくないか? なんであれは許されるんだ?」
「自分の胸に手をあてたらいいんじゃないですかね」
指を差しては不満げに尋ねるヴィンスを、アルはバッサリ切った。
「手は出してないのに」
「口は出してたでしょう」
「お前冷たくないか……?」
「僕も君のリリーへの扱いは、なかなか思うところがあるんですよ?」
「敵しかいねぇ……」
あとになって。
いつも姉達にいいように使われているヴィンスが。姉に接するように、リリちゃんに接したことが分かるもーー現時点では誰もこの事実を知らないのであった。




