72話 普通に終われない症候群
お城から『神の涙』の加工が終わったと連絡が入った。
どうも送ってくれるとかではなく。
また儀式的に渡されるらしい。
安全性も含めて、なのかな?
ということでまた、儀式の間にいます。
ここ儀式の間っていうらしい。セツのお父さんに馬車で聞いたよ。
2度目なので周りを見る。天井がやたら高くて、ステンドグラスが綺麗。やたらふさふさ……タッセルのついた布の装飾がすごい部屋。ちょっと教会みたい。
絨毯だけじゃ分からんってセツにこないだ怒られた。仕方ないじゃん、緊張してんだよこっちは!
子供に直接渡せないので、私の隣でセツのお父さんが受け取ってくれたのを私が受け取る。
なんか言ってるけど、私は子供で喋る必要もないのでずっと流し聞いている。
必要なとこだけ説明すると。
今回『神の涙』で作ったのは、ずっと付けていられるように"ピアス"なんだと。
その材料がすごかった。
えーと、エンシェントメタルドラゴンーー古龍の一種で滅多に見られないやつの、鱗から生えたオリハルコンを腕利きの職人が加工して。
高度魔法の使い手が、地の魔法により保護の加護を付けている。破壊防止ってことかな。
またアレルギー作用や危険がないように、コーティングにはアルティメットスライムが使われているーーこのスライムは擬態が得意で、ドラゴンに擬態されたら終わりだと言われる、希少なスライムだ。
そして仕上げに小粒にカッティングされた『神の涙』。
装飾はほぼない。シンプルで邪魔しないデザイン。ちなみに『神の涙』は硬く加工が難しいので、一流の職人がアダマンタイトで削ったんだそう。キラキラダイヤモンドカット。
うーん、よく分かんないけど。
とりあえず貴重な金属に破壊防止の魔法かけて、仕上げに優秀な化膿止め塗ったよ! 小粒だけど大変なんだよ! って感じかな? うん? 違う?
とりあえず1つ言って良い?
私ピアス穴ないんだけど。
これ空けるの? 今ここで?
「大丈夫です! 魔道具の結晶、最高傑作と言っても過言ではありません! どうぞそのまま!」
「あの、私穴空いてなくてですね……」
「ご希望の箇所に差し込めば、元々あった肉のようにズブズブと潜り込み馴染みます! 痛みもございません‼︎ 外せば塞がります‼︎」
こっっわいよ‼︎
表現が怖い‼︎
魔道具師さんも、興奮気味で怖いよ‼︎
おずおずと言ったところで、全然通じません!
なんなのそれ⁉︎
金属ですらなくない⁉︎
アルティメットスライムのせいなのっ⁉︎
私がピアスの箱を持って、カタカタしていると
「クリスティアちゃん、すまないけれど私がさせてもらっても良いかい?」
そう跪いて話しかけてくれたのは、セツのお父さんーーセルヴァーニ・シンビジウム公爵だ。
こちらを安心させるよう、優しく微笑みながら顔を覗き込んでくる。
「見えないと大変だろう? ここは大人の私に任せて貰えないかな?」
一も二もなくコクコクと頷くと、「ありがとう、怖ければ目を瞑っていていいからね」と微笑んで頭を撫でながら箱を回収する。
し、紳士だ‼︎ イケメンだ‼︎
こうやってセツのお母さんの心を射止めたのね……うちの弟もこうなれると良いんだけど。
とか思って目を瞑っていたら「終わったよ」と、軽く肩を叩いて教えてくれた。
え。早い。何も感じなかった。
右耳を触ると、たしかにそこにピアスの感覚。
刺さってるね。痛くないけど。
スライムさすがだ……。
「片方だけで問題ないでしょうか?」
「ええ、身に付けていただければ」
という訳でシナリオに無かった、ピアス付きクリスティアになりましたー!
……ねぇ、もう下手しなきゃ大丈夫じゃない? 大分運命ズレてない?
あ、いや、私はやらかす人間……。
ブランにも散々言われたじゃないか!
ダメだ! 気を付けないとね‼︎
でも実際、『運命の強制力』ってどうなんだろうなぁ。
「今回使ったのは一部だけだが、残りはどうするか? 城で預かっておいても良いが」
そう口に出したのはまたもや王様です。結構喋るよねアレキサンダー王。
「クリスティアちゃん、私は危ないから預かって貰った方が良いと思うのだけれど、どうだろうか?」
王様から私に視線を戻した、セツのお父様は優しく諭す。その表情は心底心配そうに、こちらの様子を伺っている。
「いずれ君はここに来ることになるし、子供のうちに狙われては危ない。君の身に何かあったら、私達は悲しくなってしまうよ」
お父様完璧〜‼︎
もう私の心のお父様にして良いですか?
これがお父様ですって自慢しちゃうよ!
もし独身のお父様攻略対象のゲーム出たら、売れますよ‼︎ 私買います‼︎
まぁ王様的には、希少な宝石持っておきたいとか思惑もあるかも知れないけど……いいか。追放されたら、本当にお城の物になっちゃうけどね……。
「……お父様がそうおっしゃるのなら」
あっと思った時には遅かった。
少し驚きで瞳孔の開いた瞳に、私が映る。
私、『セスの』とか『セツの』お父さんってずっと呼んでたんだけど……その、心の声がね?
ま、まぁ場の勢いってあるし。
ここでそれは不自然だし? うん。
……なんとなく居心地が悪く、ちょっと目を背けた。
「……ありがとう、認めてくれて」
それは何に対しての言葉だろうか。
柔らかなその笑みは、次の瞬間には消えて。その場には「お預かり頂きたく存じます。お願い出来ますでしょうか?」とキリリと受け答えする公爵の姿があった。
儀式が終わり、部屋を出てしばらくしてからお父様が立ち止まる。
「クリスティアちゃん。今日は早く仕事を終わらせるから、一緒に帰ろう」
「え? でもお仕事が大変なのでは?」
小さくしゃがみ込みながら、私の手を持って話しかけてくれる。長い脚が大変そうだ。
「私達は君と家族になる時間を蔑ろにし過ぎていた。だから時間はかかってしまうかもしれないけれど、私はちゃんと家族になりたいんだ……」
さっきのキリッとした感じとは正反対の、どこか恥ずかしそうにはにかむ笑顔で言う。
「まずはその門出として、一緒に美味しいご飯を食べてくれないかな?」
知っていた。
気付いていた。
距離を縮めようとしてくれていること。
だけどどうして良いか分からなくて、足踏みしていたのも同じだったのだろう。
「……私、ラザニアが好きなのですけれど、用意していただくことは出来ますか?」
「! 用意しよう!」
今までしたことのなかった、食事のリクエストをした。小さなワガママだ。
「チッタにも伝えなければ! 今日はご馳走だぞ‼︎」
チッタというのはセスのお母さんーーツィルベスタ・シンビジウム公爵夫人のこと。……お母様って帰ったら呼ばないとかぁ。変な感じ。
そうしてルンルンなお父様は、仕事があるのにわざわざ遠回りして。途中で合流したアルと共に、私を部屋まで送ってくれた。
「殿下! うちの娘宜しくお願いします‼︎」という謎の宣言を残して。彼は疾風の如くーー加速も使って仕事へ向かって行った。
そんな後ろ姿を見ながら思う……私、加速の呪文まだ聞いたことないわ。それだけ一般的なのかぁ……無詠唱で、使えるのが。
くっ! 悔しくなんて……!
嘘だよ! 悔しいですよ⁉︎
無詠唱どころか1ミリも使えないんだからさ!
「……公爵にまで、君は何をしたんですか?」
「えっ! 私今回そんなすごいことしてないです‼︎」
訝しげに尋ねられ、慌てて答えるも。私の訴えは何故か信じられないまま、リリちゃんの待つ部屋に入るのであった。